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あかねは彼女を病室に送って行き、友雅はイノリとその場に居残った。
「俺、こんなんもらったの、初めてっすよ」
もらったばかりのマフラーを手にして、どうも表情が緩みっぱなしのイノリ。
子どもたちには慕われているけれど、こんな形で慕われたのは初めてだ。
恋愛なんて甘いものじゃないが、それでもやっぱりくすぐったい嬉しさがある。
「元宮さんにもお礼伝えといて下さいよ。手伝ってたんでしょ?」
「そうだねえ…家に持ち帰ってきて、毎晩続きを編んであげていたからね」
「一生懸命頑張ってくれたのはみどりちゃんだけど、元宮さんも教えたりなんだり大変だっただろうし、くれぐれも………」
………ん?
マフラーに伸びている手は、イノリ自身のものではない。
もっと大きくて、しなやかだけどしっかりした骨組みの、大人の男の手だ。
その手はマフラーを、ふわっとすくうように持ち上げる。
「こんなに綺麗に編んで、大変だっただろうにね」
「あ、そーっす…ね…?」
何だろうか、この妙な空気。
友雅はマフラーをぼんやりと眺め、編み目をひとつひとつ追いかけているような。
「心のこもった目で作られたマフラーだ。さぞかし暖かいだろう」
「はあ、暖かいっすよ」
「だろうね。男冥利に尽きるね、羨ましいことだ」
--------------まさか!!!
いや、まさかじゃない。まさかじゃなく、考えればあっさり思い当たる。
確かにこのマフラーはみどりが、彼女が編んだ物ではあるけれど、その一部はあかねが編んだものだ。
つまり、この一目一目の中にはみどりが作った目だけではなく、あかねの作った目があるということ。
想いは全く違うだろうが、その指先で紡いだことは同じ。
本当のことを言えば、みどりとあかねの共同制作、だ。
ということは、だ。
友雅がさっきから、じいっと眺めているマフラーはあかねの作ったものであるし。
それを他人の自分が巻いているというのは…その、なんというか、つまり……。
"もしや俺、橘先生に嫉妬されてんのかっ!?"
待て待て待て待て、矛先が違うと!
あくまであかねはお手伝いだし、特別な感情は抱かれてないし!こっちが嫉妬される筋合いは無いし!
っていうか、これって嫉妬…か?
そういう感じでもないような。
むしろ、羨ましそうな感じがしないでも…………え?
「あ、あの、元宮さんて教えるくらいだから、編み物が上手いんっすね!」
「うん?ああ…割と得意らしいよ。小さい頃から母上に教えてもらっていたらしくてね」
「そ、そうですかやっぱり!じゃ、じゃあ…先生も手編みのものとか、貰ったりしてるんですよね!良いなあ!恋人からの手編みってサイコーっすよねっ!!」
ちょいとおだてて、話題を変えようとした。
しかし、イノリの企みはあっさりと崩れ落ちる。
「生憎私は、天使様からそういう贈り物は、頂いたことがなくてね」
「は!?」
嘘だろう?あかねの様子を見ると、手作りとか好きそうなのに。
編み物だって、自信がないとは言えないくらい、きちんとしたものを作ることが出来ているのだから、彼氏へのプレゼントも作れそうなものを。
「料理や色々なことはこなしてくれるのだけれど、手編みはねえ…ないな」
ああ、確実に友雅の心境が分かった。
嫉妬じゃなくて、これは羨ましいのだ。
少しでもあかねが手編みしてくれたものを、イノリがもらっていることが羨ましくて仕方が無い、と。
……どーしてこう橘先生って、元宮さんにコロッとテンション左右されんだよ…☆
黙っていれば同性だって土下座してしまうほど、見目麗しい佇まいを兼ね備えているというのに。
その医師としての腕だって、国内外から認められた技量を持っているというのに、愛妻のことになるとどうにもならない。
定時がやってきたとたん、今日はナースステーションが慌ただしくなる。
バレンタイン当日であるから、少しでも早く帰宅したい者が多いからだ。
かくいうあかねも、友雅と待ち合わせている。
お互い今日は定時で帰宅出来るから、彼の車で一緒に帰って、途中で買い物したりする予定。
だが、やっぱりバレンタインだし、特別なことは用意してある。
洋菓子店で予約しておいたガトーショコラを受け取って、家に帰ったら仕込んでおいたチキンを焼いて、サラダとオードブルも用意して。
彼の好きなシャンパンは冷やしてあるし、バレンタインプレゼントは、シャンパンに似合うグラス。
バレンタインのディナー準備は、もう万端。
「じゃ、私も急ぐのでお先に失礼しまーす」
コートを羽織り、さあ帰ろうとしたその時だ。
「ああっ、いたいたいた!良かった!」
「イノリくん?どうしたの、もしかして…みどりちゃんに用事?」
「いや!そーじゃなくって!ちょっと伝えたいことがあって!橘先生のことで!」
慌てて駆け付けて来たイノリの声に、ナースステーションから看護師たちが顔を出してきた。
「あ、あのさ…橘先生にもさ、手編みのプレゼントとか作ってあげた方が良いと思うぜ俺!」
「は?手編み?どうしていきなり…」
「どうしてって、その、先生さ、元宮さんの手編み欲しがってるみたいだし!」
…………………。
「ちょっとイノリくん、詳しいこと聞きたいから中に入っといで!」
看護師たちが彼の腕を掴み、ステーションへと引きずり込む。
それと同時に、帰ろうとしていたあかねまでもが、再び中へ引き戻された。
「ははあ、なるほどねえ。で、あかねが携わってるマフラーが、羨ましかったと」
事の一部始終を説明し終えたあと、あちこちからため息が漏れた。
何と言うか…十分に洗練された大人の男に見える彼が、こんな些細なことで気落ちするというのが。
「あかね、ここは手編みのプレゼント用意してあげなよ」
「そんなこと言っても、これからじゃ間に合うはずが…」
「バレンタインなんかどうでも良いって!先生は、あかねのプレゼントがもらえれば、それで満足なんだろうし」
時期なんか関係ない。
ただあかねが彼の為に、想いをこめた証になるものが欲しいのだ。
「しょーがないなあ…。じゃ、ちょっと考えてみます」
苦笑いの中に少し頬に紅を差して、あかねはそう言いながらまたナースステーションを出て行く。
「あかねって、ちょっと何て言うかズレてるよねえ」
「っていうかさ、先生の方が…ねえ」
彼女の前では、さすがの友雅も子どもと同じ。
男はいつまでたっても子どもみたいなものだ、とか耳にしたりするけれど、彼も例外ではなかったか。
「まあ、そういうのも意外な感じで、カワイイけどねー」
「だよねー」
普通ならみっともないとか、男らしくないとか言われそうなところだが、それさえもギャップとして魅力になってしまう。
やっぱり美形はこういう時に得をするんだな…と、イノリは思った。
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