Please! Jealousy

 第四話(1)---------
「あ、天真くんおはよー」
少しずつ車の増えて来た、裏庭の奥にある従業員用駐車場。
バイクのエンジンを止めて、メットを脱いだとたんに背後から名を呼ばれた。
振り向くと赤いPASSOの中から、あかねが出て来てこちらに向かって来る。
「今日は良いお天気だけど、暑そうだねー」
「おう、そーだな」
ちらっと彼は、駐車場にもう一度視線を延ばした。
ずらりと並んでいる車は、軽自動車からセダン、ワゴン…と様々である。
駐輪場には自転車も数台あるし、その隅っこには森村と同じようにバイクも並んでいる。
この他に、電車やバスを使う者も少なくない。
大勢の病院関係者は、多種多様な交通手段で通勤してくる。
通院患者も、同じではあるが。

ざっと見渡す森村の目に、シルバーのBMWが目に留まった。
外車なんて、今時珍しいものではない。
BMWを乗り回す医師は何人もいるし、ベンツやアウディ、国産のクラウンやセルシオと言った高級車だって停まっている。
けれどもその車だけは、森村にも持ち主が分かっていた。
たまに彼女が、助手席に乗っているのを見かけるからだ。
「先生、もう先に来てんの」
「え?あ、うん、今日はちょっと早めに打ち合わせがあるとかで。一時間くらい先に出かけたの」
勤務先も帰る場所も同じなのに、別々の車で通勤してくる。
ガソリン代が勿体ないと思うけれども、勤務時間がまちまちなので仕方ない。

通用口にある自販機で、森村は缶コーヒーをひとつ買った。
ガラン、と転がり落ちて来たそれを手に、二人は病棟へ続く廊下を歩き出す。
「そういやさあ…」
すれ違う看護師や医師に挨拶をしながら、森村が口を開いた。
「おまえ、そのー…今ついてる患者いるじゃん。先生が担当の」
「あ、アメリカから来てる患者さん?」
「そうそう、その患者……のさあ」
患者本人が問題なのではない。
問題はその義理の娘、つまり息子の嫁である女性のことである。
まさに今、院内で噂となっている渦中の人物。
かなりの美人→実は友雅の元カノと判明→あかねが気付く…というルートまで現在進んでいる。
これはまた、何か一悶着が起きるのでは?とギャラリーがハラハラしている中で、本人たちはといえば…。
「はいはい分かってるよ、天真くんの言いたい事もみんなと同じでしょう?」
呆れた顔であかねは、ため息まじりにつぶやいた。
「そ、友雅さんの元カノさん。ちゃんと本人から聞きました」
「あっ…そーなの…」
最初は半信半疑だったのだが、あかねがそう言うのなら確かだろう。
友雅もこれに関しては気にかけているだろうし、面と向かって尋ねられたら嘘は言わないはずだ。

しかし、それならそれでまた気にかかる。
「おまえ…平気なわけ?先生が元カノと話したりしてるの見て」
「別に?だって元カノさんでしょう?あちらだって、ちゃんと旦那さんいるんだもん、気にすることないじゃない」
「いやいや!そういわれてもさあ!」
前のめりに覗き込む森村の前で、ぴたりとあかねの足が止まった。
「友雅さんが浮気するって、天真くんはそう思ってるの?」
「うっ…い、いやそーいうわけじゃ、ないんだけどさ…」
まっすぐに見据えられた目に、思わず森村はたじろいだ。
友雅の浮気……それに関しては、まず100%あり得ないと思う。
例え相手がどんな気持ちでいようが、あかね以外に目移りするわけがない。
あの友雅が。
それはおそらく、二人のことを知っている者なら誰でも確信するだろう。
だが、そういうことは置いといて、だ。
過去の恋人と仲睦まじく(かどうかは知らないが)接しているのを見て、心穏やかでいられるか?
ちょっとくらい、嫉妬したり不機嫌になったりとか、しないものか?
ここが気になるところなのだ、森村も…そして二人を伺っている周囲の者たちも。

そんな彼に対し、きっぱりとあかねは答えた。
「あのね天真くん。私、友雅さんのことは信じてるの。絶対に、私の気持ち裏切ったりしないって、本気で信じてるの」
迷いも無い、歯切れの良い言葉遣い。
嘘やごまかしなど微塵も感じられない、しっかりとした声。
「友雅さんだって、"誤解されるようなことはない"って、ちゃんと言ってくれてるの。それなのに、私が疑う必要ある?」
「い、いやー…」
「疑うこと自体、友雅さんを信じていないってことでしょう?私、そんなこと絶対にないし」
「う、うん…」
「だから、元カノさんをあれこれ意識する必要ないって、思ってるの。だから、別に全然平気なんだけど」
あかねより森村の方が、ずっと身長は高い。
なのに今は不思議と、彼女の方から見下ろされているような気になっている。
あまりにも堂々とした、意志の強さを感じさせるからだ。

「それとも、みんな私と友雅さんが一悶着あるのを期待してるの?」
「ええっ!?そ、そんなめっそうもないっ!!」
慌てて両手をじたばたさせたせいで、滑り落ちたコーヒーの空き缶が廊下を転がって行く。
「だったら、変な目で見ないで欲しいんだけどなっ。天真くんもみんなに、そう言ってくれない?友雅さんだって、元カノさんだって迷惑でしょ?」
「そ、そうでございますねえ…」
通り過ぎるスタッフたちが、怪訝な顔で二人を見る。
事情を知らない者ならば、森村が咎められているように見えなくもないだろうに。
「とにかくね、あまり騒がしくしないで。元々みんな、私がどう思っているかが気になってるんでしょう?友雅さんとは順風満帆なんだから、そういう心配は一切ご無用!よろしくね!」
「は、はいーっ!」
ナースステーションに向かって、一旦そこで行き先が変わる。
あかねが言い残した言葉を受け、思わず頭を下げている自分に森村は気付いた。

「森村くん、何やってんのぉ?」
出勤したてのインターンが、森村の姿を見付けて声を掛けた。
その森村はと言うと、壁に額を押し宛てて、ぼーっと突っ立っている。
「女っていうのは、元カノとか男の過去とかって、割り切っちゃってるんすかねえー…」
ぼそっとつぶやいたその言葉で、森村が何を言っているのか彼にもすぐ感づいた。
「ああ、元宮さんと橘先生のこと?何か進展あったの?」
「いやー、さっきあかねと話してましてねえ…」
今しがたのやりとりを、ざっと森村は話してみた。
するといつのまにか、後からやってきたナースたちまでもが、数人彼らの周りを取り囲んでいた。
「ふーん…。まあ、そうきっぱりと信じてるって言うなら、間違いないんだろうけど」
「まあ、聞きようによっちゃノロケでもありますしねえ」
絶対に裏切ったりしない、とか。本気で信じてる、とか。
二人の関係が強固でなければ、そんな言葉は出ないだろうし、それだけ互いの想いが強いということだ。

「でも、男の自分に置き換えて考えてみたら、ちょっとばかし意識はしちゃいますがねえ」
そう言ったのは、最初に声を掛けたインターンの青年だった。
「そりゃ彼女のことは信じてますよ?でも、疑うとかってのは別として…全然気にならない、とは言えないかなあ」
「そう!そうですよねええっ!」
突然彼の言葉に、いたく同感した森村が両肩を叩いて来た。
「…森村くんもなんか、身に覚えがあるっぽいね…」
ぎくり、とナースに痛いところを突っ込まれた森村は、違う意味で背中に冷や汗が流れた。



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Megumi,Ka

suga