Please! Jealousy

 第四話(3)---------
待ち合わせ場所は、東病棟にあるオープンカフェだった。
少し時間に遅れてしまったが、メールで伝えておいた通りに、予め詩紋がメニューを頼んでおいてくれたので、行列が出来ているレジに並ばずに済んだ。
「すまねー。ちょっとステーションで、ゴタゴタやっててさ」
「ステーションで?もしかして、またあかねちゃんたちのことで、何かあったの?」
また、という単語がぴったり当てはまる。
ナースステーションがごたついていると言えば、まずそんな風に発想してしまうのが普通の現状。
「んー…それが、あったような、なかったよーなでさあ」
ウエイターが、ドリンクを運んで来た。
ホイップクリームが乗ったアイスココアと、細かい泡が溢れるコーラ。
腹ごしらえをする前に、まずは乾いた喉を潤して水分補給。
ガラス窓の外、はぎらぎらと太陽が芝生を鮮やかな緑に輝かせていた。


「えー?何で先生が、そんな風なんだろ?」
「そこが分かんねーんだよなあ。ケンカしてもいないようだしさ」
唐揚げをかじりつきながら、森村は詩紋に事の詳細を説明した。
暑さは厳しいとはいえ、食欲は意外と落ちない。食べられる時に食べておかねば、この過酷な労働には耐えきれない。
「しかしさ、あかねもあかねだよな。あんなにあっさり割り切れるもんかねえ?」
あっという間に、唐揚げを3つほどたいらげた森村は、続いてチーズバーガーを食らいつく。
詩紋はちまちまと、野菜いっぱいのピラフをスプーンですくい、口に運ぶ。
「オレなら、ちょっとは気になるけどもなあ」
「そーですよね。だって天真先輩、大学時代に……」
「…おまえな、他人の悲しい過去は忘れろ!」
ふわっとした詩紋の頭を掴んで、森村はぐりぐりとかき回す。
公私ともに親しい付き合いをしていると、都合の悪いことまで知られて困る。
「でもさ、お前だってちょっと気になったりしねえ?元カノとか元カレとかさあ」
「うーん…僕はよくわかんないけど…」
「存在はいいとしてもさ、目の前にそいつがやって来たとしたらさ、気にするだろさすがに」
「………」
「一緒にいて面白くないとかさ、腹んなかでは思うだろ?」
「………」
「詩紋、おい、反応くらいしろよ」
「………」
何故かぱたり、と詩紋からの応答が止まった。
そのかわり、テーブルの下で詩紋がぐいぐいと森村の足を突き回している。

「今日は友達同士でお昼かい?」
「!!!」
はっとして振り返ると、そこに立っていたのは…。
「せ、先生、今日はお昼…一人なんスかっ!?」
「生憎ね。持参してはいるのに、一人で食べるなんて味気ないね」
彼の手には、レジで注文してきたアイスコーヒーのグラスと、藍色のバンダナで包まれたランチボックス。
もちろんその中身は、あかね特製の愛妻弁当。
その弁当を作った本人は、退職した先輩ナースが突然尋ねて来たとかで、みんなで食べることになったそうだ。
「ところで、ここで食べても構わないかい?」
「ええっ!?」
ほぼ同時に二人揃って、友雅の言葉に過剰反応した。
「邪魔じゃなければ、だけれど」
「い、いやそんなことはないです!邪魔だなんてそんなことは!」
邪魔とは言わない。ただ、気まずいだけだ。
ついさっきまで詩紋と話していたのは、何せ友雅本人についてのことなのだから。
しかし、さすがに張本人が同席されては、もうその話題はお蔵入りするしかないので、ここで終了。
だが、空いていた席に腰掛けた友雅が、突然妙な事を言い出した。
「いや…実は君らに聞きたいことがあったので、丁度良いと思ってね」
「は?お、オレらに…ですか?」
「ああ。確か森村くんと流山くんは、あかねと昔から親しいのだよね?」
……嫌な予感がする。
これは、お蔵入りにしようと思った話題が、そうは行かなくなりそうな気配がぷんぷんと。

「二人はあかねとは、どれくらい長い付き合いなんだい?」
「えっと、僕は…母があかねちゃんのお母さんと仲が良かったんで…」
「そ、そうですねっ。オレは家が近所だったのと、うちにあかねと同級生の妹がいるんで、それでその、よく家を行き来したりとかですねっ…」
「そうか…。羨ましいねえ、二人ともそんなに小さい頃から、あかねと付き合いがあったなんて」
…このドクター、一体何を聞き出そうとしているんだろう。
どんな内容が投げかけられようが、心構えだけはしておくべきか…と、二人は身体をこわばらせた。

「じゃあ、そんな君らから見て、あかねは私をどう思っていると思う?」
「は?」
カラカラと、氷の入ったグラスを揺らす長い指先。
「…あかねは、本当に私を愛してくれているのかねえ…?」

ガタガタ、ガッシャン!
二つの椅子が、同時にひっくり返った。腰掛けていた彼らと一緒に。
「大丈夫かい?脚の造りが傷んでいたのかな」
「い、いえっ!ちょっと足を引っかけちゃって!」
よたよたしながら、這いつくばるように森村たちは立ち上がる。
幸いドリンクのグラスは転がらなかったが、カトラリーはそこらあたりに散らばってしまった。
「…で、どう思う?君らから見て、あかねの私への態度は、どうだい?」
「ど、どうって言われましてもっ!」
「あ、あかねちゃんは橘先生のこと、すっごく好きだと思いますよっ!」
何を言い出すかと思ったら!
そんなこと、分かりきっているじゃないか。自分で思う存分確認しているくせに、何故それを他人に尋ねる!
「じゃあ、好きでいてくれるとして。昔の恋人が目の前に現れて、いろいろと接しているをの見ても、全然平気なのかね?」

………?
二人は改めて椅子に腰掛けたあと、互いに顔を見合わせた。
「焼きもちとか嫉妬とか、そういうものは…感じてくれないのかねえ」
…ちょっとまて。
もしかしてこの状況から察するところ、友雅の最近の凹み具合の原因というのは…つまりあかねが嫉妬してくれないという、これまた嫉妬というか不満から?
「過度に反応されるのも困るんだけれども、さらっとしていられるとねえ…、複雑なものだよ」
ってか、アンタが嫉妬深過ぎるんだろうが、と森村たちは言いたかった。
こないだの皇子の一件だって、あかねを巡って病院全体での大騒ぎになるわ。
あかねを気に入っていた患者が何かをプレゼントすれば、即それ以上のものを手配してくる負けず嫌い。
普段はそうでもないくせに、あかねのことになったら性格が豹変してしまうのだ、彼は。
「誤解されるような事実はないし、あかねも信じていると言ってくれている。それなのに…ねえ。恋とは難しいものだよ」
「…はあ」
ホントに、はあ、という答えくらいしか出て来なかった。
「もし立場が逆で、あかねの前に昔の男がやって来て会話していたら…私は面白くはないんだけれどね」
彼女は一度も恋人を持ったことがないので、それは100%仮の話であるが。

「普通の男は、そういうことを気にしないものかね?」
「そ、そうでもないですよ!て、天真先輩だって昔っ…」
「ああああ!待て、それ以上言うな!」
慌てて詩紋の口を、森村が後ろから両手で塞いだ。
が、友雅には情報を知られてしまったようで、じいっとこちらを見たあと、少し身を乗り出して来た。
「参考に、聞かせてもらいたいね。森村くんは、意外と経験豊富のようだ」
アンタに言われる筋合いはないが!と、言い返したかったが出来ないツライ立場。
「ドリンクのおかわりをおごろう。その話、ちょっと聞かせてもらいたいね」
何で過去の恋愛失敗談を、彼に話さねばならないのか…。
ためいきをついたのは、森村の方だった。



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Megumi,Ka

suga