黄昏に瞳を閉じて

 最終章「I WISH」(1)
季節は本格的な冬を通り過ぎようとしていた。
クリスマスと正月は、友雅と共に過ごした。…とは言っても、ただ彼があかねの家にやってきていたということだけである。
心を確かめ合ったとは言えど、なかなかそれらしい過ごし方が出来ないのは結構なストレスにもなるのだが、お互いの立場を思えば『仕方がない』という結末になってしまう。
教師と生徒の関係を、あと一年は続けなくてはならない。だからこそ公な場所で恋人同士の姿を現してはいけないのだ。
それでもまだ、両親公認というだけでも気が楽ではある。特別な恋人宣言をしたわけでもないのだが、二人の雰囲気を見れば何となく気付いたようだ。
さすがに『友雅の家に遊びに行きたい』などとは言えないけれど。

■■■

校内の生徒数が少なくなってきた。三年生が自由登校になったせいだろう。卒業のシーズンももうすぐやってくる。
さすがの友雅も、この時期は毎日忙しいようだ。受験した生徒たちのアフターケアもあるし、卒業式などの用意もあるからだ。
それともう一つ。個人的に忙しい仕事が同時進行しているのだ。

昼休み。友雅が忙しくない時以外は、必ず友雅のいる音楽室で過ごしていた。
「そうそう。これを預かっていたんだよ。」
食べ終わったランチボックスを片づけようとしていたあかねに、友雅がジャケットの内ポケットから白い封筒を取り出して手渡した。
うっすらと浮き彫りになった薔薇の模様。『元宮あかね様』と書かれている文字は、女性だろうとすぐ分かった。
裏側を見てみると、ローマ字で署名がされてある。

-----Tadayoshi,Kamimori&MIki,Matsushita-----

「招待状だよ。是非、あかねにも参列してもらいたいと彼女に言われてね。」
封を開けると、優しいベージュ色のグリーティングカードが閉じこめられていた。新郎と新婦の二人の名前が記され、簡単な式の説明が書かれているだけのシンプルなものだったが、それが尚更に品の良さを感じさせる。
「え?会場って……学校の聖堂使うの?」
「そうだよ。休みの時にちょっとだけ借りて、何人かの知り合いと職員代表数人だけで、挙式だけ簡単に挙げるだけ、だそうだよ。」
昼下がりになるとこの音楽室は、丁度良い角度で木漏れ日がガラス窓を通って注ぎ込む。外はまだ冷たい風が吹いているのに、ここだけは春の日差しに囲まれているようだ。
「だけど…そんなところに生徒のあたしが入って良いのー?部外者なんじゃないの?」
あかねは丁寧にそのカードを封筒に戻して言った。
「いや、あかねだからこそ参列して欲しいんだと言っていたよ。それに多分、生徒としてじゃなくて…私の連れ添いとしての招待なんじゃないかな?」
友雅の連れ添いとして。そう考えたら、何となく頬がふわりと暖かくなる。
「簡単な式だけだから、堅苦しいこともないしね。せっかくだから一緒に着いておいで。」
「うん……そうだよね。松下先生の花嫁姿なんて見られるの、限られた人だけだもんね。見なくちゃ損するよね」
そのすらりとしたスタイルときりっとした出で立ちで、年頃の女子高生たちにも憧れの目で見られることの多かった松下。
そんな彼女の恋が花開く時に立ち会えるのは、あかねも心の中では楽しみでもあった。

「じゃあ、出席すると伝えておいても良いね?」
「うん。あ、でも…洋服はどんなのが良いのかなあ……白はダメだよね?」
すぐに着ていく服を気にしてしまうところが、年頃の娘なのだなとあかねを見て気付くときがある。
今更なのだが、もう幼い頃とは違うのだと気付かせる。
「あまりかしこまったものじゃなくて大丈夫だよ。制服だって構わないしね。」
「それじゃ全然つまんないよー!だってともちゃんだってスーツなんでしょ?だったらそれに釣り合う程度の服じゃなきゃ…」
あかねとしては、友雅の隣にいる自分の姿を想像すると、服装くらいは気合いを入れなくてはいけないんじゃないかと考えてしまう。

そして、いつか自分も同じように恋の花を咲かせるときが来るように。
もう一つの憧れを、そっと抱いて。

■■■

「やっぱりこの曲を使わせて頂くことにしたわ。」
放課後の職員室で、三本のカセットテープを机の上に並べた松下は、その中から一本のテープだけを取り上げて言った。
「やれやれ…あれこれと演奏させた挙げ句に、結局はお気に入りの曲に決定と。いっそのことメドレーにしてもすれば良かったですかねえ?」
「他の曲ももったいないけれど、この曲は…つきあい始めた頃に聴いていた想い出のあるものだから……ごめんなさいね。」
そう言いながら幸せそうに微笑まれては、友雅も苦笑して何も言えなくなる。
昔ならいざ知らず、今になっては彼女の幸せな心境が手に取るように分かってしまうのだ。
「ピアノ演奏では静かすぎて、厳かな雰囲気にはならないかもしれませんけれど。それでも良ければどうぞお使い下さい。」
「良いんですよ。どうせそんな豪勢な式じゃないのだし……。本当なら式なんて挙げなくても、と思ったくらいですから。」
多分彼女たちにとっては、これから二人で同じ道を歩いていくと言うことを確かめる、それだけで十分に幸せだったのかもしれない。
誰に認められなくても、手を握る相手が自分の心を認めてくれてさえいれば、それだけで良いのだろう。

「そういえば、彼女はどうです?出席してもらえるのかしらね?」
松下が突然あかねの話題を振ってきたので、友雅ははっとして我に返った。
「ああ…多分大丈夫でしょう。楽しみだと言っていましたよ、花嫁姿を拝めるのが。」
そう言うと彼女は少しだけ頬を染めて、小さな声で笑った。
「ウェディングドレスなんて見てしまったら、『私も着たい』なんて言い出してしまうかもしれませんよ?」
ジョークを言うように朗らかに松下は笑って、そんなことを口にした。

……そういや、まだあのことをどうするか決めていなかったな。
友雅は自分の抱えている、一つの問題に気付いた。

いっそのこと松下たちと同時に、聖堂に連れ出して神前で誓いの言葉でも交わしてしまおうか。
そんなことをしたら、おそらくあかねはパニックに陥ってしまうだろう。きっと顔をまっ赤に染めて、そしてまた少し瞳を潤ませて。
……そんな驚くあかねを見てみたい気もするけれど、もう少しロマンチックなシチュエーションに浸らせてやりたい、とも思う。
ウェディングドレスでもプレゼントしてやろうか?……なんて。
そんなことまで浮かんで、そしてまたあかねの顔を想像して、つい顔がほころんでしまって。

「まるで恋愛映画の主人公になったような気分だ」
そうつぶやいて笑った友雅を、松下は隣で首をかしげて見ていた。

どうせなら、あかねの喜ぶような形で。
永遠に想い出に残るような形で。
二人の約束の瞬間を、いつまでも忘れられないような形で残せたら。



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Megumi,Ka

suga