Ring Your Bell

 004
薄曇りの空が少し気分を重くさせる。そろそろ梅雨だということが、この天候を見ていても分かった。
友雅はあかねよりも先に家を出て、学院へと出勤した。
一部の運動部が早朝トレーニングをしている以外は、生徒の姿はまだ見られない。数人の職員達が早々に校門をくぐる。

「あら、ずいぶんとお早い出勤ですね?」

職員室のドアを開けると、入れたばかりの熱いコーヒーを手にした松下の姿が友雅を迎えた。
「そのままその言葉、貴女に返しますよ。今朝は同伴出勤ですか?」
「その言い方は何となく疑問だけれど……正解ですよ。普通の時間では一緒に出勤なんて、周りの目に止まって大変ですからね。」
朝早いというのに爽やかに松下は笑って、そう答えながら友雅のカップにもコーヒーを注いだ。白い湯気の盛り上がるスパッタリング模様のカップを受け取ると、二人はそれぞれの机に着いた。


まだ新婚という言葉が似合う松下の夫は、大学時代の恩師であり、そしてこの学院の教頭である。恋愛期間は長かったが、年齢差に加えて職場結婚と見られるのが何となく気が引けて、二人の関係は一部にしか知られていない。
その一部の中に友雅は含まれている。そして彼のコネクションも手伝って、あかねも二人の関係を知る数少ない一人だ。
そのせいもあって、友雅とあかねの関係についても松下たちは協力的だ。もちろんまだあかねが高校生と言うこともあり、彼らも教職員の立場として二人の恋愛関係のエスカレートを演出することは難しいが、本当の二人の姿を知ってくれている人がいるだけでも心強い。


「ところで…お幸せな生活を送っている貴女に、少々お願いしたいことがあるのですがね、ちょっと話を聞いてもらえませんかね?」
友雅の丁度向かいが松下の席だ。まだ職員室には教師の姿も数少ない。秘密裏な会話をしたとしても聞き耳を立てる者はいないだろう。
「恋のお悩み?私なんかにお手伝いが出来るのかしら?」
「無理にとは言いませんけれどもね………でも、出来るなら少しだけ大目に見て貰いたいことがありまして。」


ほんの少しで良い。ほんの数時間。
嬉しそうな笑顔のあかねが見たいと思う。
一年に一度の特別な日を、祝ってくれるあかねと共に過ごすことを許して欲しい。
出来る限り、あかねが望む形で。
そこで見られるだろうその笑顔が、友雅にとっては一番のプレゼントに違いないのだから。


■■■


その日の昼休み。あかねはいつものようにランチボックスを抱えて、古校舎にある音楽室へと向かった。
午後になっても厚い雲は晴れず、普通であれば大きな窓から差し込む日差しもない。今日は昼間から人工的な光が必要なようだ。

「あかね、水曜日のことだけれども、なんとか話がついたよ。」
「えっ?」
友雅の言葉の意味が、あかねには全く分からなかった。
何一つ説明はされていないし、ただ一言『期待しないで待っていてくれ』と言われただけで、どんな策略を彼が考えていたのかもさっぱり分からない。
「水曜の夜に、この音楽室においで。裏口は開けて置くから。長い時間は無理だけれど、二人だけでパーティーをしよう。」
そう言われたとたん、あかねは驚いた表情のまま硬直してしまった。手に持っていたフォークが、するりと床に落ちたことさえも気付かないくらいだった。

「職員会議が終わったら、こっちから車を向かわせるよ。そうしたらすぐにここにおいで。あまり遅くまでは無理だけれども、二人だけの貸し切りになるというのも良いだろう?」

「…………ホントに?」
やっと声を出すことが出来た。あかねは少し友雅に顔を近づける。
「ホント。いろいろとサポートは頼んであるから、安心してその時間だけは自由にここを使えるよ。家庭科室じゃないから調理器具もないし、食事の用意はできないけれども。」
「それはあたしが、あたしが用意する!用意して来るよ!ともちゃんの好きなワインと、あと…プレゼントと一緒に!」
あかねが言うと友雅は微笑みながら、そのさらりとした髪を撫でた。
「用意とプレゼントは、あかねに任せるよ。楽しみにしている。」
大切なバースディプレゼントに、何かオードブルでも?手作りで、ちょっとした洒落たものをプラスして……二人で過ごす友雅の誕生日の夜。

「…………でも、本当に…………二人で………いいの?」
あかねが言葉をつぶやくと同時に、友雅の指先があかねの顎をそっと上に上げる。
「私の誕生日なのだから、私が一番良い形で過ごさせてもらいたいからね。そうなったら、あかねと二人きりで過ごす以外はないだろう?」
触れてしまうほど唇を近づけて、甘い吐息のような言葉を囁く。

そしてごく自然に距離は狭まり、二人の影が重なり合った。


■■■


その日は朝から大騒ぎだった……というか、はっきり言えば数日前から、と言った方が良いかもしれない。
あっちこっちの店を歩き回って、友雅のバースディプレゼントを探した。ほんの少しだけお小遣いの前借りをして(友雅の誕生日だから、と言ったら何とか大目に見て貰った)、外国製のシンプルな腕時計に決めたあとは、オードブルの下ごしらえに取り掛かり………。
そしてやってきた11日当日は、昨日クローゼットの中身と悩みながら選んだワンピースとボレロを部屋に用意して、下校したらすぐに着替えられるように準備をして学校に行って。

「ドキドキするなぁ………。って、私の誕生日じゃなくってともちゃんの誕生日なのに、どーしてこんなに落ち着かないんだろ★」
嬉しいようで、緊張感もどこかほぐれなくて。
だからと言って、この気持ちを誰に言えるわけもなくて………。生徒の羨望の的である友雅が、自分の恋人であって……そして今日を一緒に過ごすのは自分なんだって……本当なら大声で言いたいけれど、そうもいかない複雑な関係。

秘密の恋、という感じでわくわくすることもあるけれど、不便なことの方がはるかに多い。
休みの日だって、一緒にデートに出かけることなんか出来ない。普通にショッピングに出かけたり、食事をしたり…してみたいのに出来ない。どこで生徒達が見ているか分からないからだ。
友雅のマンションに出入りするなんて、それこそもってのほかだ。学区外にあるマンションだと言えど、どこに目が光っているか分かりはしない。

『二人きりで過ごせる時間』を、どんなに夢に描いただろう。
誰も邪魔する者がいない、二人だけの存在がそこにある空間。ずっと憧れていた、恋人と過ごす時間。昼休みや放課後の特別講義ではない、心おきなく恋人同士でいられる空間が欲しかった。


今日は友雅の誕生日。

恋人を祝う夜が待っている。


放課後になったら気持ちを入れ替えて、大好きな人に会いに行く。





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Megumi,Ka

suga