Private Angel

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広々とした店内は、白木の家具で揃えられて清々しく明るい。
中央のテーブルに揃っているメニューも、煮物揚げ物炒め物と和洋折衷多種多様。
もちろん種類豊富な野菜を使ったサラダやフルーツ、プリンやゼリーのデザート系も抜かり無し。
社食にしておくには勿体無いほど、バラエティに富んだラインナップが揃う。

「元々は全部、館内のカフェやレストランに出す献立なんだ。調理の時に、ついでに作ってもらっているんだよ」
「そうだったんすかあ、どーりで」
ということは、レストランと同じものが食べられるというわけだ。1500円くらいするランチコースの一部が、こうして好きなだけ食べられるとは豪勢な。
「あまり来ないのかい?君らにはこっちの方が良いだろう」
「そりゃそうですけどー」
そりゃ彼のような高給取りのドクターなら、毎日のように利用出来るだろうけれど、こっちはまだまだしがない研修医の身分。
住居の1Rマンションは病院の借り上げなので、比較的家賃は安く済んで助かってはいるものの、生活費だけでも結構やりくりが厳しい。
なのに、向こうの食堂のB定の倍もする料金のこちらに、そう何度も来られるわけもない。
この病院に来てしばらく経ったが、未だに2回くらいしか来たことはない。
「せっかくの機会だ。今日は好きなだけ食べると良いよ。奢りだからね」
「はいー!遠慮なく!」
念を押すように言った友雅の言葉に、森村は迷わず答えた。


「しかし、すごいねえ…。本当にそんなに食べられるのかい?」
目の前に置かれた森村のトレイを見て、苦笑しながら友雅は言う。
ミックスフライにハンバーグ、手羽先と筑前煮に加えて、こんもり盛られたサラダとすいか。
ちなみにこれに、大盛りの丼飯と中華スープが付く。
豪華なタダ飯のチャンスを存分に味わおうと、あれもこれもと取り分けてしまったのだが、これくらい食べておかねば午後の仕事がパワーダウンする。
「そういう先生こそ、足りるんすかあ?」
「私は良いんだよ、これくらいで。君のように若くもないし」
「んなこと言っても、あかねに言われてたじゃないっすか。ちゃんと食べるようにって」
友雅は笑いながら、反論もせずにパンをひとかけら口に運ぶ。
小さめの胚芽パンに、チリビーンズと野菜サラダ。それと、コンソメスープだけ。
こんなもんしか食ってないって、あかねが知ったら怒るんだろうなあ…。
でも、例えあいつがガミガミ怒っても、このヒトは痛くもかゆくもないか。
むしろ、怒ってくれる=構ってもらうという感じで、喜んでいるとかありそうな(いや、多分ある)。

「先生たちは、いつもここで飯なんですか?」
「いや、たまにだよ。普段は、あかねが私の分も作ってくれるからね」
ああ、そうでしたそうでした。
いつも彼は、気持ちのこもった愛妻弁当でしたっけ。
昼食だけに留まらず、当直の時は夜食までちゃんと作ってくれるんでしたっけ。
「だから、時々は連れて来てあげるんだよ。ちょっとくらいは、手抜きさせてあげないと可哀想だしね」
はあ、そうですか…。
そんな話を聞かされているだけで、腹いっぱいになりそうだ。
が、あくまでそれはたとえ話である。実際の腹の足しにはならない。

「お、パパイヤ美味そう」
テーブルに追加されたフルーツを見た森村が、食事の手を止めて立ち上がった。
「やれやれ…今日は彼に食い尽くされそうだね」
新しいプレートに、山ほどフルーツを盛っている彼を見て、苦笑しながら友雅はつぶやいた。


「さすが、旬のものが揃ってるよなー」
鮮やかな色のマンゴーやパパイヤを、品定めしながら森村は思った。
次に来られるのはいつになるか分からないから、滅多に食べられないものはチョイスしなくては。
そんな森村の横で、看護師と思われる女性が二人、トレイを手にメニューを見繕っていた。
あまり見覚えのない顔なので、別の科の看護師だろう。
やはり女性だからか、メインメニューよりもフルーツやデザートの前で、じっくり時間を掛けて選んでいる。
…それにしても。
やっぱり彼の言うとおり、随分と女性スタッフはパンツスタイルが増えたな、と彼女たちを見て思った。
この二人だけじゃなく、店内を見渡してみると他にも女性の姿はちらほらといるが、全員スカートを履いている者はいない。
未だに世間一般の女性看護師のイメージは、白衣のワンピースが強いだろうから、確かに味気ないと思う人も多いんだろう。

フルーツをどっさり持って帰って来た森村は、席に着いてフォークを手に取った。
「誰か、気になる子でもいたのかい?」
「…は!?」
かじりつこうとしたチキンを、思わず落としそうになった。
どうしてまた、そんなことを言い出したのか。
覚えがあることは、何一つないのだが。
「さっき向こうで、看護師の子たちをしげしげと眺めていたからね。もしかして、好きな子でもいるのかな…と思ったのだけど、違うかい?」
「ち、違いますよ!」
とんでもない誤解だ。まったく面識のない相手だし、ひとめぼれで恋に落ちるような直感があれば良かったが、生憎感じられなかったし。
「ただ、その…制服がですね」
「制服?彼女たちの?」
「はあ。最近ワンピース着ている人って、殆どいないなあと思って」
「ああ…そういえばそうだね。スラックスの方が、何かと機能的なんだろう」
重労働で動き回るのには、ひらひらしたスカートよりもパンツの方が楽。
その他にも女性看護師限定で、ちょっとした問題もある。
「女性にスカートを強制したりすると、セクハラとかパワハラとか言われるご時世だしね」
お茶汲みとか服装とか、男の視点での言葉は非難されかねない。
だから現在この病院では、女性看護師に限り制服を2パターン支給し、時と場合によって着替えられるようになっている。

「でも…そういやあかねって、いつもワンピースじゃないっすか?」
友雅を見ていたら、当然のように彼女のことを思い出した。
この病院に来てから、毎日どこかで顔を会わせているけれど、彼女がパンツスタイルだった印象が殆どない。
持っていないはずはないし、仕事だってそれなりに慌ただしい時もあるだろうが、どう思い出そうとしてもスカートの彼女しか浮かばない。
「理由あるんですかねえ。先生の趣味とか?」
「はは、まさか。それはないよ。スカート姿は可愛いけれどもね」
いちいち一言挟まないと気が済まないのか、この人は。
どこまで色ボケしているんだか…と、腹の中では呆れ気味に彼を見る。

「あかねがワンピースを着ているのは、患者にとって"優しいお姉さん"のイメージを与えたいから、だと思うよ」
「優しいお姉さんですかぁ?」
整外に来る患者の年齢は、意外に子どもや高齢者が多い。
若い者より精神面が繊細である彼らには、普段以上に優しさを感じさせて落ち着かせてやりたい。
女性の印象が引き立つスカートの方が、柔らかい雰囲気を与えられるのでは。
そうやって患者との目線を同じようにして、親しみやすい看護師として見てもらえたら良い。
「そういうことを、前に言っていたよ」
「あいつって、そんなことまで考えてたんスか」
昔から結構ほわ〜んとして、どこか危なっかしい天然タイプだったけれど、仕事になるときっちりやりこなす。
若いのにプロ意識があるというのは、あちこちから聞こえて来ていたが、なるほどこういうのを目の当たりにすると、長い付き合いながら感心するばかりだ。

「ま、それでも大仕事の時はスラックスに着替えるらしいよ。それはそれで、新鮮で可愛いものだよ」
「はー…そぉですかぁ」

…あかねのやつ、おぼえてろ。
友雅と一緒に昼食を摂るというのは、やはり彼のノロケを聞かされるというのも込みなのか。
だとしたら、そのオプションだけは遠慮したかった。



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Megumi,Ka

suga