ヒロインを抱きしめて

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「友雅さんっ!友雅さんっ!隣の部屋で音がするんですけどっ!」
あかねの声と、彼女に肩を揺すられて、友雅はゆっくりと意識を目覚めさせた。
「…ん?今、何時だい?」
「ええと…6時半です」
毎日の習慣のせいだろう。
アラームやモーニングコールをセットしなくても、自然にこの時間に目が覚めてしまった。
「ああ、多分…朝食の用意をしてくれているんだよ」
「朝食の用意!?レストランに食べに行くんじゃないんですか!?」
ホテルのパンフレットには、朝食についても記されていたけれど、各レストランでと書かれていた。
だから、てっきりバイキングとか和定食とか、食べに出るんだと思っていたのに。
「わざわざ着替るのも面倒だろう?せっかくこの部屋にはダイニングセットがあるし、ルームサービスを頼んでおいたんだよ」
いつの間に、そんな手回しを…。
夕べは殆ど離れずにいたはずなのに、彼がそういう連絡を入れていた覚えがない。
「テーブルセッティングが終わるまで、もうしばらく私の腕の中においで」
「は、はあい…」
彼に従い、またその胸に身を寄せる。
本当にいたれりつくせり。
どんな朝食が用意されているのか……朝からちょっとわくわくする。


それから10分ほど過ぎた頃、スタッフが出て行ったことを確認してから、二人はようやく起き上がった。
まず、友雅が先にベッドを下りて、部屋のドアを開けた。
続いてあかねが脱いだバスローブを着直し、友雅の後ろからリビングを覗き込む。
「うわ!朝なのに…すっごい!」
テーブルマナーに沿って、きちんと揃えられた銀のカトラリーと、ボーンチャイナの食器たち。
プレートの上には、ふわふわに膨らんだ半熟オムレツと、こんがり焼かれたハーブ入りソーセージ。
色とりどりのカットフルーツが盛られたグラスに、ジャムを添えたヨーグルト、ボウル一杯のグリーンサラダ。
数種類の果汁100%ジュースと、サーモスポットに熱いアメリカンコーヒー。
このままガーデンパーティーでも出来そうなくらい、完璧な朝食スタイルが整えられていた。

友雅は食事の前に、軽くシャワーを浴びに行った。
その間、あかねはパンの用意をする。
バスケットには焼きたてのパンが盛られているが、常に暖かいものを食べられるようにとの配慮で、小さなオーブンレンジがテーブルの上に添えられていた。
トーストすると、更に香ばしい匂いが立ち上る。
「んー美味しそうな匂い!」
パンとサラダと卵料理、フルーツにヨーグルトに……その他諸々。
だが、よく考えればそれらは、普段あかねが用意する朝食と、あまり大差ない品揃えでもあった。
「うん、これからの献立の参考にしよ」
さすがにこれを再現は無理だけど、飽きないような工夫をここから盗もう。
今は作ってもらっている立場だが、普段は作る立場であるのだから。


朝食を終え、仕事に行くための支度を始めた。
すると部屋のインターホンが鳴り、ベルガールがやってきた。
「おはようございます。お召し物のランドリーのオーダーを伺いに参りました」
「えっ、お、お洗濯ですか?」
「はい。午前中にお頼み頂ければ、夕方には仕上げてお届け致します」
何と、クリーニングのサービスまで、宿泊のプランに入っているらしい。
しかも毎日、こうしてオーダーを聞きにやって来るそうだ。

バスローブやバスタオルの他に、友雅のシャツとスラックスと、昨日着ていたニットとブラウスと…。
まあ、一日で洗ってもらうものなんて、これくらいものだろう。
「失礼ですが、アンダーウエアなどはございませんか?よろしければ、そちらもお預かり頂けますが」
「あああ!しっ、下着は良いですっ!自分でっ、自分でやりますっ!」
「女性の衣類はすべて、女性スタッフの手で行っております。どうぞご遠慮なさらずにお申し付け下さい」
「で、でも、それくらいでしたら、一晩干せば乾きますしっ!」
いくら同性であっても、下着を赤の他人に洗ってもらうのは…ちょっと。
ブラやショーツやストッキングなんて、夜に洗って部屋に干しておけば、乾燥しているからすぐ乾くだろう。
「いいよ、彼女の意見を尊重させてやっておくれ」
かたくなに抵抗しているあかねを、笑いながら友雅は見てベルガールに告げた。
「では、アンダーウエア以外は、お預かりさせて頂きます」
ランドリーボックスごと抱えたベルガールは、二人に深く頭を下げ、部屋を出て行った。

「はあ、びっくりした。お洗濯サービスもあるんですか…」
「ルームメイキング、朝昼晩の食事、ランドリーサービス、全部あかねが普段やっていることだよ。それらはすべて、フォローしてもらうように頼んである」
あかねがいつもやっていることを、そっくりそのまま代行してくれるように。
彼女が何一つ手を加える必要なく、時間をゆっくり過ごせるように。
そんな意向で、今回のプランは作られている。


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その日の昼休み、二人は研究棟のラウンジにいた。
「あ、BLTサンドだー!」
ランチボックスの中を開けてみると、こんがり良い焼き色のついたBLTサンドが入っていた。
付け合わせの鮮やかなクレソンに、カットしたオレンジも添えて色合いも鮮やか。
ピクルスやオリーブなど、口休めも忘れずに入っている。
「友雅さんのリクエストでしょう、これ」
「メニューの中にあったのでね」
実を言うと、今日のランチもホテルが用意してくれたものである。
どうやらこれまた友雅が手配していたようで、ホテル内のベーカリーに2人分を用意させていたらしい。

彼は、BLTサンドを割と好んで食べる。
好き嫌いを主張するタイプではないのだが、BLTサンドがあるとそれを選ぶことが多い。
その理由は、あかねが昔から差し入れしていたからだ。
学会のために遅くまで病院に残っていたりすると、よくBLTサンドを作って差し入れをした。
美味しいと言われたものだから、つい調子に乗ってそればかり作っていたのだが、本当に気に入ってくれていたらしく、今でもたまにリクエストされたりする。
「ん、でも、やっぱりプロですから美味しいですよね!」
あかねはサンドをひとくち頬張ると、うんうんと納得しながら友雅にそう言った。
ドレッシングとか、レタスのパリパリ感とか。
水っぽくならないトマトの新鮮さとか、このパンの焦げ目具合とか。
「美味しいー。私もこれから工夫しよう。美味しいものを食べると、作るときの参考になりますよねー」
しっかりと朝食を食べたのに、今日は昼も食欲がある。
とにかく、このサンドが美味しいからなのだろうが、ぱくぱくと食がどんどん進んでしまう。

が、その隣で友雅はといえば。
「友雅さん?」
3つのサンドのうち、既にあかねは2つを食べ終えているというのに、彼はまだ1つめを半分ほど食べているところだ。
「どうしたんですか?食欲ないとか?」
「いや?そういうわけじゃないよ」
「…なら良いんですけど」
ガツガツ食べる人じゃないが、少し食がスロー過ぎるような。
もしかして、彼にとってはハズレの味だったのだろうか。



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Megumi,Ka

suga