Please! Jealousy

 第四話(2)---------
「では、予定通りに明後日の午後、手術ということで宜しいですね」
「そうね。お願いね」
毎朝の回診ではじき出される結果は、常に友雅の予測と大差ない状態だった。
元から最小限の日数で予定を組んでいたので、これならば十分に短期間での治療が可能だろう。
ホッと一安心…ということか。
彼女たちが帰国してくれれば、ここから出て行ってくれたなら、ニュートラルな時間が戻って来るはず。
このモヤモヤした毎日が、早く消え去る日が待ち通しい。

「あ、そういえば」
用件が終わったので、病室から出て行こうとしたが、突然あかねがそう言って患者の方へと歩み寄った。
「この間、お尋ねになっていた雑誌なんですけれども、院内のいくつかの売店に問い合わせてみたんですが、お取り寄せ出来るそうですよ」
「あら、本当?それは助かるわ。売っている本屋は知っているのだけれど、出掛けるわけには行かないから困ってたの」
いつのまに、そんな話をしていたのだろうか、この二人。
あかねは担当看護師だから、ちょっとした相談をしても当然ではあるが、それにしては妙に和気あいあいな雰囲気だ。
「チェーン店で取り扱っているみたいなんで、そちらから移送して下さるそうです。あと、経済専門誌も取り寄せ可能だそうです」
「まあ、そうなの!これなら義母から離れずに、いつも通りの生活が出来るわ」
嬉しそうに答える彼女とあかねの間に、友雅はさりげなく割り込む。
「私の知らないところで、随分と彼女は君の役に立ってくれているようだねえ」
「ええ、ホントに!元宮さんのおかげで、入院期間も快適に過ごせそうよ」
「患者さんも付き添いの方も含めて、出来るだけ院内での生活を普通に過ごして頂きたいものですから、何でも気になることがあればお聞きくださいね!」

元の恋人と妻が、朗らかに笑いながら会話している。
彼女たちの眼中に自分は入っておらず、男子禁制と言った空気が流れているような気が。
あかねは彼女に対し、猜疑心はまるでない。
そして彼女もあかねや自分に対して、波風を立てるようなこともないようだ。
ならば結構なのに、どこか寂しいというか空しいというか。
明らかに、それはあかねに感じていることなのだが。

「あ、…呼び出しが来てるみたいで、ステーションに戻っても良いですか?」
ナース服のポケットの中で、震えていたPHSを確認したあかねは、友雅に退出の同意を求めた。
回診には必ず付き添うようにと指示しているだけで、それ以外は他の看護師にバトンタッチしても良い。
「ああ、良いよ。仕事に戻りなさい」
「それじゃ、失礼致します!」
患者に、そして付き添いの彼女と、最後に友雅には仕事用として頭を下げて、あかねは一人で病室を出て行く。
残された友雅も、そろそろ医局に戻ろうかと考えた。

「珍しいわねえ…何だか冴えない表情しちゃって。どうかしたの?」
不思議そうな顔で、彼女が友雅を見ている。
「奥様と夫婦喧嘩?」
「そういうのは、私たちにとっては無用の心配だな」
「でしょうね。元宮さんの雰囲気も、全然いつもと変わらないし」
おかしいな、と感じるのは友雅の方だ。
常に視線があかねを追いかけているのは、普段どおりのことではあるけれども、何だろう…どこか心ここにあらずという風で。
まあ、こんな風に彼が不自然さを見せるのには、大概理由の検討はつく。
夫婦仲は問題ないと言ってはいるが、何かしら彼にあかねの存在がとっかかりを作っているのだろう。
「気になることがあるんだったら、直接奥様に尋ねてみたらどう?」
滅多に見ない友雅の変貌が面白くて、ついおせっかいながら口を挟みたくなる。
すると彼は面倒くさそうに、一度こちらを見たがすぐに顔を背けた。
「ご忠告感謝するよ。そんな必要、ないけどね」
背を向け、軽く手をかざしただけで彼は部屋を出て行く。
義母は二人のやりとりに首を傾げているが、彼女は笑顔でそれを流した。


午後になり、日差しが更に厳しくなってきた。
院内は節電対策でエアコンも控えめに設定されているが、弱冷房でも外の熱帯気温から比べたら快適と言える。
「こんにちはー!」
暑さが増しているにも関わらず、爽やかな笑顔と挨拶の声が響く。
書類をまとめていた永泉は手を止め、来客を迎えるために椅子から立ち上がった。
「いらっしゃい詩紋君。暑い中をご苦労様です」
ドアを開けると、蒸し暑さを吹き飛ばすような爽やかな香りが、金色の髪と共に室内に舞い込む。
数種類のミントやレモングラス、パチュリー、ラベンダーにローズマリー…。
多種多様のハーブの香りで、ささやかな爽快感が味わえた。
「しばらく涼んで行かれたらどうですか?丁度お昼になりましたし」
「はい!天真先輩からメールをもらったので、一緒にお昼食べる約束なんです」
長い付き合いの親友同士。
天真にとっては弟のようでもあり、詩紋にとっては兄のような存在でもある。
その間に、もう一人女性の友人が入っても良いのだが…最近はそんな機会もぐっと減った。
何せ天使の彼女には、優先して労わねばならない者がいるからだ。

「永泉さんは、お昼どうするんですか?一緒に行きませんか?」
「そうしたいのですが…生憎私にも会食の約束がありまして、残念ですが」
これから調理師のスタッフと、昼食を交えて会議がある。
せめて食事時間くらいは自由に過ごしたいが、忙しさは途絶えてくれない。
「森村君にもよろしくお伝えくださいね」
「はい、じゃあ失礼します」
ハンカチで汗を拭ったあと、ぺこりと詩紋は頭を下げて部屋を出た。



「何かおかしいと思うのよねえ」
昼休みだというのに、ナースステーションには人が集まっている。
若い男女のナースたちに加え、研修医が数人。その中には、森村の姿もある。
「どうも妙なのよね。森村くん、あかねに何か聞いてない?」
「いや〜、オレも今朝ちょっと突っ込んだんスけどねえ。逆にきっぱり言い放たれちまいまして」
あれだけ断言されたら、もうこちらから口を挟む隙がない。
あかねの方は、それほど強く答えたのだから、納得するしかないのだが、問題はもう一人。
「でも、橘先生の様子を見ていると、何もないようには見えないんだけどねー」
うんうん、と皆が首を立てに振る。

森村は午前中、他の研修医と共に実習見学に立ち会った。
助手として友雅も参加していたのだが、どこか疲れているような、今にもため息をこぼしそうな感じがしていたのだ。
「新婚さん特有の睡眠不足、って感じじゃなかったけどな」
「そんなんだったら、今更気にするか」
疲れ…という感じでもないのだ。弛んでいるような、いわばそんなもの。
集中力が定まっていないとは言っても、実際はそうでもないのだが…とにかくまあ、普通の友雅とは違う。
「悩みでもあるんスかね、先生からの立場で」
「となると、あかねのことしか原因はないでしょうにー…」

まったく何かといえば、噂のネタになる二人だ。
仲が良すぎて、ところかまわずイチャつかれるのは、フリーのシングルスタッフには少々精神面でイタイものがあるが、かといってゴタゴタすればまた、皆が彼らの同行を注視する。
うっかり医療ミスをやらかすドクターではないけれども、出来ればメンタル面も100%を保っていてもらいたいもの。
それらを操ることが出来るのは、たった一人の白衣の天使なのである。



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Megumi,Ka

suga