True heart,True style

 02---------
次の日の夜。
帰宅したあかねは仕事の疲れなどまったく見せず、元気いっぱいだった。
ジムに通う決意が逆に気力を生み出したのか、夜だというのに晴れ晴れとした顔をしている。
「昼間、源先生に連絡したのだけど」
友雅は昼休み時間を見計らって、リハビリ科の源に電話を入れた。
日頃から患者の運動機能改善に関わっている彼なら、トレーニングの効果や注意点に詳しいだろうと思い尋ねてみたのだった。
期待する効果を考慮すると、ジムに行くのは食後の方が良さそう。
食事を終えて1〜2時間ゆっくりしてから、軽い運動を取り入れれば筋肉量や血糖値に効果があるはずだと言っていた。
「じゃあ、食後のお散歩と変わりないですね」
時々夜になるとマンションの中庭や周囲を散歩したりするので、結果的には同じようなものだろう。
天気に左右されることもないし、屋内だから安全性も高い。
「8時くらいになったら行きましょうね!」
「はいはい。天使様の仰せのままに」
彼女に抗うことは既に諦めた。
いつまで続くか分からないが、覚悟して健康的なプログラムに取り組むとしよう。


まだ8時を過ぎていないが、外部の利用者の姿は殆どないように思えた。
とは言っても、このマンションの住人全員と顔見知りなわけではないので、外部の者か判断するのは無理なのだが。
シンプルで小綺麗なフィットネスルーム。
町中の本格的なスポーツクラブと比べれば物足りないだろうが、気軽に身体を鍛えるには十分なだけの設備が整っている。
「ほらね。私の言ったことは本当だっただろう?」
まず、体組成計でお互いのデータを測定してみた。
弾き出されたあかねのデータは、友雅が言っていた通り体脂肪、内臓脂肪、皮下脂肪それぞれやや低めで、肥満なんて言葉とは縁遠い数値。
1キロ増えて大騒ぎしていた体重も、赤い字で"低体重"と記されている。理想体重との差はかなり大きい。
「しっかり脂肪がついている所もあるのにねえ」
「他人が見たら間違いなくセクハラ行為と思われますよっ!」
脇の下から忍ばせようとした友雅の手を、ぺしっとあかねが叩いて払った。
「そんなことより、友雅さんのも見せて下さい!」
プリントアウトした彼のデータを、あかねはざっと目を通した。
そして、ぽつりとつぶやいた。
「……理不尽」
本当に心から、その一言に尽きた。
普段からスポーツやトレーニングなんて一切やっていなくて、健康への自覚も薄めな彼なのに、どうしてこんな完璧な数値になるんだ?
体重は低い方だけど標準圏内で、体脂肪も低い。なのに筋肉量はちゃんとある…。
「何もしてない友雅さんが、こんなに健康的な結果だなんてっ!」
「割と酷い言われ方されている気がするけど」
苦笑しながら友雅は言う。
だが…改めて彼の身体を思い出すと、このデータには納得する。
スポーツマンみたいな筋肉隆々ではない。けれど、無駄な脂肪はどこにも付いていない。それでいて痩せているわけでもなく、バランス良く筋肉が各部に配置されているのだ。
「太らない体質かもしれないね」
「うわ、それって一番憎たらしいタイプですねっ!」
たまにいるのだ。こういう、いくら食べても太らないor太れないという人間。
そういう人に限って大食漢だったりして、神様は不公平だと何度思ったことか。

「でも、ホントに何もやったことないんですか?スポーツみたいなの」
「全くない、というわけではないけども」
お、これはあかねも初耳だった。
一体どんなスポーツを嗜んだのだろう。テニスとか?或いはフェンシングなども似合いそうだけど。
「合気道を少しだけやったことはあるね」
「あ、合気道っ!?」
これが驚かずにいられるか。友雅が、まさかの格闘技だなんて。
「正確に言うと、合気道は格闘技ではないよ。相手を倒すものじゃないから基本的には試合もない。だから、割と気楽だったね」
父の勧めで小学生から高校二年までやっていて、三段を持っていると言う。
それで気楽にやってたというのか?とてもそうは思えない。
「お父様は何で勧めたんですか?」
「技を会得しておけば、患者を扱う時に楽だって言われたんだよ」
患者は老若男女、体格や力もそれぞれ違う。どんな人が治療に訪れるか分からない。そんな患者を治療室へ運んだり、不測の事態が起きたときのため、合気道の技が活用出来ると聞かされた。
テコの原理などを利用するのでどんな体格の相手にも対応出来、お互いに負担を掛けずに済む。
「はあ…。びっくりしてマシン使うの忘れてましたよ」
時計を見ると、ここに来て1時間近く経っている。
トレーニングは1日1時間程度と決めたが、初回なので予定が狂ってしまった。
取り敢えず、今日はランニングくらいにしておくか…と、二人はずらりと並ぶマシンへと移動した。
「長く走るには、呼吸を意識しないといけないですよね」
「そういえば合気道でも、呼吸の取り方を教えられたな」
ゆっくり動く地面のスピードに付いて行きながら、友雅は昔話をあかねに伝えた。
こんな機会がなければ、自分が合気道を学んでいたことすら思い出さなかった。
真剣に取り組んでいたわけではないので、記憶に強く残るものが殆どないからだろうか。


20分置きに休憩を取りながら、合計60分ランニングマシンを使った。
それほど大量の汗はかいていないので、シャワーは自宅で浴びることにした。
「何か、友雅さんに色々教えてもらった方が良いような気がしてきましたよ」
着替えを済ませ、ジムで使ったウェアとタオルを片付ける。
ランニングで疲れが出るかと思いきや、運動で筋肉が解れたのか身体が少し軽やかに感じた。
「合気道の技って、患者さんの介助に活かせたりしませんか?」
「ああ、覚えておくと何かと便利かもしれないね」
看護師の仕事は想像以上に重労働。入院患者の床ずれを防ぐために向きを変えてあげたり、車椅子に乗るために手を貸したり…と体力勝負の業務が多い。
そういう時にコツを理解していれば、楽に介助が可能になる。力の弱い女性なら尚更だ。
「教えてあげるよ、丁寧に手取り足取りで」
「…護身用の技も教えてもらおうかな。力がなくても男の人を倒せるような」
「技なんか使わなくても、あかねになら喜んで押し倒されるよ?」
「じゃあ遠慮なく!」
軽く友雅の身体を押すと、あっさりソファの上に転がり落ちる。受け身を取るのがさすがに上手い。
「さて、どんな技を掛けてもらえるのか楽しみだ」
「やっぱ止めます。変なプレイしてるように見えて来たし」
自宅だから誰も見ていない。でも、男性の上に乗りかかって両腕を押さえ込んでる女性の図…って、客観的に想像したらかなりヤバげ。
「じゃあ、いつも通りのことをしよう」
あかねの手を簡単に払い除け、彼女の背中に両手をまわす。
そのままくるりと、お互いの身体を上下逆さまに。
「ダメダメダメ、汗流さないとっ…」
「やっぱりシャワー使ってくれば良かったかな」
仕方なく二人とも身体を起こし、現実に立ち戻ることにした。

ふわふわに膨らんだバスタオルは、ほのかに優しい柔軟剤の香りが残る。
清涼感と爽快感が欲しいので、バスオイルはミント系を。
「寝る前に簡単な技を教えてくださいね」
「技か…。ベッドの上でするなら、やっぱり寝技かな」
「患者さんに寝技掛けてどうするんです!」
もちろん、実践可能な方法を彼女には教えてあげるつもり。
その後は…こちらの希望通りにさせてもらうけど。
「何事も仕事に活かそうとする心がけは良いが、糸を緩めることも忘れずにね」
一生懸命になりすぎて、張り詰めた糸が切れてしまっては意味がない。
自分たちの業界は、常に緊張を伴っている。だから、緩めるポイントをスルーしないことが大切。
「私の前では遠慮なくリラックスしなさい」
「友雅さんも、ですよ?」
そう、二人きりの時だけは思う存分に、自分の好きなように。
誰よりも信じられるその人と過ごす時間の中に、究極の癒しが存在する。






-----THE END-----




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(2016.08.31)

Megumi,Ka

suga