Please! Jealousy

 第五話(3)---------
次の日、友雅は夜勤の予定だったので、あかねは一人で出勤した。
夏場は何かと慌ただしい。
救急指定の病院だから、突然飛び込んで来る患者もしばしば、
この時期になると熱中症が増えて、運ばれるケースが後を絶たない。
特に高齢者の場合は一刻を争う場合も追いので、手に負えないときは整外の方までヘルプが掛かることもある。
「今日は救急車が多いわねえ。外は37℃ですってよ」
「これじゃまだまだ、増えそうねー…。空いてるベッドがあるか、あとで調べておかないと」
そんな会話が交わされる中、午前から午後へと変わる時期にさしかかっていた。

「こんにちはー」
ナースステーションに、ひょいっと顔を出した金色の髪。
「あ、流山くんだー。どうしたの、あかねに用事?」
「はい。今日、お昼一緒にって約束してたんで…」
普段は永泉担当の漢方を配達に来るだけの彼だが、直接整外に関わることのないのに、ナースたちには既に顔が割れている。
森村やあかねの友達ということもあるし、"可愛いクォーターの男の子が業者にいる!"と、密かに騒がれたりもするのだが、多分詩紋は気付いていないだろう。
「あかねはね、今患者さんのところに行ってるの。もう少し経ったら戻ってくるけど、待ってる?」
「でも、お仕事の邪魔になっちゃうんで…西玄関のカフェで待ってるって伝えてもらっても良いですか?」
「そっか。分かったよ、伝えておくね」
詩紋はナースたちにぺこりと頭を深く下げて、ささっと足早に病棟を去って行く。
ふわふわした綿毛の髪が、歩く度に揺れながら姿が遠ざかるのを、彼女たちは眺めながらつぶやく。
「可愛いねえ流山くん。いい子だし」
大学生は研修として院内あちこちにいるが、彼らと比べると全く違う。
はきはきしているし、物腰も丁寧だし。どことなくあどけなさが残るのが、また憎めない。
ナースたちにとっては、弟にしたいNO.1のアイドル的存在である。


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「というわけで、本は昨日届いているそうです。あと、患者さんが気に入られていたハンドクリームも、時期に入荷するとのことですよ」
「そう、良かった。ホントに元宮さんには、いろいろ助けられてるわー。母も、喜んでいるのよ」
それは何よりだ。
精神的に参ってしまう入院生活で、患者のメンタルケアを心がけるのも看護師の仕事だと思っている。
晴れ晴れとした気持ちになってくれるのが、あかねには一番嬉しいことだ。
「ホントに元宮さんて、気配りが良いわね。家庭でも良い奥さんしているんでしょうね」
「え?それは…別に、ふ、普通ですよ!」
あかねはそう答えるけれども、彼にとっては十分な良妻だろう。
目に見える行動だけではなくて、存在としての意味も兼ねて。

「ところで元宮さん、彼と何か喧嘩でもしたの?」
「は?別に全然そういうことはないですけど…」
思ってもみなかったことを尋ねられ、あかねはびっくりして目を見開いた。
他人から見て、そんな風に見えたことがあったんだろうか。
喧嘩なんてよほどのことがなければ、したこともないし、出来るような相手でもないのに。
「そう?何だかねえ、彼が妙に心あらずで気抜けしてるように思えたから…」
「え、そうなんですか?何もないんですけど…」
「だって、彼が何かしら妙な時って、大体あなたが原因でしょう?」
ああ、悪い意味で言っているんじゃないのよ、と彼女は慌ててフォローを入れた。
「あなたが、彼の心理状況を左右しているってこと。それだけ、彼にとって影響力があるっていう、そういうことよ」
「そ、そんな大層なことは…」
とんでもない過大評価をされたみたいで、あかねは慌てながら両手を振り回した。
影響力だなんて、そんなものあるわけがない。
公私に渡って彼の方が、力を持っていることは歴然なのだ。
同じ仕事場で働く者としても、共に生きて行くパートナーとしても、彼に自分が敵うものなんてない。
…と、あかねは信じて疑わないのだが。

すると彼女は、とんでもないことを言い出した。
「試しに彼の頭を、ちょっとなでなでしてあげてごらんなさい」
「は、はあああ!?」
日本語が微妙な彼女の母は、あかねのリアクションにきょとんとしている。
言った本人は、くすくすと小さな笑い声を立てている。
「いいこいいこって、やってみると良いわよ。面白い反応があるかもね」
「そ、そ、そんな出来るわけないじゃないですか!」
いや…一応夫婦となった今、何事にも遠慮するような仲ではないけれど。
でもだからって、彼の頭を撫でるなんて…考えられない。
逆なら、普通にあることだけど、これだけは何だか違う!気がする。
「だから、よ。やってみて。きっと彼、元気になるわよ」
そんな、子どもをあやすようなことで友雅が、立ち直るって信じられないけど。



病室を出て、ナースステーションに戻ると、詩紋が伝言を残して行ったと同僚が伝えてくれた。
ああ、もう昼過ぎている。今日は彼とランチの約束だったのだ。
今夜友雅は夜勤だから家にいるし、ひとりで昼食になりそうだったので、メールで誘ってくれたのは丁度良かった。
ノベルティのミニトートに、財布とポーチだけを入れて待ち合わせの場所へ。
玄関に併設されているカフェは、人通りの多い場所でもあるため混雑している。
「あ、あかねちゃん!」
入口近くの席にいた詩紋が、彼女の姿を見付けて手を振った。
「ごめんねー、患者さんと少し話してて遅くなっちゃったの」
「ううん、大丈夫。僕は特に急ぐ用事ないし」
話している間にも、どんどん客は増えて行く。
埋まって行く席。外まで並ぶ客の列は途絶えない。
「テイクアウトして、場所移動しよっか」
ぱっと見、午後の往診を待つ患者らしき姿も多いし、職員の自分たちが席を占拠するのは心苦しい。
二人は奥の空いていたレジに並び、適当なものを選んで店の外へ出た。


天気は良いが、外の気温は酷暑。
緑多い空中庭園は見た目気持ち良さそうだが、外に出たら溶けてしまうだろう。
仕方がないので、研究棟にあるエントランスロビーに来た。
ここ研究専門の職員しか行き来しないので、昼の時間はさっと人気がなくなる。
皆、研究室からの気分転換を兼ねて、食事に出掛けてしまうのだ。
「お仕事忙しかったんだね」
「担当の患者さんのところに、ちょっと用事があって行ってたんだけど…少し話し込んじゃって」
冷たいカフェオレをまずすすり、チキンサラダのサンドをかじる。
今日はお昼持参なし。少し寝坊してしまったので、彼の昼食を用意するだけでギリギリだったから。
「担当の患者さんて、もしかして…先生の…?」
「うん。正確に言えば、元カノさんのお義母さんが患者さんなんだけどね」
三日後に手術を控えているが、特に体調に問題はなく元気で良好。
施術してもらえば、すぐに良くなりそうな現状だ。
「お義母さんて、日本語しゃべれるんだ」
「え?ううん、あまり分からないみたい。でも、元カノさんが通訳してくれるから大丈夫だよ」
さらっと、何でもないようにあかねは話す。
こんなことしたら喜んでくれた、とか。こういうところを誉めてくれた、とか。
相手は夫の元カノなのに、ためらいもなく…何一つ後ろめたさも感じさせず。

「ねえ、あかねちゃん…は、先生と元カノさんとのこと、どう思ってるの?」
サンドイッチの二口目をかじろうと、口を開けたその時。
詩紋から投げかけられた言葉で、あかねは身動きが止まった。



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Megumi,Ka

suga