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あかねはルイと別れて、本屋を転々としながら歩いていた。
放課後彼女に誘われて、駅と反対側にあるカフェに立ち寄った。
『ゆっくり話したいことがあるから、付き合いなさい』という親友の言葉に、しばらく放課後を友雅のレッスン時間に費やしていたこともあったため、気分転換に付き合うことにした。
そこでの話は……予想していた通りに友雅の話題だった。
「何?まだ聞いていないの?橘先生に」
ルイは友雅と松下の結婚の噂の真相が、一体どうなっているのかを聞きたかったようだった。しかしそれはあかねも同様のことで、誰か本当のことを知っているのなら教えて欲しいくらいだった。
「幼なじみのアンタが聞けないことを、私たちみたいな赤の他人が聞けるはずないじゃないのよー」
残念そうにルイは溜息をついて、レモンスカッシュのストローを使って赤いチェリーを突いて遊んだ。
ホントのところ……どうなんだろう。
自慢じゃないが、恐らく学園の誰よりもそのことを気にかけているのは自分なんだとあかねは自負する。 友雅の顔を見れば、どこかでその疑問が浮き上がってきてしまう。大切なレッスンも頭に入らない。
これでは友雅に呆れられてしまいそうだ。
現にここ数日間、ピアノに向かうとその事が思い出されて指が動かない。友雅から出された課題も、しっかりと頭の中に入らないでいる。
友雅に逢えたことが嬉しかった一年生の頃。
ずっとそんな風に過ごしていられると想っていたのに、このせいで彼の顔を真正面に見ると、鼓動がぎこちなくなってしまうのだ。
「とにかく、何か気付いたら携帯にでも連絡してよね。あかねだけなんだから!頼れるの!」
別れ際にルイはそう言い残して、駅のホームへ走っていった。
一人になってから、あかねはどうも足がすんなりと自宅の方向へ動かずに、こうして時間を持て余しながらあちこちを歩いていた。
何かしら気になるものを目で追っていられれば、胸の中に残っている友雅のことを気にしなくて済みそうな気がしていたからだ。
それになのに通りすがりの恋人達を見ただけで、振り切ろうとしていたものが自然に浮き上がってくる。
男性の姿に友雅の姿を重ね、隣をあるく女性の姿をあれこれと想像してしまう。
どんな人なら友雅の隣に釣り合うか、そんなことを詮索しては溜息をついた。
「ばっかみたい…こんなことしてたって時間の無駄じゃないのよね…」
自分の姿を見て呆れるようにつぶやいたあかねは、夕暮れもすっかり闇に閉ざされた町へと出向いた。
制服だけではこの時間になると肌寒い。
そういえば、もう上着を一枚羽織ってもおかしくない季節だ。こんな格好で町中をうろついていたら、風邪を引いてしまいそうな、そんな時期だ。そんなことになったら、理由を尋ねられても何も言えない。 こうなったらさっさと家に帰って、寝てしまった方がきっといい。
あかねは足早に雑踏を歩き、やっとのことで駅にたどり着いた。自宅の最寄りの駅まで行く電車は、20分ほど待てばやってくるだろう。
冷え込みが肌にしみる時期のせいか、駅構内にあるコーヒースタンドには人が多くなっている。少しでも暖を取ろうとコーヒーでも飲みに来ているのか、それとも人の熱気で暖まろうとしているのか。 あかねはその店の前を通り過ぎて、改札に向かおうとしたとき。
店内から窓ガラスを叩く姿に目を止めた。 通り過ぎてしまいそうなちょっとした瞬間の出来事なのに、とっさにその場に足を止めることが出来たのは、彼の姿があまりに印象的に映ったからだ。
彼が指で示すように、あかねは店内へと足を運んだ。
■■■
「全く、今何時だと思っているんだい?下校時刻から三時間以上過ぎているのに、未だにこんなところをうろついているとは…事次第では教師として見過ごすわけにはいかないよ」
向かい合った席に腰を下ろしたあかねは、友雅が頼んでくれたホットココアのカップを口に近づけた。
「今日は放課後の練習は休みだったから、早めに家に戻って練習でもしているかと思ったんだけれどねえ。あまり口うるさいことは言いたくはないけれど、若い女の子が夜遅くまで一人で町を歩くのは良いことじゃないからね」
「……分かってるよぉ。別に……ちょっと誘われたから…」
こくんと喉の中に流れていくココアが、少しほろ苦く感じる。
「あかねくらいの年令なら…彼氏との放課後のデート、というところかな?」
そう友雅が言ったとたんに、あかねは思わずむせてしまった。
「そ、そんなんじゃないってばっ!!」
「ふふ…ムキにならないくても良いんだよ、年頃の女の子たちの恋愛に対しては、他の先生たちよりは寛大に考えているからね、私は。ただね、女の子が傷つかないような最低限の対策を忘れないように恋愛をすれば………」
「そんなんじゃないっ!!!」
ばたん、とテーブルに手を付いて身を乗り出したあかねは、怒り付けるように少し顔を赤くして友雅に食ってかかった。
照れくさくてごまかしていたんだろう、とくらいしか思っていなかった友雅だったが、あまりにあかねがムキになるので、正直言って少しひるんだ。
「分かった分かった。取り敢えず落ち着いて、冷めないうちにそれを飲んでおしまい。」
友雅はココアのカップを指さして、あかねを落ち着かせようとした。
「ホントに……そんなんじゃないんだってば……」
再び椅子に腰を下ろして、あかねは顔を膝の方へうつむかせた。華奢な肩を落として、急に今度はだんまりを決め込んだ。
「……分かった。ともかく、これから家に帰るんだろう?そんな格好でこんな時間に歩き回って…風邪でも引いたら一緒にいる私の立場もないよ。それを飲み終わったら着いてきなさい。」
そういって友雅は、開いていたクラッシックのピアノスコア集を閉じて、飲み残していたエスプレッソを一気に飲み干した。
■■■
あかねは言われるとおりに友雅のあとを着いていくと、改札とは全く違った方向へ連れて行かれた。さっき通り過ぎてきたばかりのロータリーに戻り、そこにあるタクシー乗り場へと友雅は向かった。
「乗りなさい。あかねの家を回ってもらうから。」 「えっ?でもここから駅二つもあるところなんだよ?ここからじゃメーターが…」
駅を通じれば二つの駅はたいした距離ではないが、この時間に車で移動するとなると、渋滞を避けられない大通りを通らなければならない。そうなったら料金がいくらになるか分からない。
「あかねが風邪を引くよりはマシだ。お金のことなんて気にしなくていい。大人の言うことを聞きなさい。」
そう撫でられるような優しい声で言われては、あかねも何も言えない。流れてきたタクシーのドアが開くと、友雅よりも先に乗り込むことになった。
予想通りの展開で、15分ほど走って渋滞にまんまと引っかかった。ヘッドライトで包まれた大通りは、クリスマスツリーのイルミネーションのように眩しい。
外を歩いている人も多いが、やはり肩をすぼめて寒そうにしている。友雅がタクシーを拾ってくれなかったら、きっと自分も彼らと同じように身体を冷やしながら歩いていただろう。
「…進まないね。じゃあ、その時間を使って答えを聞かせてもらおうかな。」
「えっ?」
車のガラス越しに外を眺めていたあかねは、隣に座っている友雅からそんな事を言われたので、とっさに振り返った。
「夜遊びの理由。本当のことを言ってごらん。怒ったりしないから。」
あかねは姿勢を真正面に戻して、バックシートにきちんと座り直した。
「えっと……友達がちょっと話したいことがあるから、お茶飲んで帰ろうって誘われて…」
「まあ、それは構わないけれどもね。問題はそのあとだ。あんな時間では喫茶店だって閉まってしばらく経っているだろうに。それまで何をしていたんだい?」
「あー……本屋さんとかぶらぶらして…たまにコンビニとか寄ったり…ファストフードとか…」
あかねがそう言うと、友雅は深く溜息をついて前髪をかきあげた。
「店の中にいれば安全だというわけじゃない。コンビニにしろ、ああいうファストフード店の中でにしろ、柄の悪い奴が近づいてくることだってあるんだよ。一人で行動するのなら、時間を考えないと危ない目にあうんだからね」
「…分かってるよ…」
まるで保護者のように言われる友雅の口調に、あかねは肩を潜めた。
「で、どうしてそんな時間までふらついていたんだい?」
畳みかけるように再度同じように尋ねられて、今度はあかねもごまかせないと思った。どうにかして説明の付く言い訳を考えなくてはいけないのだ…が。
「あ…のね、友達の誕生日が近くて…。だから誕生日に本でもプレゼントしよっかなって探してて…つい、あちこち回って遅くなって……」
とっさに答えたにしては、なんとか形になった説明だとあかねは思ったのだが、それを果たして友雅が信じてくれたかどうかは分からない。
しかしあかねの言葉を聞いて、さっと友雅の手があかねの頭を撫でた。
「そういうのは天気の良い休みの昼間にしなさい。他人のために身体を壊してはどうにもならないよ」
するりと頭を撫でていた友雅の手が、やっとカーエアコンのおかげで暖まり始めた背中にまわった。そして右の肘を包むようにして、あかねの身体をこちらに引き寄せるようにする。
どきどきする鼓動と裏腹に、その友雅にもたれかかりたくて。
あかねは友雅の右胸に当たるように、ことりと姿勢を倒した。
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