Surprise Rehearsal

 002---------
次の日のナースステーションは、朝早くからやけに賑やかだった。
それもそのはず。みんなが期待を掛けていたことが、こんなにも早く実現したのである。
「やっぱ橘先生を釣るには、あかねのひと言だよねえ」
看護師たちは満足した様子で、参加者の名前をノートに認める。
整外の女性看護師を中心に、森村をはじめとする研修医が数名。
医師は友雅の他に、小児科の藤原やリハビリ科の源、保育士のイノリや栄養士の永泉の名前まで。
院内でも女子人気の高い医師たちばかり。さすがに彼女たちの目は鋭い。
すると、ざっと流し見していた名簿の中に、一人の名前を見つけてあかねの視線が止まった。
「え、"詩紋くん"って、あの詩紋くんのこと?」
「そーそ。こないだお使い来てるとこ見つけて、誘っちゃった」
何て手回しの早い…。
プライベート感重視の忘年会だから、別に病院勤務者以外でも全然構わないのだけれど、まさか詩紋にまで彼女たちの目が行き届いていたとは。
「詩紋も誘え誘えって、このおねーさま方が所望するんでさー」
そう苦笑いしているところを見ると、また森村が無茶振りさせられたらしい。

「あとはもう一人…どうにかならないかなあ」
「まだ、誘ってない人いたっけ?」
現在25人くらいが揃っている。
仕事抜きでの宴会なら、これでも十分頭数が揃っているように思えるが、他に誰を呼びたいのだろう。
「安倍先生だよー、産婦人科の」
「ああ、安倍先生…」
忘れていた。もう一人、女子人気の高いドクターがいた。
彼が参加してくれたら完璧なのだが、何せ気難しい性格をしているから、なかなか声を掛け辛い。

「あかねさあ、橘先生を通じて何とかしてくれない?」
「えええ?また私がぁ!?」
友雅は良いとして、何で安倍の仲介をしなきゃいけないのだ。
赤の他人だし、科も全然違うのに。
「だから、あかねが橘先生に『安倍先生誘って欲しい』ってお願いすればー…」
安倍に近いのは、同じ医師である友雅の方。
あかねのお願いならオールオッケーな友雅なので、友だちに頼まれて困ってるとか彼女が言えば、何とかしてくれないかな?と。
「こういうこと出来るの、あかねだけなんだから!お願い!」
看護師たちが、今にもしゃがみこんで土下座しそうな意気込みで、あかねに向かって頭を下げる。
背後の森村たちは半ば呆れ気味だが、彼女たちは彼女たちなりに結構真剣。
「OKしてくれるかどうか、分かんないよ?」
期待されても困るのだけれど、明らかに期待されていることは分かる。
さて、どうなることやら-----------------。



外来病棟にあるコンビニで雑誌を買い、人気のない研究棟へあかねの足は向く。
白い廊下を進むについれて、すれ違う職員の数が減って行く。
エレベーターで4階に上がると、がらんとした会議室が並んでいて、その中のひとつのドアを開けた。
「いらっしゃい、天使様」
既に先客が到着していた。
二人きりのランチタイムに最適な、隠れ家のような研究室。
壁も床も真っ白なせいで、少しの日差しでもかなり明るく感じる。

家から持って来たランチボックスは、二人とも中身は同じ。
スパニッシュオムレツと、ピクルスのサラダ。カッテージチーズのライ麦パンサンド。ヨーグルトにポット入りのコーヒー。
「雑誌?」
「そうです。ちょっと参考になるかなって」
若い女性が読む情報誌の表紙には、飲み会のお店特集のような文字が。
忘年会や新年会やクリスマス…年末年始にみんなが欲しがる情報は同じのようだ。
「結構少人数でも、個室を使えたり貸切出来るお店、あるんですよ。ほら!」
友雅の前に開かれたページには、意外にも華やかな雰囲気の店内写真が掲載されていた。
カフェバーやクラブのような造りで、なかなかセンスの良い内装。飲み会で使うには勿体ない気もする。
よく記事を見てみると…なるほど披露宴や二次会にも、と書かれている。そういうパーティーに似合いそうな空間だ。

「そうだ。友雅さん、お願いがあるんですけどー…」
食事をそこそこに、物珍しそうに記事に目を通している彼の手を、あかねの指先が軽く突いた。
「面倒くさいお願いなんですけど、聞いてくれます?」
「内容によって…と言いたいところだが、あかねのお願いならどんなことでも」
その内容こそが問題なのだが。

「なるほどねえ…安倍先生は、ああいう性格だからね」
「ですよねえ…」
腕は立つが人付き合いには無関心で、余計な雑談も会話もあまり好まない。
しかし、彼の名誉の為に声高らかに言うが、決して人間性に問題があるわけではない。
いや、完全に問題がない…とも言い切れないけれど、治療や診療は完璧と言えるほど正確だし、患者に対する応対も状況を判断して丁寧に接している。
唯一、少々人情味には欠けるのが難ではあるが。
「でも、忘年会なんて、余程の理由がないと参加しないですよね?」
仕事関係なら付き合いだと割り切るだろうが、それ以外の時間を理由無しに使うかと思うと…彼の性格を考えたらやらなそう。
友雅も同じような考えの持ち主だが、安倍とはまたタイプが違う。
それなりの理由があれば…とは言っても、どんな理由をつければ?
やはり、彼を引っ張り出すのは無理か…。

思わず、ひとつため息がこぼれた。
そして息を吸い込もうとした時、あかねの手首を友雅が緩く引っ張った。
「理由を、作ってみようか」
「は?」
理由を作る?安倍が納得してくれるような理由…って、一体何を?
一瞬、友雅は静かに笑みを浮かべ、耳元に唇を近付けると、あかねが予想もしなかったことを告げた。

「…な、な、何ですって!?ほ、ほ、本気なんですかっ!?」
「良い考えだと思うんだが。一度に出来るし」
まさか、いきなりそんなことを…!
あまりにも、あまりにも突然過ぎて、あかねの方が動揺している。
「こういうことなら、安倍先生も乗り気になってくれると思うよ。どうだい、花嫁さん?」
顔を近付けてきて、何度も繰り返しふざけるようにキスをして。
手を握って、薬指を撫でて、身体を引き寄せられて。
「安倍先生のところに、これから行ってみようか?」
「マ、マジで…っ」
こちらがまだ動揺しているのに、友雅の方は気持ちが整理出来ているらしい。
早々にランチを片付け、あかねの手を取り立ち上がらせる。
お昼休みは、残り20分程度。
安倍は大概中庭か、或いは産科近くの食堂にいるはず。
ああ、何てことだ。
こんな想定外のことが起こるなんて…。
ずいぶんと遠回りしすぎたから、これからは早く進めて行こうといつも言っているけれど、唐突にその機会がやって来るとは思ってなかった。

一年の終わりが見えて来る季節。
おそらく来年のことだと思っていたそれまでも、前倒しで実行に移すチャンスが巡って来た。



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Megumi,Ka

suga