Take it easy

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「語弊があるかもしれませんが、実は彼女が首席を争うほどとは思っておりませんでした」
看護師への思い入れが強いことは分かっていたが、一般的な学業はせいぜい可もなく不可もなく平均的くらいだろうと。
「おそらく、それだけ元宮さんの理想が高いのでしょうね」
患者はそれぞれ年齢も違えば性別も違う。職種や趣味などによって性格も異なる。
そんな彼らに寄り添いながら、親身になり信頼を築いていくことが看護師には必要不可欠である。
だからあらゆる知識や情報を取得する事は重要で、学校教育で学ぶ内容も当然重要。普通科と学力差が出ないように設置している時間外の特別授業も、彼女はほぼ皆勤賞の受講数。
…等々、恩師から聞かされる当時の姿は、現在のあかねにすべて活かされている。
「本来なら、私なんて手の届かない女性かもしれないな」
友雅は苦笑しつつ、卒業アルバムを閉じる。
何もかも自分とは違う。
全身全霊を掛けるという感覚を、公私共に持たず生きてきた自分から見れば、彼女はまさに崇高な存在だ。
いつもどんなことにも手を抜かない。自身の理想をあえて高く保ち、前を目指すことを止めたりしない。
だからこんなにも惹かれるのだろうか。自分にないものを備えている彼女に。
「私が彼女に対して出来るのは、せいぜいサポートくらいですね」
「それが何よりも一番です。元宮さんからは先生への感謝が伝わってきますから」
「感謝されるようなことをしていたかな…?困らせることなら、心当たりがないとは言えないですが」
穏やかかつ艶もある笑みを浮かべて話す友雅の口調は、わざとらしさもない日常的な話し方。
本人は無意識のようだが、表情から気持ちが繋がり合っているのが分かる。
夫婦であり職場では上司と部下。両方の立場で支えてくれる人に巡り会えるだなんて、本当にあかねは恵まれていると恩師たちは思った。
「看護師の現場は未だ改善が必要です。元宮さんを含め会場にいる子たちのために、先生には今後ともご協力頂けたら」
「私に権限はありませんが、そのような機会があれば勿論改善を勧めて参ります」
ノックの音が室内に響き、ゆっくりドアが開いて事務員が顔を出した。
「失礼致します。講演がさきほど終了致しました」
「そうですか。では元宮さんをお連れしますね」
恩師は友雅に軽く頭を下げ、事務員とともに部屋を出て行った。
一人になり、彼はあかねの様子を思い描いてみる。
無事に講演を終えて、ホッとした顔をしているだろう。肩の荷が下りて、少し身体が軽くなっているかな。
任務を完璧に果たしたのだから、その分めいっぱい甘やかしてあげよう。


「緊張してるようには見えなかったけど」
「そんなことないですよ!逃げ場がないから開き直っただけですよ」
渡り廊下を歩きながら、講演会について話すあかねに恩師は耳を傾ける。
想像していた以上に客席の反応は良く、質疑応答もフレンドリーな会話が出来て楽しかった、とのこと。
「でも、参考になったかどうかは保証出来ませんよ〜?」
「大丈夫大丈夫。良い見本の先輩がお話ししてくれたんだから」
恩師は突き当たりを右に曲がらず、左へ向かう。
「先生、職員室はこっちですよ?」
「ううん、こっち。応接室の方に来てくれる?」
荷物は職員室に預けていたはずだけれど、応接室に用事だなんて何があるのか。
案内されるがまま応接室の前にやってきた。学生時代一度も縁のなかった部屋だ。
中にどうぞ、と開かれたドア。おそるおそる入口をくぐると。
「講演お疲れさま」
後輩たちから受け取った花束と、壇上に飾られていたフラワースタンドに囲まれてながら振り向いた笑顔と、声。
「えっ、ええ?友雅さん!?なんでここにいるんですか!?」
「お迎えに来て下さったんですって」
え、そんなこと全然言ってなかったじゃないか。
帰りも電車とバスで帰ろうと思い、両方の時刻表もチェックしていたのに。
「もしかして帰りのチケット買ってしまったかい?」
「まだですけど…」
なら良かった、と彼は答える。
花のそばにはいつのまにかあかねの荷物も。既に職員室から移していたから、こちらに案内してくれたのか。
「もー、いつも友雅さんてこうなんですよ!びっくりさせることばっかり」
呆れ顔で見上げるあかねの肩を、友雅は労うように両手でもみほぐす。二人のそんな光景は不思議としっくりしていて、妙にその場の空気に馴染んでいる。
立場も違えば年齢も違うし、こう言っては何だが風貌の印象もまったく違うのにぴたりと合う呼吸。
長い付き合いと言えばそれまでだが、それ以上に彼らの間には互いへの尊敬と愛情と慈しみがあるからではないか。
「迎えに来てもらって良かったじゃない。もらったお花どうしようって困ってたでしょ」
「はあ、まあそうですね…」
スタンドの花は校内に飾ってもらうつもりだったが、花束を抱えて電車とバスに乗るのは大変だなあと思っていた。電車を下りたら彼に迎えに来てもらおうかな、なんて考えたりはしたけれど。
「連絡する手間も距離も省けて良かっただろう」
「どーもありがとうございます」
くすくすと周囲から笑い声が上がる。何てお似合いの二人だろう。
「さて、懐かしの学び舎から離れ難いだろうけど、渋滞を考えるとそろそろね」
時計を見たら午後2時近く。講演が始まったのは11時だったのに、そんなに時間が経っていたなんて。週末の高速は3時辺りから徐々に渋滞がやって来る。それまでに少しでも自宅に近付かないと。
「それじゃ、外まで送るわね」
あかねの代わりに恩師は花束を抱え、事務員が手土産を持って後を着いて行く。
裏口を出てから、まず友雅が車を取りに駐車場へと向かった。
「噂には聞いてたけど、ホント素敵な旦那様ねえー」
彼の姿が小さくなった頃を見計らい、内緒話をするように恩師があかねの耳元で話す。背後では事務員が、うんうんと首と縦に振る。
「次に会うときは詳しい馴れ初め教えてね」
「せ、先生っ!」
奥からゆっくりとBMWが進んできて、あかねたちの前で停まった。
友雅はトランクを開けて静かに花束を入れてから、手土産を動かさないようベルトで固定した。
「本当にお世話になりました」
「こちらこそ。これからも頑張ってね」
恩師との別れを惜しみつつ挨拶を交わしているとき、あかねの名前を呼ぶ女子生徒の声が近付いてきた。
彼女たちは大きめの封筒を手にして、慌ててこちらへ走って来る。

「あの、これ。さっきスマホで撮った写真…プリントアウトしてきたので!」
手渡された封筒の中から出てきた、B5サイズくらいの光沢紙。
パソコン室のプリンターで、写真専用紙を使って印刷してきたらしい。
「あとでちゃんと大判写真でプリントしてから、先生に送ってもらいます」
「わざわざどうもありがとう!これからも勉強と実習がんばってね」
はい、と気持ちよく答えて頭を下げた生徒たち。
しかし顔を上げると、何やらみんなそわそわざわざわ。
「あの、えっと、その…お車の中に居る方って…」
視線があかねを通り越しているところを見ると、彼女たちの関心事はどうやら運転席の彼か。
「旦那様ですよ。同じ病院にお勤めのドクターです」
あかねが説明するよりも先に恩師が答えたとたん、きゃー!と甲高い声が廊下に響いた。憧れのアイドルに遭遇したかのようなはしゃぎぶりを落ち着かせようとするが、年頃の女の子たちのテンションを抑制なんて出来るわけもない。
苦笑しつつ助手席に乗りこみ、シートベルトを締めてウィンドウを開けてもらう。
相も変わらず生徒たちは賑やかだが、そんな時あかねの後ろから顔をのぞかせた友雅が声を掛けた。
「立派な看護師になって現場においで。先輩と一緒に待っているよ」
「は、はいっ!!頑張ります!!!」
生徒たちは全員シャキッと姿勢を正し、明らかに1オクターブ高い声で力強く返事をした。


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Megumi,Ka

suga