ヒロインを抱きしめて

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「いや、十分美味しいBLTサンドだと思うよ。でも…ね」
でも?
「あかねの作ったサンドの方が、美味しいな…と思ってしまってね」
具材もパンも、きっと本職のベーカリーの方が凝っているのだと思う。
だけど、確かに美味しいけれど…何か物足りない気がしてしまう。
その物足りなさが何なのかは、具体的には分からないけれども、どこか口寂しいような。
「選択ミスかな。どうせならば、全く違ったものを選べば良かったね」
同じものを食べれば、どうしても自分が欲する味を思い起こさせる。
彼女の指先が作り出す、あの懐かしい味を。
「まあこれはこれで美味しいからね。でも、やっぱりあかねのが一番だな」
そう言うと、友雅はようやく食が進み始めた。


「ねえ友雅さん?もし良ければ…ホテルの宿泊予定、ちょっと短縮しませんか?」
カフェで購入したコーヒーを両手で抱えながら、あかねはふと自然にそんな言葉をこぼした。
「ホテル暮らしは、一日で飽きてしまったかい?」
「ううん、違うんです。私も今の友雅さんと同じなんですよ」
彼がエスコートしてくれたホテルは、誰が見てもうっとりしそうな高級ホテルだ。
レストランはもちろん、スタッフのサービスまで行き届いていて、本当に貴族のお嬢様になったような、そんな気分にさせてくれた。
「けど…やっぱり、私ってほら、庶民ですから」
あかねは笑いながら、コーヒーを啜り、そしてまた話を続ける。
「いろいろやってくれるのは楽で良いんですけど、自分でやるのが慣れちゃってますからね」
料理も掃除も洗濯も、二人分のお弁当とか、当直のときの夜食とか。
不規則な仕事サイクルの中で、それらを毎日こなすのは確かに大変なことだ。
たまに疲れが出て、休日は昼寝してしまうこともあったりする。

けれど、それは全然苦ではない。
「炊事も洗濯も、大変なことは大変です。でも、友雅さんのことを考えながらやってるから、辛いって思ってないんですよ?私なりに楽しんでるんです」
栄養バランスを考えて、管理栄養士の永泉に献立のアドバイスをしてもらったり。
時間がないからこそ、常備したり作りおきできるものをと考えたり。
よく眠れるように、寝室にアロマを使ったり。
次から次へと考えることもいっぱい。やらなければいけないことも、絶えずある。
それでも辛くないのは…彼がそれをちゃんと見てくれているからだ。
「だって、こんな風に私が毎日家事をしていることを、友雅さんは労ってくれてるじゃないですか」
今回のホテル暮らしだけじゃなく、月に何度か外へ食事に連れて行ってくれるし。
休日に一緒に買い物に行ってくれるのは、昼食の用意をしなくて済むからだ。
「それがなかったら、くたびれて不満が出ちゃうかもしれないけど…友雅さんは分かってくれてるから。だから、大丈夫なんです」
いつだって、感謝してくれている。
それが嬉しいから、毎日頑張っていられる。

「そうだね、今日ホテルに帰ったら、予定変更しよう」
「うん。そうしましょう?家に帰ったら、私がBLTサンド作ってあげますよ」
「そうか。なら、そうするしかないな」
二人、思わず声を出して笑いが浮かぶ。
日常とは正反対の、きらびやかな世界を味わえる時間。
でも、一番居心地の良い場所を知ってしまった以上、そこを超える場所は存在しない。
彼女がいて、彼がいて。
二人が暮らすその部屋が…楽園であることを。


「じゃ、三日の予定に変更で良いね」
「はい!それくらいが丁度いいですよ」
一週間の予定が、三日に変更。
つまり、今日が宿泊二日目ということは、明日が最終日ということだ。
「そう思うと名残惜しいな〜って思っちゃいますけどね」
滅多にない経験だから、もう少し映画のヒロイン気分を味わいたい気もして来るけれど。

「その分、濃密な時間を過ごせばいいさ」
あかねを抱き上げ、膝に乗せて。
誰もいないことを見計らい、口づける。
「場所がどこであろうと、私があかねをヒロインにしてあげるよ」
君が望めば、どんなことでも。
百本のバラでも、シルクのドレスでも。
ガラスの靴だって、ぴったりなものを作ってみせる。

「そんなのなくても、王子様が一人だけいてくれれば、十分ですよ」
こつんとおでこを当てて、あかねはくすっと笑った。


そう、ヒロインには王子様が必要不可欠。
王子様がいてこそ、ヒロインになれる。

だから私は-----------------あなたのヒロイン。
抱きしめてね、私の王子様。






-----THE END-----




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2012.03.14

Megumi,Ka

suga