Please! Jealousy

 第一話(2)---------
「あっ、帰って来た!」
整外フロアのエレベーターが開き、ナースステーションに向かって歩いて来る友雅とあかね。
その姿を見つけたナースたちが、ずらりと身を乗り出した。
「昼休みの時間は、オーバーしていないよね?」
「…はあ、ええまあ…」
ちらっと二人の手元を見て、彼女たちは呆然とする。
遠くからでは分からなかったが、よく見てみたら手をつないでいるじゃないか。
しかも、小さくか細い彼女の手を、力強くぎゅっと握って。
「橘先生っ!手っ、離して下さいっ!」
困ったような顔で頬を染めるあかねを、彼は気に留めずに笑顔で手を握り続ける。
「お互いに、まだ上司と部下に戻る時間は来ていないよ」
「そういう問題じゃなくってえっ!」

…やれやれ、いつも二人はこんな調子だ。
同じ病院で働き、同じ家に帰る仲だというのに、昼休みまでくっついて離れないなんて、一体どこまでラブラブなんだか。
友雅の方が密着度が高いのだが、それに対して完全に抵抗していないということは、あかねも本心はまんざらではないんだろう。
ホントにもう…シングルorフリーには毒な二人よねえ。
苦笑しながら、誰もが小声でつぶやく。

「橘先生、お戻りになられましたか」
二人が戻って来たのをナースたちの声で気付き、中から藤原が姿を現した。
「おや、ここでランチを取っていたのかい?もしかして、ここに気になる相手がいるのかな」
友雅が言うと、女性の看護士たちがひそかに盛り上がった。
小児科の藤原は友雅よりも年が若いが、有能かつ患者にもスタッフにも誠実で評判が良い。
おまけに穏やかで優し気な風貌と語り口で、シングルの女性たちにはかなり人気があるのだ。
ただし、恋愛などにはあまり興味がないらしく。
「冗談は結構です。それより、教授のお部屋に…」
こんな調子で、さらっと簡単に受け流してしまうのである。

「先生、早く行った方が良いですよ!」
先に気持ちを切り替えているあかねは、事務的な口調で友雅の背中を押す。
彼女にしても藤原にしても真面目なことだ…。
そう思いながら、仕方なく友雅は教授の部屋に向かおうと、ナースステーションに背を向けた。
---------その時である。

「ああ橘先生!今、君を探しに行こうと思っていたところだったんだよ!」
友雅が向かおうとした方向から、初老の男性が手を掲げながら歩いて来た。
彼が、整外の教授である。
しびれを切らして、あちらからやって来たか。
一応丁重に謝罪だけはしておくべきだろうな、と思った友雅の目に、一人の姿が目に入ってきた。
背の高い、スリムな女性。
痩せてはいるが均整は取れている。決してメイクは厚くないが、大人の女性らしい隙のない整え方。
そして、引き締まった美しく長い足は、パンプスがよく似合う。
昔からこんな風に、ヒールの高い靴を履きながらも平気な顔をして、すたすたと院内を歩いていた人だった。

「ええと実は……あっ、も、元宮くん!?」
教授はそこにあかねがいるのを見付けると、何故か狼狽えるように口ごもった。
???
どうして自分を見て、そんなに慌てているんだろう…。
あかねは不思議に思いつつ、教授と併せてそこにいる美しい女性を視野に入れた。
「あー、ごほん…。も、元宮くん?そろそろ君も、午後の仕事が始まるんじゃないかね?」
「え?あ、はあ、そうですね…」
おかしな咳払いをしつつ、教授がちらちらとこちらを見る。
まるで席を外せと言っているようにも見えるが、何故自分に?
他のナースには、全く反応していないようだが。

「お久しぶりね、橘先生」
綺麗な女性の声が、フロアに響く。
ここにいる者でその声を知っているのは、わずかな人数しかいなかった。
藤原も、あかねを含めたナース達も、彼女の声はおろか、彼女自身を今初めて見たという者ばかり。
だが、名前を呼ばれた彼は違った。
「本当にね。日本でまた会うとは思わなかったよ、しかもここで会うとはねえ…」
年の頃なら…丁度彼と同じくらいかもしれない。
お互いに親し気な会話。そしてにこやかな対応。
間違いなく、顔見知り以上の親し気な関係だと推測出来た。

「え、あの人って…橘先生の知り合いなの?」
友人のナースが近付いて来て、こそこそと耳うちしてきた。
尋ねられても、まったくあかねには思い当たる節が無い。
自分より友雅はずっとキャリアが長いのだから、知人や友人なんて山ほどいるし、人脈も広いだろう。
正式に籍を入れた際、紹介された人も何人かいるけれども、おそらくフォローしきれない人もまだまだ多いはずだ。
その中にはきっと、女性だっている。
もしかして、昔ここにいた人なのかな…。
少なくともその人は、あかねが全く知らない女性であることは間違いない。

「そ、それじゃあ…詳しくは私の部屋に戻って、いろいろ話すとしようか!」
教授が二人の背中を、ぽんぽんと勢い良く叩く。
早くここから立ち去ろうという、妙な焦りが表情から読み取れた。
「みんなもほら!午後の仕事に回りなさい!」
「はいっ!」
友雅たちの背中を押しながら、振り返ってナースたちにだめ押しの一言。
それだけを言い残すと、そそくさと教授たちはその場を後にした。




皆それぞれに違和感を覚えていたようで、彼らが去ったあとでナースステーションは、一層ざわざわと賑わい始めた。
まず、あかねに視線が集中した。
"あの女性が何者なのか"、という疑問があったからだろうと思う。
だが、それらを解決できる答えはなく、今度はターゲットが藤原へと移った。
「藤原先生は知らないんですか?」
「私は、お会いしたことはないですね…多分」
人の顔や名前などに関しては、割と覚えが良いと自負している藤原だが、記憶の中に彼女の存在は見つからない。
「橘先生の方が、ずっと私より勤務期間は長いですしね。私が配属される前に、勤務されていた方もいるかもしれません」
「そうかー、そうですよねえ」
うんうん、と皆は納得してうなずく。

「でもさあ…何か、すごい美人だったじゃない」
ぽつりと一言口に出したのは、あかねと同期のナース。
確かに同性から見ても、"美人"という肩書きの似合う風貌と言って良い。
以前、某国の皇子が院内で大事件を巻き起こしたが、その王妃の華やかな美しさにも息を呑んだものだが、今の女性は正統派の日本人らしい美人だと言える。
スリムなスタイルや歩き方も、ファッションモデルのように颯爽としていて。

…橘先生と並ぶと、妙にしっくりと絵になる。
あかねの反応を気にして、皆口に出せなかった言葉。
そう、身長差、年頃、そして風貌の何もかもが、友雅と並ぶと様になる。
まるで恋人同士の写真のようで……


------------まさか!?
声を飲み込み、目をぱちくりしてナースたちは、それぞれ顔を見合わせた。




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Megumi,Ka

suga