毎日がValentine's Day

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クリーム色とは言っても、ほぼアイボリーと言って良いほどの壁の色。
それでも無機質な純白で彩るよりは、病室のイメージは若干柔らかになる。
ベッドスペースを仕切るカーテンの色は、敢えて淡いレモンイエローにして、味気ない病室は窓の日差しを取り込んで冬場も明るい。
「元宮さん、編み物上手なんだねえ」
「母が好きだったんで、小さい頃から教えてもらってたんですよ」
窓際のベッドから、賑やかな女性たちの声が聞こえてくる。
同室の年配女性患者も日当りの良い窓の近くに来て、病室とは思えないほど雰囲気が穏やかだ。

スッと静かにカーテンがはためき、その間から友雅が顔を覗かせた。
「あっ、橘先生…」
「楽しそうなおしゃべりに顔を突っ込むのは、少々心苦しいものがあるのだけれど…こちらの姫様に用があってね。失礼させて頂くよ」
患者である彼女の手元には、毛糸玉と編み棒。
夕べ彼が寝室で見つけた、あかねの買い物袋に入っていた色と全く同じだ。
「ああ、君が買い物をお願いしたのだね」
「すいません…元宮さんにいろいろ頼んじゃって…」
「いいや、構わないよ。天使様が選んでくれた代物だ。きっと素敵なものが仕上がるんじゃないかな」
見たところ、まだそれほど編み進んではいないみたいだ。
どんなものを作るつもりなのか、男の友雅には全く見当もつかないことなのだが、一生懸命なのは見ていてよく分かる。
「頑張って来週までに、仕上げるんだもんね!」
「来週?随分とそれは短期決戦だね。もっとのんびり出来ないのかい?」
「だってそりゃあねー、2/14は来週だもんね」
彼女の顔を見ながら、あかねはそう話す。

ふとカレンダーに目をやると……そういえばもう季節は2月。
2月の14日といえば、女性から男性へとチョコレートが飛び交う日でもある。
最近看護師の女性たちが、何やら楽しそうに雑誌を見ていたりしていたが、そういうイベントシーズンだったからか。
「ということは、どちらかの殿方への贈り物ということだね?」
友雅が言うと、彼女はちょっと恥ずかしそうにうつむいた。
まだ小学生だけれど、初めての恋をするには十分な年齢でもある。
バレンタインというイベントも、意識し始める年頃だろう。
「根を詰めすぎないように、頑張って仕上げなさい。それと、頑張らないといけないのは、もうひとつあるのだがね--------------」
ようやく、友雅はここに来た本題に入った。



しばらくして話を終えた友雅が、病室を去って行った。
窓辺でひなたぼっこしながら、おしゃべりに参加していた患者たちも個々のベッドに戻って、彼女のそばにはあかね一人が残った。
「元宮さん、どうしよう…。リハビリの時間が増えたら、間に合わないかも…」
経過が良いので、今週からリハビリの回数を増やそう、との提案をしに友雅はやって来た。
筋力もしっかり戻って来たし、今より一回多めにスケジュールを組み直した方が、治りが早くなると思う、とのことだった。
早く治したいし、退院もしたい。
だからリハビリも頑張りたいけれど…そうなると、自由な時間は減ってしまう。
「バレンタイン、来週なのに…」
消灯時間があるから、夜もそんなに長く編んでいられないし。
慣れていないから編んでは解き、そして編み直して…と続けていては、肝心のバレンタインに間に合うか微妙だ。

「分かった!じゃあ私が夜は持ち帰って、少しずつ進めておいてあげる!」
編み物に慣れているあかねなら、おそらく彼女の倍以上のスピードで進むと思う。
でも、彼女が編むからこそ意味のあるものだし、手を出しすぎてはならない。
「だから、お手伝いだけね。でも、みどりちゃんが編んでバレンタインに間に合うように、ちゃんとお手伝いするから。だから、リハビリも頑張ろ?」
彼女に大切なのはもちろんリハビリだけれど、バレンタインに込められた想いだって、同じように大事。
その気持ちを無駄にさせないため、こちらも出来るだけ手伝ってあげなければ。
「リハビリも編み物も頑張ろう!」
そう言ってあかねが背中をぽんと叩くと、彼女は少しホッとした顔でうなづいた。


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一目一目ずつ、糸を絡めて織って行く。
改めて考えてみると、編み物というのは本当に根気のいる作業だ。
布を切って縫うという裁縫とは違い、一本の毛糸を二本の棒で絡ませながら、生地を作っていくのだから。
細かいそのひとつの目を組み合わせて、どんどん広がって一枚の長い布が出来る。
完成までは…まだ時間が掛かりそうだ。
預かって家に持って帰って来たが、1時間頑張って編んで、ようやく30cmというところだろうか。

「気合い入っているねえ…」
ソファに身体を投げ出して、医学書に目を通している友雅の横で、あかねは黙々と指先を動かしている。
時々毛糸玉がころころと床を転がって、その都度彼女は糸を引き寄せたりしつつ、また一目ずつ編み物を続ける。
「頑張ってお手伝いしないと、当日に間に合いませんからね」
せっかくのミルクココアも、あまり減っていないほどの集中力には頭が下がる。

「少しひと休みしなさい。あかねも、明日の仕事に差し支える無理はいけないよ」
「あ…はい」
あかねのカップを引き寄せて、彼女にそれを握らせる。
そして堅くなった両肩に手のひらを乗せ、ゆっくりと揉みほぐしてやった。
いつもとは、逆の立場だ。
大体はあかねが、友雅の肩や腕をマッサージしたりする。
「まあ、良いだろう?たまにはこういうのも」
「ふふふー…気持ち良いです」
毎日きちんと仕事して、家事も手抜きせずにこなしているのだ。
彼女だって十分疲れているはずだが、それを見せずにこちらを気遣うところが愛おしいったらない。

「しかし、14日に間に合うのかい?まだあまり進んでいないようだけれど」
「うーん…頑張ります!みどりちゃんも頑張ってるんだし!」
マフラーとは、どれくらいの長さを編むのだろう。
自分で使っていても、長さを気にしたことなどないし、そういえばぱっとは思い付かない。
「そうですねえ、くるっと巻いたり結んだりしますから、170〜180くらいは必要でしょうね」
ということは、友雅の背丈と同じくらい編まないといけないということか。
まだ30cmほどしか出来上がっていなのに、これを来週までに180cmとは…。
「編み物とは、根気が勝負の作業だねえ」
「そーですよー。一生懸命編むんですからね」
贈る相手に、様々な想いを込めて。
例えていうなら、彼女のイノリへの想いは…恋に似た憧れという感じだろうか。
「でも、ちゃんと受け取ってくれる相手だと思うんで」
「おや?天使様は、姫君の心のお相手を知っているのかな?」
「ナイショですよ。こういうのは、女の子同士のヒミツなんです。教えませんよ」
女の子同士の約束は、トップシークレット。
彼の笑顔を思い描いて、その日が終わるまでは絶対に教えない。

「ま、良いよ。姫君のお手伝い頑張っておくれ」
でも-------
「私の相手をするのも、忘れないでもらいたいね」
「わかってますよ、もー」
二人の部屋で過ごすとき、最優先するのはいつだって決まってる。



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Megumi,Ka

suga