Please! Jealousy

 第七話(3)---------
お互いの鼓動は、徐々に同じリズムへと揃い始める。
どちらかを追いかけるように、呼吸と共に相手のリズムを理解しようとするかのように。
それは、まさに恋というものと同じ。
赤の他人である相手に近付き、同調しようと動き出すのと何ら変わりない。
恋をするのは、心だけじゃない。
こうして身体も、恋仕様に変化しているのだと気付かされる。

ベッドサイドの照明を少し落としてから、5分くらい過ぎた頃。
自分を抱きしめながら横たわる彼が、静かな寝息を立て始めた。
腕の力は緩まっているので、ちょっとくらい動いても睡眠の邪魔にはならなそう。
肩が隠れるように、薄手のブランケットをかけ直してやる。

「気持ち良さそうな顔…」
普段は艶かしい表情で迫るのに、眠っている時はそんな仕掛けも感じられない。
この場所がよっぽど心地良いのか、解放しきった顔をして眠っている。
ほんと、全然違うよね…。
仕事をしている時でも、プライベートで二人きりで過ごしている時も、起きている間にこんな顔を見ることは稀。
あかね自身も、一緒に眠っている時は見過ごすことが多いし、滅多にじっくり見られるものじゃない。

…でも、良っか。気持ち良く寝られているなら…ね。
プレッシャーもストレスも、あからさまに表には出さないけれど、きっと半端じゃないはずで。
それだけ、毎日責任感と重圧を背負って生きている。
医療現場に勤める者は、誰だってきっとそうだ。あかねも自分で、そう感じることがある。
しかし、ドクターとなればそれもまた桁が違う。
少しの時間でもゆっくり眠らせてあげられたら…と、いつもそんな風に思っているから、こんな表情を見ると何となく嬉しい。

一緒にいるからこその、特権だ。
いつもそばにいられるから、その権利を持っているから、こんな彼の一面を見ることが出来る。
他人には分からないけれども、自分は…違う。
他人じゃないから。
夫婦だから。
恋人の気分はまだまだ消えないけれど、彼は夫で……私は妻。
そうならないと、見えないものがたくさんあるから、こうして寝顔を眺めたりしている。

ふと、思い付いてあかねは手を伸ばした。
あの人が言った、一言が急に浮かんで来て。
そんなこと出来るわけがない、とあの時は思ったのだけれど、今なら出来るかも?
緩やかな波を兼ね備えた長い髪を、普段は束ねているが寝る時は解いて自由にしてやる。
ふわりと柔らかそうなその髪に、手をかざして…………そっと、そっと触れるような手つきで、彼の頭を撫でてみた。
「ふふっ…」
なでなでなんて、誰も友雅さんに出来っこないよねえ。
彼には何度もやられていることだけど、今はこっそりとお返しのつもりで。

こうすれば元気になるから…とか、彼女は言っていた。
あの時は意味が分からなったけれど、そういうことだったのかと今は分かる。
やきもちやいて欲しかったのかあ…友雅さん。
申し訳ないけれど、吹き出しそうなほどおかしくてたまらない。
だって、本当に子どもみたいで。
あまりに普段の彼からは想像出来ないから、そのギャップがおかしくて。

だけど……胸が熱くなる。
彼の心理状況を左右している、彼にとって影響力がある。
そんなことを言っていたけれど、大袈裟だろうと思っていたのに、現実は。
私の行動と態度で、そんなに気持ちが変わっちゃうの…。
それだけ、私は友雅さんの中に強く刻まれてるってこと、なの…よね?。

ああ、もう…どうしようか。
照れくさくって、気恥ずかしいくて、頬が熱い。
安らかに寝息を立てる彼に、抱きついてキスしたいほどの気持ちが沸き上がってしまって。
「うう…きゅんきゅんする…」
胸の奥がどきどきして、たまらない。
好きで、好きで、どうしようもないくらい…彼のことが好きで。
もう、おかしくなりそう。
やきもちどころじゃない。
めいっぱい、のぼせ上がりたくなってしまうじゃないか。
彼はこんなにも、自分を愛してくれているんだ、って。
過去を全部集めても、敵わないくらいに思ってくれているんだって。
……私が、一番なんだって。


ピピ、ピピピ、ピピ、ピピピ--------------。


着信音とともに、テーブルの上でカタカタと震え出す彼のPHS。
院内での連絡用に提供されているものだから、掛かって来る相手も内容も100%仕事がらみだ。
「ん…呼び出しか…」
「そうみたいですね。はい」
まだ眠気が払いきれていない彼に、あかねはPHSを差し出した。
急患でも入ったのだろうか?それとも、入院患者の容態が急変したとか。
どちらであっても、仮眠室で休んでいる医師を叩き起こすのだから、決して穏やかな結果ではないだろう。
出来ればあと一時間くらい、眠らせてあげたいのだけれど…。

ブランケットをきちんと畳んで、枕と共にベッドの隅に片付ける。
その頃には友雅も話が終わり、PHSを切ってテーブルの上に戻した。
「産科の安倍先生からだ。そろそろ生まれそうな患者がいるから、手を貸してくれないかって」
「そうだったんですか!良かった、怪我とかの患者さんじゃなくて…」
そういえば、随分予定日が遅れている患者がいるから、最近安倍は当直続きだとか聞いた。
けれど、今夜でようやく解放されるということだろう。
傷ついた命が増えるより、生まれ来る新しい命を取り上げる方が、ずっと良い。
「もうしばらく眠りたかったけど、仕方ないね。すぐに仕事へ戻るとするよ」
友雅は立ち上がり、身体を少し延ばしたあとで、また白衣に手を伸ばした。
部屋の明かりを付けると、目に眩しい。
持って来てくれたコーヒーのポットを片付け、仕事再開だ。

「友雅さん」
白衣に袖を通し、書類の入ったファイルを手にした友雅は、あかねの声に反応して振り返った。
すると、ほぼ同時に彼女が腕の中に飛び込んで来て……背伸びしながら、唇を重ねて来た。
唐突の行動に少し慌てつつ、それらすべてを受け止める。
「…積極的な天使様だな。くらっとしてしまうよ」
仕事に戻らないといけないのに、突然そんな迫り方をされたら離せなくなる。
このままずっと抱きしめて、もう一度共に眠りたくなる。



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Megumi,Ka

suga