Surprise Rehearsal

 003---------
中庭をぐるりと一周してみたのだが、安倍の姿はどこにも見当たらなかった。
きょろきょろしているあかねたちを見て、自販機に飲み物を買いに来たインターンが声を掛ける。
「誰か探してるんですか?」
「あ、あの…安倍先生はどこかなあって」
「安倍先生なら、さっきまでそこのベンチで昼飯食べてましたよ。多分、診察室の方に戻ったんじゃないですか」
予想は当たっていたが、時間差ですれ違いになってしまったか。
インターンの彼に礼を言い、二人は足早に来た道を戻っていく。
「あれ、今の橘先生と元宮さん?」
もう一人のインターンが、去って行く男女の後ろ姿を見て言う。
相変わらずアッツアツだよな、ともはや死語と言える言葉をつぶやき、出て来た缶コーヒーを取り出した。
「何か、安倍先生を探してたみたい」
「安倍先生?何で?」
「さあ。俺は知らんけど」
整形外科で、産科の安倍の力が必要な患者でもいるんだろうか。
でもそれだったら、まず産科を優先するんじゃないか?母体がまず第一だし。
それ以外に考えられることと言ったら……

「おい、もしかしてさ、元宮さん…」
この展開は過去に何度もあったが、やはり第三者がピンと来る予想といえば、コレが一番しっくりくる。
だってあの二人なら、可能性がありすぎる。
入籍してから結構経つし、いつもあんな調子のイチャイチャぶりだし。
安倍の診察を受ける機会が出来て、何の不自然があるか!
「ついにか!」
「今度こそマジだぜ。絶対そうだって」
絶対とか言っても、本人たちに確認なんかひとつも取っていないが。
噂というものは大体が、他人のちょっとした例え話が発端で、次々に尾ひれを増やしてあたかも真実のように広まって行く。
やっかいなことにそれらは、本人の知らないところで拡大していくから、後々の収拾に手間が掛かる困りものだ。



産婦人科の診察室のドアには、安倍のネームプレートが飾られている。
中に彼がいる、という証明である。
「失礼しまーす」
そろそろっとドアを開けると、窓際から差し込む光を背中に受けながら、椅子に腰掛けて本を開いている安倍の姿があった。
「何だ、二人そろって。妊娠検査か」
「ちっ…違いますよっ!!!」
「そうだったとしても、彼女の診察は女医にしか頼むつもりはないんでね」
安倍の腕は信頼出来るけれど、例え医者でも他人の男にあかねの身体を預けることは出来ない。というか、自分が許さない。
「なら、何の用だ。午後の診察がもうすぐ始まる。用件はさっさと言え」
彼は本をぱたんと閉じ、二人の顔を見た。表情は、いつもの無表情だ。

「あのですねえ、安倍先生…私たちの忘年会に参加してくれませんか?」
「忘年会なら、科の宴会に顔を出す。それ以外に、何故私が参加する理由がある」
「いや、みんな安倍先生に来て欲しいって思ってて」
はっきり単刀直入に言えば、イイ男がひとりでも多く参加して欲しいと。それが看護師(女性限定)たちの本音だ。
だから友雅や源や永泉や藤原や…と、そういうメンツが呼ばれているのだ。
まあ、そういうことを安倍に言っても、きっと全く理解してくれないだろう。
「忘年会など時間の無駄にしかならんが、教授の顔を立てるためにも参加する。だが、それ以外は必要ない」
ただでさえ忙しい年末に、暇な時間など作れるか、ときっぱり。
やっぱり簡単には行かない…。

というわけで、ここで友雅の出番。
「実はね安倍先生。一応忘年会とは体面上言っているのだけれど、本当はちょっとしたサプライズでね」
いよいよ、友雅がハッタリをきかせる。
いや、ハッタリじゃなくて本気?うん、一応本気で…考えているんだよね?
「皆には内緒なんだけれど、私たちの結婚披露宴なんだ」
「……披露宴だと?おまえたち、式は挙げたのか」
「それは、来年あかねのご両親がいるカナダで、身内だけで行うつもりでね。でも、ちゃんと花嫁姿はみんなにお披露目しなくてはと」
結婚式のことは、本当。
わざわざ向こうにいる両親に帰国してもらうのは面倒だし、あちらで挙式をすれば新婚旅行も兼ねられるし。
披露宴のことも話し合いはしていたが、それがこんな展開に転がるなんて想像してなかった。
「今回の忘年会は、ごく親しい人ばかりが集まるから、丁度良いと思ってね。大勢の人を寄せ集めるより、親しい面々だけで小規模な披露宴の方が良いと、話していたんだよね?」
「そ、そうです!だから、その、安倍先生にもお世話になってるから…是非って」
さすがの安倍も、そういうめでたい宴会の誘いならば断らないだろう。
そう友雅は睨んで、披露宴と忘年会をまとめて、という考えに至ったのだ。

そして、その結果は------
「分かった。そういうことなら、祝いに駆け付けよう」
「ホントですか!良かった!」
見事、友雅の予測は大当たりした。嫌な顔ひとつせず(というより無表情)、安倍は出席を承諾した。
これで何とか面目躍如…と、あかねは一安心のため息をつく。
期待した参加者は、ほぼ全員OKが取れたんじゃないだろうか。
「日程や場所は決まっているのか」
「それは追々ね。一応、安倍先生の空きのある日を、教えてもらえるかい?」
立ち上がった安倍は、机の引き出しから手帳を取り出した。
ちらりと覗いた手帳の中身は、びっしりと予定が書き込まれている。
これじゃ暇なんてないだろうに…と思いながらも、安倍はかろうじて余裕のある数日を選んで友雅に伝えた。
「決定したら、改めて連絡するよ。手間を取らせてすまなかったね」
「問題ない。とにかく……めでたいことだ」
「あ、ありがとうございますっ!」
まさかお祝いの言葉をもらえるとは思っていなかった。
くすぐったい気がするけれど、有り難いというか嬉しいことには変わりない。


安倍の約束は取り付けたので、これで一段落するはずだった。
だが、忘年会の予定が変更になったので、二人にとってはこれからが大変。
「私たちが、幹事を引き受けるしかないだろうねえ」
会場を選んで、会費を決めて、その予算で料理やオプションを見繕って。
ただの飲み会なら良いが、披露宴となればドレッシングルームも必要だろうし、それっぽいイベントも考えるべき?
招待状や引き出物も、用意した方が良いだろうか。
「簡単なもので良いんじゃないかい?小規模なんだし」
「だって、一応披露宴ですよ?ちゃんとそれなりのこともしないと、お客さんに悪いじゃないですか」
あとでまたコンビニに寄って、今度は結婚情報誌を買っておこう。
残り一ヶ月弱の期間で、どこまで用意出来るか分からないけれども、妥協は最低限に抑えなきゃ晴れ舞台の意味がない。

「あかね一人に押し付けるつもりはないから、私に出来ることなら何でも言っておくれ」
悩み出したらなかなか決められない、そんな彼女の背中を押すのは慣れている。
ドレスだってアクセサリーだって、そうやって二人で決めて来たのだ。
披露宴も結婚式も、二人のためにあるもの。
主役はもちろん花嫁であるが、その花嫁をエスコートする花婿がいなくては、結婚式は成り立たない。



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Megumi,Ka

suga