Please! Jealousy

 第三話(1)---------
「…ということで、治療の工程は申し上げた通りです。診察と検査結果を見ても、長くて半月程でほぼ完治可能かと思います」
「ああ、良かった。アナタがそう言うんだったら、間違いないわね」
友雅の診断の結果に、彼女はホッとした顔で言った。
傍らにいる彼女の義母も、彼女を通して内容を聞かされ、表情に安堵感を表した。

「それほど深刻な症状には、まずならないとは思います。しかし念のために、私の科から数人看護師を担当に付けますので」
そう言うと友雅は、入口に立っていた、三人の看護師をこちらに呼び寄せた。
女性二人に男性一人。
「何かと忙しい者たちですが、全員手が回らないということはありませんので。用がありましたら、お気軽にコールして下さい」
看護師たちは、丁寧に彼女たちに向けて頭を下げる。
その中の一人に、彼女はさりげなく視線を伸ばしていた。
肩にかかるさらさらした髪の、華奢な若い女性看護師。
ぴんと伸びる綺麗な姿勢と、静かな笑みが好印象を与える可愛い感じの女性だ。
「では、そういうことですので…。何か質問はありますか?」
「あ、いえ…大丈夫よ。もう十分義母も安心したと思うし。あとは、アナタを信頼してお任せするわ」
「承知致しました。では、完治されるまで責任を持って、治療させて頂きます」
ぺこり、と友雅たちは揃って頭を下げる。
それに反応して、彼女たちも同じように頭を下げた。

説明と挨拶を終えた看護師たちは、一人ずつ病室を出て行った。
続いて友雅がカルテを閉じ、部屋を出て行こうとした時、背中に声が掛かった。
「ねえ、看護師さんの人選ってアナタがやったの?」
振り返ると彼女は、友雅の反応を伺うような目でこちらを見ている。
「私だけではないよ。教授たちとも話し合った上で、選んだ三人だ」
「へえ…そう。まあ、そうよねえ。アナタの意志だったら、元カノのいるところへ愛妻さんを宛てるなんて、まずやらないわよね」
ああ、もちろんだとも。
自分に決定権があるのなら、あかねにこんな役を命じたりなどするもんか。
だからと言って、上層部から指示があれば、それに反論する理由もないが。
「別に構わないだろう。普通に、患者の担当をするだけのことさ。いつもと変わりない」
「まあ、そうでしょうけど…。でも、奥さんはどう思ってるのかしらね?」
嫌なところを突かれた、と思った。
現在友雅が、一番気に掛けているところを彼女はピンポイントで突いて来る。

ここ数日の間、何度かあかねに探りを入れた。
彼女の存在をどう感じているのか…さりげなく聞き出そうとしているのだが、それらしき反応はまるでない。
こちらがけしかけてるのを気付いているのかいないのか。それさえも分からない。
というより、まったく無関心というか。
そんなこと考える気もない…ような感じにも思える。
このあかねのリアクションを、どう取れば良いのか。友雅の悩みの種だ。
「別に、邪なことは考えていないし。奥さんに誤解されるようなことは、あり得ないけどね」
「当たり前だろうに。あかねがいるのに、わざわざ私が君を気にかけるようなことなんて-----------」

ピンポーン。
病室に響くインターホンの音に、二人の会話が止まった。
友雅の前を横切って、彼女がドアを内側から開けた……そこに立っていたのは、一人の女性看護師。
「あか…っ…」
思わず名を呼ぼうとした友雅を、ちらりとあかねが目配せをする。
"勤務中は個人的な呼び名では会話しないこと"
仕事とプライベートをしっかりと区別するようにと、生真面目なあかねが取り決めた二人だけの約束事である。
「ええと…何か用事でもあったのかい?」
「いえ、さきほどリハビリ科の教授がステーションにいらして、橘先生を探されていたものですから」
「ああそうだったのか…。すまないね、元宮さん」
「お急ぎのご用みたいでしたので、すぐに行かれた方が良いですよ」

彼らが会話する様子を、彼女はじっと眺めていた。
話し方などを聞いていると、何となく二人の関係の深さが見えて来る。
友雅は常にあかねの事を重視しているようだが、それらは時に公私混同してしまいがちなところがある。
にも関わらず相手のあかねはと言えば、見かけによらず芯が強そうだ。
さっきのこともそう。
つい、いつもの調子で名前で呼ぼうとした友雅に比べ、職場での立場を忘れないあかね。
夫が昔の恋人と会話していても、表情も変えない。あくまでも、看護師の顔だ。

…この子、面白い。
あの人のこと、完璧にリードしてるじゃない。
医師としての彼は、人間関係を円滑に保つ行動はしていた。
それに加え技能や知識も伴い、文句無しに高評価を得ていたドクターでもあった。
しかしプライベートはと言えば微妙で、相手が恋人だろうと他人に必要以上に合わせることなどしなかった。
自ら相手の機嫌を伺うなんてことも、あり得ないことだと彼女は身に染みて分かっていたはずなのだが…それは今、目の前で覆された。
こんな態度が出来る男なのだと、彼女は今になってはじめて友雅の一面を知らされたのである。

「ええと…元宮さん?」
「はい!何でしょうか」
名前を呼んだとたん、ぱっと明るい顔であかねがこちらを見た。
穢れない眩しい笑顔。素直な態度と、はきはきした気持ちの良い印象。
患者に出来るだけ穏やかな気持ちを与えるように…。看護師が忘れてはならないことを、あかねは全身で自覚しているように思える。
「何か、不自由なことがありましたか?必要なものがあれば、こちらでご用意しますよ?」
「いえ…そういうことじゃないのだけど」
平静を装いながら、友雅は彼女たちの様子を凝視している。
いきなり何故、あかねに声を掛けたのか。その理由が分からない。
修羅場に発展するようなことはない、と思うが…こちらとしては気が気でないのは確か。

彼女はあかねをしばらく眺めたあと、にこっと整った笑顔を作った。
「若いのに、随分としっかりした看護師さんだなあって、感心していたのよ、さっきから」
「え?いいえ、とんでもないです!まだまだ未熟で、周りにも迷惑ばかり掛けてしまって…」
急な賛辞の言葉に、あかねの頬がほのかに染まる。
それでも頑なに謙遜する姿が、彼女にとっても微笑ましかったのだろう。
「自信を持っても良いわよ。私がここに勤めていた頃だって、若い子はたくさんいたけれど、元宮さんは見た感じで全然違うもの」
全然違う?…って、どういうことだろう。
見た目が違うということは、つまり?え?どういうことだ?
ぽかんとして目を丸くするあかねは、彼女の言葉を反芻しながら考える。
「深く考えないでいいのよ。仕事姿勢がしっかりしているのは、見て分かるものなの。私も同じ現場にいたから、それくらいは見極め出来るわ」
彼女はそう言ったあとで、ねえ?と、友雅に顔を向けた。
「こんな看護師さんがいるなら、この病院もまだまだ安泰ね。」
「あ、ありがとうございます!先生にそうおっしゃって頂けて、光栄です!」
ぺこりとあかねが頭を下げると、彼女はくすくすと笑い出した。
「あらあら、"先生"って…。もうそんなの、とっくの昔に捨てた肩書きよ?」
「いえ、教授からいろいろとお話を伺いました。以前こちらにいらしたときは、とても素晴らしい先生だったとお聞きしました」

…教授から話を伺った?
あかねが口にした言葉に、友雅は一瞬眉を潜めた。
彼女は確かに、当時にしては有能な女医で、教授にとってもそんな教え子は、自慢の種であった。
今でも思い出したように、名前が出て来ることだってあるくらいだから、今回彼女がやって来たのは喜ばしい再会だったろう。
だが、だからと言って何でもかんでも、あかねに教えられては困る。
あの頃、自分と彼女がそういう関係だったことは、教授にも伝わっていたことだ。何かと記憶していることも、多々有るはず。
野次馬的な感覚で、二割増、三割増なノリの話をされたら困るのだ。
ここの教授連は、こう言っちゃ悪いが…なかなかのお調子者が多いのである。



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Megumi,Ka

suga