Take it easy

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数日後、改めてあかねに直接母校から連絡が入った。
正式に講演依頼を申し込まれ、不安は拭えないが友雅の応援もあり引き受ける決断をした。
そして向こうから提示されたテーマは、『学生時代の思い出。在校生に向けての言葉』。大体はそういう内容だろうと予想はしていたのだが、想定外のプラスアルファが待っていた。
「保護者の方にって、何を言えば良いんですか〜?」
学校説明会の際に使いたいということで、保護者向けの動画を取りたいとのこと。
既に何人かの卒業生にコメント動画を貰っていて、講演会の際にあかねの動画も撮りたいと言う。
「あかねが進学する時は、ご両親にどう説明したんだい?」
「私は子どもの頃から看護師志望一直線でしたし、うちの学校が最適だと思ってたので…」
自分の進路は自分で決めたから、まったく悔いもなかった。
でも、子どもと保護者の意見は決して同じなわけはなく、どちらに比重が傾いても良くはない。
普通の高校生活三年間とは違うし、かなり厳しい環境もあるからそこは包み隠さず伝えないと。
「学校側に不利と感じる部分は、さすがに向こうでカットされるだろう」
「でしょうね。学校としては新入生を増やしたいと思いますし」
持ち上げ過ぎてもわざとらしいし、悪いところを伝えたら逆効果。
収録は10分程度で、実際には2〜3分に編集される。簡潔で自然な言葉を選ばなければいけない。
講演会よりも難しく、責任も重大。

頭を抱えるあかねの手から、友雅はバインダーノートを取り上げる。
思いついたことを適当に書き込んでいるページをめくり、まだ白紙の部分を彼女の方へ向けた。
「まず、メリットとデメリットを箇条書きして」
「はあ」
「短い時間で適当に編集されるなら、両方からひとつずつ選んで」
「…はい。それであとは?」
「デメリットの中からメリットらしい部分を探す」
「デメリットからメリット、ってどういう意味ですか?」
「聞き手にとって、印象が弱い部分」
言い換えれば、どちらにも取れるような部分。
悪いイメージが薄い、本人の努力と考え方で改善できるところだけをPRに使う。
「運命に左右されるデメリットは無用だ。絶望にしかならない。自分の力次第で覆せるデメリットなら、メリットに変わるものだよ」
それは君が一番良く知っているはずだろう、と彼は言う。
「まあ、あまり深く考えすぎないで。本人の意思が最後は決め手になるのだから」
学生時代は限られている。自分の未来展望が変わるかもしれないし。
他人がどう勧めようと強い考えがあるなら、当人が自ら道を切り開くだろう。
「あくまでも、これは一例だと感じてもらうのが良いですね」
「そう。決定権は本人のみ。こういう先輩がいたと分かってもらうだけで十分」
なるほどなあ…とあかねが頷くと、店内アナウンスが彼女の名前を呼んだ。
「じゃあちょっと行ってきますね」
綴じたバインダーをバッグの中にしまって、あかねは椅子から立ち上がる。
清楚なスタイルの店員に案内され、フィッティングルームへと消えて行った。
スーツを新調するため、今日はフォーマルウェアショップにやって来ていた。滅多にない機会だし母校凱旋みたいな晴れ舞台なのだからと友雅に推され、今回一式新しく揃えることになった。
クローゼットにない色からチャコールブラウンを選び、スカートではなくパンツタイプに。
裾上げが終わる間ずっと待合室にいたが、すっかり講演内容の話が中心になってしまった。
「友雅さん、どうですかー?」
仕立て終わったスーツを着て、あかねが姿を現した。
「落ち着いてて、良いんじゃないかな。いつも可愛いあかねが何となくカッコ良く見えるよ」
赤の他人がいるにも関わらず当たり前のように言う友雅に、ほんのり赤面するあかねと苦笑する店員。
「では、こちらでご用意させて頂きます」
先に選んでおいたパンプスとブラウスは、既に包装されていた。


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「で、講演内容は決まったの?」
「出来ました。橘先生に何度も見直してもらったから大丈夫かと」
おそらく自分のこと以上に親身になって付き合ったんだろうな…と皆は推測する。
しかも、嫌々どころか喜んで相手になったに違いない、彼のことだから。
「それでさあ、あかねの上を行く秀才の同級生が気になって仕方ないんだけど、今どうしてるの?」
あかねの学生時代の優秀さには同僚たちも驚いたが、殆ど首席を譲ることがなかった同級生とは、一体どんな職に就いたのだろう。
それに、言っちゃ悪いが講演会に登壇依頼をするならば、そちらの生徒にまず白羽の矢を立てるのでは?
「一応声を掛けたみたいなんですが、海外派遣中でまだ帰国予定がないそうで」
母校から聞いたところによれば、卒業後に就職した病院の仲間とNGOの医療チームに参加しており、一年前から海外派遣されているらしい。
いずれは国境なき医師団に参加出来るよう、経験や活動を進めているのだとか。
「はぁ、さすが上を行く人だわ」
帰国子女で海外経験もあり積極性もリーダーシップにも優れ、英語とフランス語は問題なく…海外で活躍するだけの力を持っていた彼女は、それを活かして世界で走り続けている。
「私なんか足元に及ばないですよ」
でも、彼女は彼女、自分は自分。追いかける夢が同じである必要はない。
学生時代は看護師になるという同じ目標があったが、その先は自分自身の道。
あかねは今ここで看護師として働いていることに満足しているし、キャリアアップも考える余裕がある。
公私を兼ねてサポートしてくれる人がいて、そんな人に巡り会えたのも運が良かったし幸せだと思っている。
「さて、配薬準備に行ってきます!」
いってらっしゃーいと見送られて、あかねは病棟へ出掛けて行く。
途中で逆行するドクター二人と会話を交わし、彼女と入れ違いで彼らがナースステーションに辿り着く。

「相変わらず元気だねえ我が天使様は」
「またそんなこと言うと天使様に叱られますよ」
看護師はすべての患者のために存在する。一人だけ特別扱いはできません--------と、そんな風にあかねから小言を言われている姿を何度目にした事か(つまり懲りていない)。
「ところで、この中に週末の夜時間のある人はいるかな」
唐突に友雅が看護師たちの顔を見渡して言ったあと、森村がすぐに言葉を続ける。
「橘先生がメシごちそうしてくれるっていうんですけどー」
「えええー!何それ行く行く!!」
「ちょっとそれ、予定変更してでも行く!」
「あまり期待されても困るよ。居酒屋程度でも良いのかい?」
全然構いません!と彼女たちは口を揃える。
友雅と食事なんて滅多にない機会だし、これを断る理由などあるものか。
「付き合ってくれる人は、木曜くらいまでに森村くんに申し出ておくれ」
友雅はそう告げて、ナースステーションを通り過ぎて行った。
「相当退屈なのねえ…橘先生」
たかだか一泊二日の留守だろうに、暇を持て余しているのが一目瞭然だ。
どちらかが休日だったり夜勤の時は一人メシになるのに、それとこれとでは意味が違うらしい。
「まー、せっかくだしゴチになりましょー!」
「そうねー。健全に、先生のお相手をしてあげましょーか」
森村と看護師たちは顔を見合わせて、一同にうなづいた。


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Megumi,Ka

suga