ヒロインを抱きしめて

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「すごいでしょー!?こんな広いバスルームっ!」
大きなミラーのドレッシングルームと、ガラスドアで仕切られたバスルームは、何から何まで真っ白な総大理石。
ジャグジー付きのバスタブに張り出した大きな窓から、遠く都心の夜景が望める。
「わー!アメニティがオールロクシタンですよーっ!?」
タオルやバスローブは、オーガニックコットン。
女性に必要なメイク用品一式も揃えられ、手ぶらでも十分事足りてしまいそうだ。
「すごーい!夜景見ながらお風呂って、女優さんになったような気分じゃないですかー!」
さっそくあかねはからっぽのバスタブに入り、ガラス窓にぴったり張り付いて夜景を見ている。
「ふふ、それじゃ今夜は、映画の中の恋人たちの真似事をしようか」
泡いっぱいのバブルバスや、バラの花びらを浴槽に散らしたり。
ゴージャスなバスタブに浸かり、夜景を眺めながらシャンパングラスで乾杯なんてことも出来る。
「食事が終わったら、ゆっくり二人でバスタイムだ」
あかねを後ろから抱きすくめ、頬を隠す髪を払い除ける。
ピンクのピアスが輝く耳朶にキスを落とし、彼は甘く囁いた。


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「シーフードのマリネ、美味しかったー!あと、ブロッコリーのスープも!」
食事を終えて店を出ると、あかねは楽しそうにメニューの一つ一つを思い出した。
館内にある4つのレストランのうち、彼女のチョイスでイタリアンを選んだ。
店に入ってからもメニューにかなり悩んでいたが、無難におすすめコースにしてみたところ、彼女的にアタリだったようだ。
「あー、でもやっぱりデザートは、ブラッドオレンジのジュレが良かったかなあ」
「オレンジショコラも、美味しそうに食べていたのに?」
「うん、美味しかったんですよ?でもあっちもやっぱり惜しかったかなーって」
あんなに悩んで選んだものなのに、いざ選ぶと諦めたほうが気になってしまう。
たかだかひとつのスイーツでさえも、彼女の選択は真剣そのものだ。

「じゃあ、ジュレの代わりにジュースはどうだい?」
レストラン街の先に進むと、今度はテナントショップのストリートに変わる。
友雅が指差したのは、日用品雑貨やデリなどが並ぶコンビニエンスショップ。
コンビニエンスとは言っても、町中に溢れているような店の陳列品とは全く違う。
輸入雑貨や食料品、ホテルメイドのスイーツやベーカリー。
コスメやバスグッズなども一流品ブランドばかりで、さながらセレクトショップのようでもある。
「マンゴージュースも美味しそう〜」
カラフルな色のジュースボトルを前に、何を買おうか首をひねっていると、腕に下げたバスケットが少し重くなった。
中を見てみると、一見ワインボトルのようなものが入っていたが、ラベルには「バスオイル」と書かれている。
「良いバスオイルを使うと、尚一層気分も高まるんじゃないかと思ってね?」
「…またそういうことばっかり…」
呆れながら、肘でつんと彼の背中を突く。
それでもあかねはバスオイルを戻すことなく、そのままレジで精算を済ませた。



「夜景がきらきら光ってて綺麗ー!」
部屋の照明を落とすと、窓からの夜景が更に鮮明に浮き上がる。
ラベンダーとローズのオイルが、バスルームに立ちこめる湯気に溶け込んで、まるで花畑にいるかのような気分にさせる。
バスタブの縁にもたれながら、冷えたワイングラスを傾け湯船に浸かる。
高級ホテルに宿泊して、ホテルのイタリアンレストランで料理を楽しんで。
それでも明日は、普通どおりに仕事が待っているのが現実。
「あかね、あまり身を乗り出すと、向こうから見えてしまうかもしれないよ」
「ええっ!!!」
中腰で窓の外を眺めていたあかねは、その言葉にはっとして、すぐn湯の中に身体を沈めた。
「ふふ、冗談。中からは見えても、外からは見えないようなガラスになってるから、大丈夫」
「び、びっくりさせないで下さいよー!」
外は真っ暗だし、周りには高い建物は全然ないし。
都心の夜景だってかなり離れた場所だから、もしものことがあっても見えるわけはないだろう。
「そもそも、外から丸見えだったら、あかねにここを使わせたりしないよ」
湯にとっぷり浸かっているあかねの手を、友雅は引き寄せる。
グラスを一旦置いて、その代わり空いた両手に彼女を包み込む。
「天使様に眼福を与えて頂くのは、私だけの特権だからね」
艶やかで柔らかな肌も、暖かいぬくもりも、自分だけが独り占めできる。
この唇に、キスを落とすことも。

「どう?久しぶりに家事一切なしの生活は」
「ん、すっごく楽しいですよ!お部屋も凄いし、ご飯もおいしいし!」
「なら良かった。たまにはそういう日がないと、息苦しくなってしまうものね」
ホワイトデーのお返しに、何か欲しいものはあるかい?
あかねに尋ねてみたけれど、特にこれと言って思い付くものがなかったようで。
それならば、と今回は趣向を変えてみた。

『一週間くらい家事をしないで、のんびり過ごさせてあげるよ』

「そんな事いうから、何企んでるのかなーって思っちゃいましたけど」
「仕事も毎日忙しいのに、あかねは頑張り過ぎてるからね」
食事もすべて用意してもらって、掃除もすべてやってもらって。
自分は美味しいものを食べ、ゴージャスな部屋でゆったりバスタイム。
「貴族のお嬢様か映画のヒロインになった感じですよ、こんなの」
「良いじゃないか。その分、あかねも時間に余裕ができるし。そうすれば……残りの時間は私のために費やしてくれるよね?」
彼女の両手を取って、ちゅっと唇にキス。
するとあかねの手が、友雅の肩に絡み付いて来た。
「私のバレンタインプレゼントと、これじゃ割に合わなすぎですよ〜…」
手編みのマフラーとシャンパングラス。
彼に贈った二つを合わせても、こんなプランニングにはとても敵いそうにない。
「でも…嬉しいです。ありがとうございます」
賄いきれない分は、気持ちでカバー。
自分を想ってくれている彼への御礼は、そのまま想いで返そう。

互いの腕が、互いをぎゅっと抱きしめ合って。
重ねた唇のぬくもりと、肌に染み入る湯の温かさ。
心が……もう完全に逆上せてる。


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どこにいようと、目が覚めるのはいつも彼の腕の中だ。
その日の朝も同じ。
友雅の腕に抱かれたまま、ベッドの中であかねは物音に気付いて目が覚めた。
「…ん?あれ…?」
カーテンの引かれたベッドルームは、朝日さえも入らず暗闇に近い。
だが、リビングルームとの境であるドアの隙間から、明かりが少し漏れていた。
しかも、向こうではガタガタと、何かを動かしている音がしている。

…え、ちょっと、誰かいるの…っ?
ここは私たちの客室なのに、誰かがいるってあり得ることなのっ?
気になるけど、ドアを開けられない。
どうしていいか分からないあかねは、友雅の肩を静かに揺すった。



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Megumi,Ka

suga