|
「ねえ、友雅さんにとって、私は…一番?」
抱きしめてもらいながら、胸の鼓動に耳を当てて、あかねは問い掛ける。
「もちろん」
「誰よりも一番?」
「逆に聞きたいね。あかねの他に、誰がいるんだい?」
多くの女性が、彼に寄り添っていただろう。
男女関係に発展せずとも、まんざらではない雰囲気で存在した人も、きっといる。
それを数えたらきりがないけれど、思い付くだけの彼の中の"女性"の記憶の中で、自分は一番になりたい。
「一番にして?一番じゃないとイヤ。二番も三番でもだめ。私を、友雅さんの一番にして?」
負けず嫌いとまではいかないが、手に入れたいものがあれば、なかなか諦められない性格。
看護師になるという幼い頃からの夢も、どうしても諦めたくなかったら、必死で頑張ってつかみ取った。
そのおかげで、遊ぶ時間も随分削られたけれど、悔やんだりはしていない。
一番にはこだわらない。結果を残したい。
けど、今回だけは譲歩は出来ない。
「一番の女性にして?」
彼にとっての地位に関しては、一番以外欲しくない。
白衣がひらりとなびいて、それごとあかねの上に重なる。
再び横たわったのは、ベッドの上。
彼と、一緒に。
「まだ自分が一番じゃないと思っているんだったら、ちゃんと分からせなきゃいけないのだけどね」
残念ながら、背後には仕事が待ち構えている。
それに、ここはあくまでも職場に違いないから、ボーダーラインを超えたら天使の平手打ちが飛んで来る。
「そのかわり、一番のキスをしようか」
あかねの頬を両手で押さえ、友雅はゆっくりと顔を近付ける。
柔らかい唇が、また重なり合う。
何回も何回も繰り返したキス……だけど、今回はちょっとだけ味わいが違って。
軽々しくない。
とても濃厚で……でも、激しくない。
でも、強引じゃない。
優しいけれど、すべてを包み込んでしまうような、甘いキス。
チョコがとろけ落ちる寸前みたいな、どきどきする気持ちまで。
「分かった?」
目を開けると、彼の指先があかねの唇を悪戯に弾いた。
「他の人に、こんなキスしたら許しませんからっ…」
「キスの相手なんて、あかね以外にいないよ」
「いなくてもっ…、ほら、お酒の席でふざけて、なんて時があっても…だめ!」
可愛いやきもちをあらわにするあかねに、彼の表情がふっと緩んだ。
「あかねをその気にするために、という気持ちのキスだったのに、相手が違っちゃ意味がないだろうに」
キス、抱きしめる、髪を撫でる、口説き台詞を囁く。
すべて彼女を、その気にさせたいがためのこと。
この気持ちを感じさせたいから、いつだってとびきり甘くせまるのに。
「一番の女性にしか、キスはしたくないよ」
強く抱きしめて、彼はもう一度同じキスをした。
階段の踊り場まであかねを見送り、友雅はまずナースステーションへと向かった。
こちらにも安倍からヘルプがあったのか、数人がばたばたしていて慌ただしい。
「あ、橘先生。安倍先生から連絡ありましたか」
「ああ。念のために待機してくれ、ってお願いされたよ。これから行って来る」
若いけれど、その筋では既に実績を持つ安倍である。
患者も、これといった疾患があるわけでもない健康体の女性だし、問題はなさそうだが深夜は人の手が足りないから、とのことだった。
「丁度良いじゃないですか、先生にとっては予行練習になりそうですし」
やけにニヤニヤして、当直の医師が友雅を見る。
つまり、いずれ自分に降り掛かる時のためにも、勉強になるんじゃないか?と言いたいのだろう。
「ふっ…でも、うちの場合は絶対に、女性のドクターに頼むと決めているからね」
例え信頼おける同僚だろうと、自分以外の男にあかねが身体を晒すなんて、とてもとても。
「先生、相変わらずねえ」
産科に向かう友雅の背中を見て、ナースたちが笑いながら話す。
「でも…先生、ちょっと復活した気がしない?」
当直室に向かうときは、どこか心ここにあらずな感じがしていたけれど、その雰囲気はもうないような。
となると、そんな彼の背中を正したのは…。
「あかねからのラブコールでも、あったのかしらねえ」
「まあ、内容はどうあれ、元宮さんから何かアクションがあったんでしょ」
だって、彼の気持ちを左右するのは、常にあかねの存在だから。
------------誰だって、そんなことはお見通しだ。
けど、彼女が当直室までやって来たのは、どうやら気付いていないみたいだ。
階段を下りて裏口へ向かい、駐車場に向かって歩き出す。
「明日は通常出勤だろう。帰ったらすぐに休め。身体が持たん」
急に背後から声がして、ひゃっ!と思わず声を上げてしまった。
おそるおそる振り向いてみると、そこにいたのは…白衣姿の安倍だった。
「び、びっくりした…。こ、こんばんわ安倍先生」
どうも気まずい遭遇だけれど、もうフォローがしようがないし。
何を言われようが、素直に受け止めてさっさと退散しよう、と腹をくくった。
「明日仕事が終わったら、橘に精のつくものでも食わせてやると良い」
「は?」
「深夜勤は体力勝負だ。慣れていようが、疲労は必ずたまる。おまえが作ったものでなければ、栄養にならんだろう橘は」
ぽかんとして、あかねは安倍の顔を見た。
もしや安倍先生も、友雅さんの変化に気付いてた……のかな。
「子どもの取り上げ方などは、教え込んでやる。あとは、おまえが橘に精をつかせることだな」
--------------はい?
「せいぜい励め。だが、職場では控えろ。誰が覗いているか分からん」
「何を言ってるんですかあああああっ!!!!」
軽くパニクっているあかねとは逆に、しらっとした安倍の態度。
そんなことをするために、わざわざ深夜に忍び込んだと思われてるのか!
「絶対にしません!聖なる職場で、そんなこと絶対にしません!」
「しないのか」
「ないですっ!ちゃんと友雅さんには、ダメだって言ってますから!」
「……そうか。何とか阻止しろ」
そして再び、嫌な沈黙。
無表情のクールビューティーな彼は、まったく感情が読めないから困る。
「では、私も仕事に戻る」
「あ……はい、おつかれさまです」
微妙な空気を残したまま、安倍はその場を後にした。
|