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バレンタインの空気に便乗し、どうやら仕事場にも編み物ブームが来たようだ。
もちろんその発端は、あかねが休憩中も編み棒を動かしていたことが原因である。
「へえーすごい。それもあかねが編んだんだ」 家から持って来たピンクのカーディガンは、学生の頃に自分で編んだものだった。
悲しいかな、友雅と付き合うまで彼氏ゼロの生活だったので、誰かにプレゼントに…という色気のある想い出はない。
だから、いつも自分のためのものばかり編んだ。
カーディガンや帽子、バッグに手袋に…もちろんマフラーも。
「例え間違っても、解けばやり直しが出来るじゃないですか」
「まあ、そうねー。飽きたら解いて、また別のものを作るってことも出来るし」
意外と編み物とは、エコ&リサイクル時代に合っているのかもしれない。
「でも、随分出来上がって来たじゃない。これなら間に合いそう」
同僚のナースが、テーブルの上に長く伸びたマフラーを手に取る。
バレンタイン当日まで、あと2日。
現在長さはというと、大体150cmは出来ているだろう。
「あとは、本人にお任せして…仕上げをちょっと手伝ってあげれば大丈夫かな」
当の本人は、今日もリハビリに励んでいる。
無理をせずに確実なペースで、回復へと近付いている。
消灯時間が早くても、リハビリ時間が増えても、もうここまで来れば安心だ。
「ねえ、それはそうと…他人の手伝いばっかりしてて、先生のものとか編んだりしないの?」
言われて初めて気がついた。
やっと出来た彼氏だった割には、そういうものをプレゼントにしようと思ったことは…そういえばなかった。
「何でよ。普通定番じゃないの〜?手編みのセーターとかそういうの」
そうかもしれない。なのに、何で考えなかったのか。
小学生の女の子だって、憧れの人に手編みのプレゼントをしようと考えているというのに。
「せっかくだから、それ終わったら編んであげたら?」
「うーん……」
何だろう、どうもしっくりこない。
友雅と、手編みのファッションというのが、どうしても重なってくれない。
「セーターくらい、着るでしょーが」
「はあ、着ますけどねえ…」
着るけれど、何となく手編みとは違うような。
何せ40万ほどの2LDKを、一人暮らしで使っていたような生活感覚の人だし。
あかねが出入りしていなかった頃は、クリーニングや食事もコンシェルジュサービスに頼っていたという日常だったそうだし。
クローゼットの中は閑散としていながらも、スーツなどは全部名前の知られたデザイナーズブランドばかりだし、車だってBMW。
デートで連れて行かれたのも、貸し切りに出来る店ばかりで、しかもいくつも顔なじみらしいし。
「何かそういうのが普通の人に、手作りのものをあげるっていうのも…違うかなあって思って」
「そりゃそうだけどさあ」
あかねはそう言うけれど。それもまあ納得はするけれど。
でも、敢えて言いたい。
昼食はもちろん、当直の夜の夜食までも、家から必ず愛妻弁当を持参して来るような彼が!
家のコーヒーが一番美味いと言って、ポットまで持参しているような彼が!
手編みだろうが何だろうが、あかねが作ったものならば文句なく喜ぶだろうに…。
おそらく、見えない尻尾を振り回しながら(笑)。
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大人っぽい黒のラッピングバッグに、赤いリボンをアクセントに付けて。
そっと忍ばせたミニカードには、恥ずかしいけれど気持ちを認める。
「イノリくん!ちょっと良い?」
小児科病棟にやって来ると、子どもたちの相手が終わったところで、部屋の中はイノリ一人だけが残っていた。
これはラッキーだな、と思ったあかねは、後ろにいたみどりを前に連れ出して、先に中へと向かわせる。
「あれっ、みどりちゃんかー。どうしたんだ?」
「あ、あのっ…」
何も知らないイノリは、いつものようにこちらへすぐやって来てくれた。
そして広げた手のひらを、彼女の頭の上にそっと置く。
「そういやさ、リハビリ頑張ってるんだってな!もうすぐ退院出来るかもって聞いた。良かったなー」
優しく頭を撫でながら、屈託なく笑いかける。
子どもたちにとって、先生というより良い兄貴分という感じだ。
でも、彼女にはちょっと違うように見えているはず。
「あっ、そうだ!私ちょっと藤原先生に用事があったんで、ちょっと席外すね」
「ええっ?元宮さんっ!?」
突然の予想もしなかった展開に、彼女は慌ててあかねを見た。
これは、作戦。
一緒にいたら、おせっかいを焼いてしまいそうだし。
ここは二人きりにして、肝心なところは彼女自身に頑張ってもらわないと。
「ちょっとの間、みどりちゃんのこと宜しくね」
「ああ、分かったぜー」
軽く返事をしたイノリは、再び帰って来たとき、どんな顔をしているだろう?
そしてあのマフラーは、彼の首を暖めてくれているだろうか。
色々と気になることを残しつつ、あかねはそそくさと部屋を出た。
藤原に用事がある、とは言ったものの……当然それはでまかせである。
単に二人きりで残したかっただけのことで、特にあかねに用事というものはない。
さあ、しばらくどうやって時間を潰そうか。
「これはこれは。今日はツイているのかな。ここで天使様と遭遇出来るとは」
広い踊り場でうろうろしていたあかねに、階下から上がって来た彼が声を掛けた。
「小児科に、何か用かい?」
「いえ、別にそういうわけじゃないんですけど」
でも、用事もないのに整外のナースが、小児科に来ているのも妙ではあるか。
しかし事情を話してしまえば、彼女のお相手もバレてしまうし…。
まあ、もうバレンタイン当日だし?バレても良いと言えば良い気がするけど。
「元宮さんっ!」
今度は幼い女の子の声が、あかねのことを呼んだ。
友雅と一緒にそちらを振り返ると、松葉杖を着いた彼女がそこにいて、その彼女を支えるようにイノリが着いて来ていた。
その首には……赤とグレーのマフラーが軽く巻かれている。
「な、何か照れくさいなっ」
彼女が心を込めたマフラーを首に巻き、イノリもまんざら悪い気がしない様子。
「でも、すげえな。まだ小学生なのにこんなん作っちゃうなんて、すげえよ」
「あ、あまり上手くなかったから…元宮さんにもたくさん手伝ってもらって……」
「ううん、みどりちゃんが一生懸命頑張ったの。私は、間に合うようにお手伝いしただけだし。作ったのはみどりちゃんなんだよ」
いくら手伝った長さが多くとも、気持ちは彼女のものだから。
あかねが編んだ目でも、ひとつに仕上がればすべてが彼女の想いになる。
「すげーあったかい!ありがとな!」
もう一度、イノリに頭をくしゃっと撫でられる。
照れ隠しのような彼に、嬉しそうな彼女に。
「…良かった」
ぽつり、とあかねはそう口にして笑った。
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