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True heart,True style
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フロントガラスに当たる水しぶきを、ワイパーが振り払う。
いつから降り出していたのだろう。
オペが長引いたせいで、天気の変化に全く気付けなかった。
とは言っても、こうなることは夕べの天気予報で予め分かってはいた。
だから、今朝レインコートを手渡されたのだ。
わざと迂回して家路を急ぐ。
こういう時は短距離よりも長距離の方が、結果的に早く着くものである。
「レインコート使わなかったんですか」
「向こうを出たときは小雨だったからね」
それに、病棟から駐車場までの距離を考えたら、そのまま走った方が早い。
雨脚が強くなったのは、湾岸道路に出た頃。
マンションに着くと、もう雲間から月が顔を出していた。
「今日はお疲れさまでした。明日はゆっくり休んで下さいね」
ダイニングテーブルの上には、カラフルな夏野菜のサラダやオードブル。グラスが用意されているということは、ワインも冷えているはず。
そしてメインディッシュはステーキ。オペのある日の夕食は、心身疲労回復のために必ず肉料理。
そんな彼女なりの心配りに、感謝と共に愛おしさがこみあげる。
「先にシャワーして来て下さい。温めておきますから」
あかねの言葉に甘えてバスルームに向かおうとした友雅は、ソファの上に置かれたパンフレットに目を止めた。
「あー、それ」
友雅の視線に気付いて、あかねはキッチンから戻って来た。
館内にあるフィットネスジムに関する小冊子。
「ちょっと通ってみようかなって」
「あかねが?ダイエットでもするつもりかい?」
「うっ…」
気まずそうな彼女の反応に、友雅の方が驚いた。
冗談まじりに言っただけなのに、まさか図星だったとは思わなかったので。
そもそも、ダイエットする意味が分からない。十分スリムに見えるのに、これ以上絞ってどうするつもりか。
「実は体重が1キロ増えまして…」
「1キロ?その程度じゃダイエットなど必要ないだろう」
「何言ってるんですか!1キロって大問題なんですよっっ!」
真剣な顔をして、あかねは友雅に食って掛かる。
1キロの体重増が女性にとってどれほど大きな意味を持つか。熱弁を振るおうと顔を近づける彼女を、なだめるように友雅は両肩を支えた。
「あかね、この際だからはっきり言うよ。君は平均より少しスリムすぎる」
自分は医者だ。男女の標準体重くらい、身長を見てすぐに判断出来る。
彼女の背と抱き上げたときの重みで推測すると、多めに見積もっても標準以下。
「最近は美容体重というのもあるらしいが、それに当てはめても今のあかねは標準に満たない。過度な体重減少が健康にどう影響するかくらい、看護師なら分かっているだろう?」
友雅にそう言われたあかねは、反論が出来なかった。
食事制限からの栄養失調、筋肉の衰えから代謝が悪化、免疫低下、ホルモンバランスの異常…その他諸々。思い当たることは限りなく多い。
「綺麗になろうとする心意気は評価する。でも、健康を阻害する可能性があるのなら私は反対だ」
「はあ…」
「患者さんに元気を与えるのが看護師の仕事なら、健康的な姿で接した方が良いと思うね」
「そっか…。そうですよね…」
ダイエットについて、少し神経質になっていたのだろうか。
"痩せることが美の基本"という考えは、世の女性にとって一般常識。
その一方で友雅が言うように、過度な減量やダイエットで身体を壊す女性も増えているのは事実だ。
標準体重の計算方法が分かっているのに、それよりも痩せたいと考えてしまう。
美しくなることと、ダイエットは別。それを自覚しなければ美しさどころか、ただの不健康なダイエットホリックになってしまう。こうなったら元も子もない。
しばらく頭の中を整理していると、友雅の手のひらがそっとあかねの髪に触れた。
「でも、健康のためにジムに行くというのなら賛成するよ」
険しめだった彼の表情が、いつも通りの穏やかな雰囲気に戻っている。
「身体を鍛えるのは良いことだからね」
闇雲にダイエットや減量を目的にせず、まず健康のために運動を心がける。それが日常ではなかなか難しい。
だからこそジムなどを利用出来る機会があるなら、取り入れるのは正解だと思う。
「看護師は結構重労働だろう?体力を付けておいて損はないよ」
「確かに」
改めてパンフレットを確認すると、マンションの住人は通常の半額で利用可能な上、手続きをするだけで入会金や解約金も必要ない。
インストラクターがいる午後8時までは外部の人間も利用できるが、住人はそれ以降も24時間年中無休でマシンを使うことが出来る。
勤務体制が不規則な医療従事者でも、こういうシステムなら自分のペースに合わせられる。
「いつも私のためにこんな献立を用意してくれるのだから、あかねも自分の身体を考えないと駄目だよ」
「はい、そうですね」
本当に彼の言う通り。
健康管理が整っていなければ、他人に栄養バランスや食生活を語っても信憑性に欠ける。
まずは自分がしっかりしないと-------------
………って、ん?
納得したあとで、あかねは友雅の腕を引っ張った。
「今言ったことは全部ごもっともなんですけど、それって友雅さんにも当てはまりますよね?」
どうも話の矛先が妙な方に向いて来た。
あかねのためを思って言ったはずが、まさかのブーメラン。
「一緒にジム行きましょうよ」
「私が?私は別にいいよ」
「いい、じゃないです。友雅さんもそれに見合ったことしなきゃ、患者さんが信用しませんよ!」
看護師はもちろん、医師だって自らの健康を重視しなくてはならないはず。
不健康な医師に治療や診察されて、安心する患者などいるわけがないし。
「トレーニングマシンだけでも良いですから、付き合ってくださいよ〜」
「やれやれ…。予想外の展開だ」
はあ、と友雅は大きくため息をつく。
スポーツや筋トレには、まったく無関心だったのだが…。
「友雅さんは整外のドクターなんですし、筋肉とか関節の鍛えるのも治療の一環でしょう?」
完全にさっきと逆の立場になってしまった。これじゃどうにも断りにくい。
「本格的には無理だよ。仕事もあるし」
「大丈夫です。私も長続きするように軽いトレーニングにしますから」
しょうがないな、と言って友雅は両手を上げ降参した。
ジム自体は面倒くさいだけだが、あかねの付き合いと護衛を兼ねていると思えば、まあいいか。
「じゃあ明日、私が帰宅したら行きましょう!」
明日は友雅は休日で、あかねは日勤。午後6時くらいには家に着く。
仕事後の疲労も考慮して、トレーニングは1時間程度に定めることにした。
「よーし、頑張っちゃおう!」
明日から始めるのに、既にあかねはやる気満々。
だが、ダイエットが目的で始めようとしていた時より、表情は明るいしパワーが溢れている。
そうそう、元気を与える天使はこうでないと。
沈みがちな患者を、笑顔で導いてくれる存在であって欲しいから。
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