Ring Your Bell

 007
鍵盤から離れた友雅の手が、あかねの腕を引き寄せる。
そして身体はそのまま彼の胸の中へ転がり込み、口移しにさっきの白ワインの味が伝わってきた。
ほのかに甘いけれど、確かにお酒の味がする。でもきつくはなくて…フルーティーな香りが唇をくすぐる。


「二人きりなのにキスまでというのは物足りないけれど、叔母さんに厳しく言われているから仕方がないね。」
「えっ?お、お母さん、なんかともちゃんに言ってたの!?」
あかねがびっくりして尋ねると、友雅は苦笑しながら少しためらっていたのだが、ずっとあかねの母に言われていることを打ち明ける決心をした。

「『あかねを嫁に出すことは既に覚悟出来ているけれど、まだお祖母さんになる覚悟は出来ていないから、その辺りはしっかり考えてちょうだい』って。実は逢うたびに言われてる。」

友雅はそう言いながらくすくすと笑った。

あかねは初めて聞く母の暴言に、恥ずかしいやら照れくさいやらで軽度のパニックを起こして真っ赤になっていた。

それはつまり、そういうことで。
そういうときにはそういう風にならないようにしろと言う意味で。
そういうときというのは………つまり………そういうこと。

(何考えてんのよ!お母さんってばーーーーーっ!)

母の言葉を理解しようとすればするほど、あかねの顔は赤くなる。こんな状態では友雅の顔をまともになんて見られない。
そのあかねを友雅は再び抱き寄せて、鼻の頭に軽くキスをした。
「そのたびに私はね、こう言い返してるんだよ。『あかねがそばにいてくれるだけで幸せですから、これ以上は何も望みません』って。」
そう微笑んだ友雅の言葉が耳に入ってくると、今度は違った意味で頬が熱くなる。

白ワインなんかよりも、もっと甘美で酔ってしまいそうな言葉。
酔ったら最後、永遠に醒めそうにない強いアルコール。
もう十年以上も、このアルコールに酔ったままなのだ。
それは年を追う毎に度数が強くなっているような、そんな気もする。



「そうだ、あかねにもう一つプレゼントをねだってもいいかい?」
「な、何………?」
突然思いも寄らない言葉が友雅から返ってきて、一瞬あかねは戸惑った。何かをねだられても、実はもう今月は予算が限界でどうにもならないのだ。
そんなあかねの表情を察してか、友雅は笑いながら言った。
「物乞いじゃないから大丈夫だよ。物なんかじゃなくてね、これからもっと、私が誕生日を楽しみに待っていられるようにしてもらいたいんだけれどもね」
「……は?どういう事?」


『これは提案の一つなのだけれど』と前書きを置いて、秘め事を伝えるように友雅はあかねに耳打ちをする。

「6月11日を、結婚記念日にしよう。そうすれば毎年その日が楽しみになる。来年、再来年、あと何年で結婚記念日が来るんだ、って待ち遠しくなるだろう?。そうでもしないと、私くらいの年齢じゃ誕生日なんて嬉しいと思わないからね。」
友雅はそう言って、手に取ったあかねの左手の薬指にキスをした。大いなる母の海から生まれた、波の泡に似た真珠が甘さを秘めて輝いている。


「どうだい?協力してもらえないかな?」


何度目になるだろう。こうして遠回しにプロポーズの言葉を囁かれたのは。
その都度心はときめいて、熱くなって嬉しくて胸が締め付けられて。

「あかねの答え次第なんだ。これから私が誕生日を楽しみに過ごすことが出来るかどうか。」
「………それじゃ、誕生日じゃない私まで楽しみになっちゃうよ」
熱くなった頬を両手で押さえて、友雅の腕の中で目を閉じる。

「良いんだよ。結婚記念日は、私だけじゃなくてあかねと私の、二人の誕生日なのだからね」

机の上のジャスミンとライラック。
この花を選んだのは………こっそり教えてもらった花言葉に惹かれたから。

"あなたについていきます(ジャスミン)"………そして"愛の始まり(ライラック)"

よく結婚式のブーケに使うんだよ、と言われて…選んでしまったけれど、今のシーンを花たちはどんな気持ちで眺めているだろう。
新しい道を歩き出す二人を、また優しく見守ってくれているだろうか。



「三年後は………一番楽しい誕生日にしようね」
「それまでの時間は、ゆっくり二人で楽しんでいこう」
広い背中に手を伸ばせば、ぎゅっと身体を抱きしめてくれる腕の暖かさ。
窓の外には小雨が降り始めていて、少し肌寒さが感じてきていたけれどすべてそんなものは消え失せて。
ただ、そこにぬくもりがあることが嬉しくて。


来年、そして再来年………友雅の誕生日がやってくるたびに、約束した日へのカウントダウンが始まる。
年に一度の誕生日を祝いながら、近づいてくるその日をどこか楽しみにしながら日々が過ぎるのを眺めている。


そして三年後の今日が来たら……………………



その時にはこの薬指の真珠はダイヤモンドに、ワンピースは真っ白なドレスに変わるだろう。

そしてその瞬間から、『ふたりの誕生日』がもう一つの記念日になる。





-----THE END-----



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Megumi,Ka

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