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「私…いつでも友雅さんのこと、考えてる…よ?」
上司として接している時だって、心のどこかで夫としての彼を常に考えている。
表立って想いを表さないようにしているけど、恋した気持ちは胸に抱いたままだ。
こうして詩紋と二人、ランチを取っている今でも…忘れたりなんかしない。
無関心だなんて、そんなことないのに。
「うん、分かってる。あかねちゃんが先生のこと考えてるのは、ちゃんと分かるよ。でもね……」
………でも?
「先生はもっともっと、自分のこと考えてて欲しいんだよ」
詩紋はそう言うが、だんだんあかねは頭がこんがらがってきた。
もっと友雅のことを考える?どんなことを?
上司として?それとも夫として?
「どんなことでも良いんだよ。うん、たとえば…ね、ちょっと我がままなことでも良いんだよ」
「我がままなこと?それって…よく分からないんだけど」
「ん…とね、例えばその…嫉妬とか焼きもちとかもアリなんじゃないかなあって」
白い壁に反射して、日差しが明るくエントランスを照らす。
ガラスの向こうに見えているのは、明るい緑色の芝生。
「あのー…詩紋くん…」
何とも言えない、奇妙な空気が漂う。
生ぬるいようでいて、ほわほわと地に足がついていないような。
おまけにその浮遊感の中に、脳が揺れているみたいな…おかしな感じだ。
「好きな人からやきもちやかれるって、結構嬉しいもんなんだって」
「それって…」
ぽかんとするあかねに、にっこりと詩紋は笑いかけている。
「そりゃ、行き過ぎなのは困っちゃうけど、ちょっとくらいならね、自分を意識してくれているんだなあって、そう感じるんだって」
でも、逆に物わかりよく納得されて、さらりとスルーされてしまうと…。
「ちょっと寂しくなっちゃうんだって。自分って、その程度にしか思われてないのかな〜って」
「……………」
詩紋は、名前を言わない。
誰がそんなことを言ったのかを、自ら打ち明けようとはしてない。
けれど、あかねは直感で理解した。
それらが、誰の言葉であったのかを。
「最近、先生の様子おかしくない?」
「おかしい……って、どんな風に…?」
「うーん、例えば、どこか気が抜けてぼうっとしているとか。ため息をよくついているとか、ない?」
そういえば、ぼうっとしているように見えて、こちらを眺めていることが多くなった気がする。
視線に気付いて顔を上げると、きまって視線がぶつかって、何か用事があるのかと尋ねてみても、別にないと答える。
かと思えば、無性に自分を抱きしめたがる。
時には、まるで甘えるみたいに腕を絡ませて来たりして。
元からそういうスキンシップを好む人だったが、確かに最近はちょっと頻繁な気がしないでもないか。
「一生懸命、先生なりにアピールしてるのかもしれないよ。"こっち向いて"って」
こっちを向いて、立ち止まって自分を見て。
そして、自分のことを考えて。
ふくれっつらでも良いから、自分のことを見て。
「----------なーんてね、そんなこと考えてるんじゃないかなあって」
二人の背後を、昼食を終えた研修生が通り過ぎて行く。
時計の文字盤を見ると、昼休み時間も残り少ない。
「それじゃ、僕は先に行くね」
「うん、ありがとう。気をつけてね」
ランチのゴミを片付けて、詩紋は一足早くエントランスを出て行った。
一人取り残されたあかねは、まだ静けさの残るその場にぼうっと立ち尽くす。
そして、ひとつ大きなためいきをついた。
「……しょうがないんだから、もう……っ」
困ったようにうなだれて、でも何だか胸が熱い。
考えてもみなかったことだけど、解決の方法は意外と簡単なこと。
本音が伝えられれば、それで良い。
せっかく整えた気持ちだったけれど……彼が望むのなら、仕方ない。
+++++
一日の仕事が終わる時間がやって来た。
今日はあかねが帰り支度をする頃に、入れ違いで当直の友雅が出勤してくる。
「あ、先生、おはようございますー」
まだ私服の友雅が、ナースステーションに姿を現した。
医局に行くよりも先に、彼がここにやって来る理由は誰もが承知。
看護師の一人が、着替えを終えたあかねを連れて戻って来た。
「今日もご苦労様。もう、帰る用意をしていたのかい」
「ええ…買い物してから帰ろうと思いまして」
まだ敬語を使うあかねを気遣うように、看護師たちは彼女の背中をステーションの外へ押し出す。
"後片付けは良いから、早く帰りなさいよ”と、耳元で言う声。
看護服を脱いで私服になれば、もうOFFスイッチに切り替えても良い。
彼はまだ白衣に着替えていないし、少しの間は私生活に戻っても構わないはずだ。
「おつかれさまー!」
半ば強制的に追い出され、二人は廊下に場所を移す。
「何か、変わったことはなかったかい?」
「別に今日は何もないです。患者さんもお元気ですし、大きな急患もありませんでしたよ」
「そうか。なら良かった」
ナースステーションから医局までは、それほど長い道のりではない。
けれど、一緒に歩く時間が出来るだけ長く欲しくて、わざと歩幅を狭くしてみたりする。
「あのー…」
「ん?」
今、切り出そうか…例の事。
どうしようか。でも、彼はこれから仕事だし、ドタバタするのは申し訳ないか。
いや、だけど仕事が始まるからこそ、敢えて早く問題を解決した方が良いかもしれないし。
「どうかしたかい?」
「え?あ、えっと…ご、ご飯ちゃんと食べましたっ!?」
……何を言ってんだろう!
いきなり口から飛び出したのは、聞いても仕方ない他愛も無いこと。
言いたかったのは、もっと大切なことなのに。
それを言おうとしていたはずなのに、飲み込んでしまって出て来ない。
「天使様にお咎めされないよう、しっかりと頂いてきたよ」
「そ、そうですか、良かった!当直は体力勝負ですからねっ!栄養はちゃんとつけないと!」
はあ…まったく何やってんだか、自己嫌悪。
これじゃまた、仕切り直さなきゃいけないじゃないか。
そうしているうちに、医局はすぐ目の前に迫っていた。
ここから、彼は仕事場へ。
あかねは突き当たりの階段から、駐車場へと下りて行く。
「じゃ、帰り道気をつけるんだよ。戸締まりも忘れないようにね」
「はい…。あ、そうだ!夜に差し入れに来ます!」
「差し入れ?それならちゃんと持って来たけれど」
当直がある時は、必ずあかねが夜食を用意しておいてくれる。
今朝も作りおきしてあったので、忘れず持って来ているのだが。
「コ、コーヒー入れて来ます!暖かいの。夜は冷えない方が良いし!」
「それは有り難いけれど…。じゃあ、来る前に連絡しておくれ、迎えに出るから」
「分かりました!それじゃおつかれさまでしたっ!」
手のひらをはばたかせて、あかねは階段を下りて行く。
その姿が視野から外れるのを見届けてから、友雅は医局へと向かって歩き出した。
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