Please! Jealousy

 第七話(6)---------
「甘えても良いのなら、子どもっぽいと言われても構わないけどね」
「きゃっ!またそんなことばっかり言うー!」
後ろから手を回されて、ぎゅっと身体が抱きしめられる。
人目が少ないからといって、肩に顎を載せて頬ずりしてきたりして。
これじゃホントに、尻尾振って甘えてくる子犬みたいじゃない。
……って、そんな風に思ったら、かわいくて仕方なくなってきちゃったんですが。
「踊り場に行けば誰も来ないから、少しだけ甘えさせてくれるかい?」
こちらの返事も聞かぬまま、彼は手を引いてあかねをそちらへと連れて行く。


真っ白な階段の踊り場は、少し天井が傾斜して午前中は薄暗い。
特に今日は雨だから、日差しも僅かで明るいとはお世辞にも言えなかった。
さて、そんな場所に連れて来た彼はといえば……。
甘えさせてくれ、とか言ったって、何をするかといえば、彼に抱きしめられるだけのことだ。
たまに軽くキスをされたりするけれど、まあそんな感じ。
これが、彼にとっては甘える行動らしい。

「普通に話しているように見えたけれど、本当は意識していたのかい?」
腕の中に閉じ込められたまま、彼がそんなことを尋ねて来た。
しらっと会話をしているように見えても、内心は穏やかじゃなかったのだろうか。
「そりゃ、少しは意識してますよ。だってあんな綺麗な人が元カノなんて…どう見たって私の負けが確定じゃないですかっ」
あれほどの美女を相手にしていたなら、女性を見る目も肥えているんじゃないか。
そのあとが自分では、物足りないとか…それこそ子どもっぽいとか、彼の方が自分に思うんじゃないかと。
「よく誤摩化してくれたねえ。全然気付かなかったよ、役者みたいだ」
「だって、私は何年も友雅さんとの関係を、みんなに隠し続けたキャリアがありますから!」
「なるほど。経験がものを言う、ということだね」
そんな会話をしていたら、二人とも笑い声が出て来た。

今はこうして密着した姿を見せたとしても、院内の誰もが承知の関係だが、しばらくはそうは行かなかった。
新人の看護師が、まさか勤務先のドクターと恋人関係だなんて。
しかも、既に何年も仲が続いていたなんて、そんなことに知られたら大パニックになっていただろう。
「いろいろ大変だったんですからね」
とにかく話題に上りやすい彼だけど、ポロッと何か言いそうだから、わざと友雅の話題にはスルーを心がけて。
その時だって、周りが友雅にきゃあきゃあ言っているを見ると、複雑な気持ちになっていたのだ。
「でも、ごまかしきりましたからね、何とか」
「そうだね。おかげで、随分とプロポーズの返事待たされたしねえ」
おかげで、半ば強引に動くはめになったけれど。
それでも諦めきれなかったのは、こちらも同じだ。
「一番の天使様を、逃すわけにいかないだろう。そのためには、手段を選んでなんかいられないよ」
はあ…とためいきをこぼすと、彼はまた身体を寄せてくる。
傍目から見たら、ヤバい光景にも思われそうなほど、ぴったりとお互いの身体は組しだかれて。

ちゅっ、柔らかい唇が頬に当たる。
目を伏せて肩に持たれる彼の横顔は、満足げな微笑。
「……うん?」
頭の上に、何かが乗っていることに彼は気付いた。
その何かは静かに、ゆっくりと自分の頭の上を上下していく。
というか、これは所謂…撫でられている、という状況だろうか。
「なでなで」
ニコニコしながら、犯人は小さな手のひらを使って、優しく髪をなで回している。
「頭を撫でられるなんて、子どもの時以来だ」
「ふふふ〜、子どもっぽいって言われて良いなら、子ども扱いしちゃいますよ」
嬉しそうに無邪気に笑い、あかねの手は髪の上を踊るように動く。
子どもの頃なんて覚えていないけれど、こうして感じるとなかなか新鮮なシチュエーションでもある。
「でも、これじゃますます甘えたくなるな。」
包み込まれたくなる。その細い腕で。
抱きしめるのではなくて、抱きしめられたくなる。
暖かな、天使の胸の中で。

「ちゃんとお仕事をしてからですよ」
撫でられていた手が、今度はつんつん、と頭を突いた。
「一日のお仕事をきちんと終えて、続きは家に帰ってからにしましょーねー」
「はいはい。ちゃんと天使様の言いつけは守ります」
ふっと解かれた腕の力と、離れた身体の間に外気が入り込んで来る。
ぬくもりが消えて少し物足りなさを感じるけれど、小休止はこれでおしまい。
続きは、二人だけのお城に戻ってから。
「甘えさせてもらうためにも、一日仕事を頑張るよ」
とはいえ、まだ時計の針はてっぺんに来ていない。
終業時間を逆算して考えたら、気が遠くなりそうに長く感じる。


「……あはは…何か可愛い」
「可愛い?」
「だって、ホントに子どもじゃないですか。ご褒美が欲しいから頑張ります、みたいな感じで」
廊下を歩きながら、あかねが笑ってそう話した。
ああ確かにそう言われてみれば、そんな気もして来た。
でも、大人でも子どもでも、ご褒美が欲しいのは変わらない。
それがとびきりのものであるなら、目の前に差し出された面倒事だって、追い越して手に入れようとしたくなる。
「じゃ、帰ったら可愛がってもらうよ」
「ふふっ…良いですよ。またなでなでしてあげます」

それは、一番だから出来ることでしょ?
すっとあかねが、手を伸ばしてくる。
指先が絡み合って、ぎゅっとひとつの握りこぶしになろうとするみたい。
手を繋いで歩く。
不思議と、心も足取りも軽やかになる。
互いの想いを交換しあって-------------さあ、今日も充電完了。




「………強者だな」
二人が階段を下りて行ったあと、物置の裏に隠れていた数人から、ぽつりとそんな言葉が吐き出された。
「あの橘先生を、だぜ。"可愛い"だってさ」
「しかも、頭をこう…なでなでだぜ…」
男子研修医、インターン、ナース二人に薬剤師一人。
もちろん研修医というのは、説明するまでもないが森村である。
たまたま近くを通りかかった薬剤師が、あかね達の姿を見つけて声をかけたら、いつのまにかこんなに集まっていた。
そして、赤面もののラブシーンを、こっそり観察していたのだが……。

「絶対に、尻に敷かれてるよな、元宮さんに」
友雅が何事にもあかね次第なのは既に承知だが、こうして色々な面を目の当たりにしてみると、彼女の偉大さと存在の強さに圧倒されてしまう。
いつもニコニコしていて、明るくて、患者にはとことん優しくて親切。
患者のために頑張る白衣の天使の実体は…名医を自由に操れるという強者。
「まあ、いいんじゃね?先生がぼーっとしてたら、仕事になんないし」
確かに。全身全霊を掛けて挑む現場だから、ストレスも疲労も困憊になりがちだが、それではいけない。
そのためには、メンタル面の癒しが必要。
病は気から…と昔からの言葉もあることだし。

しかし、だからといって、
「ああしょっちゅうイチャイチャされてたら、俺らフリーにはストレスが溜まるんですけどっ!!」
思わず拳を握って叫んだ森村に、皆はうんうんと首と縦に振った。






-----THE END-----




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2011.10.23

Megumi,Ka

suga