俺の天使に手を出すな

 第9話 (2) ※今回はR-15相当かもしれません…★
指先に、あかねの髪が絡みつく。
するりと滑り落ちる、絹糸のような癖のない髪。
軽くて素直な……まるで彼女そのものだ。
ゆっくりと梳くようにすくいあげ、あかねの顔を固定させる。
そして、盲目的にキスを続ける。

離そうとすると、求められる。
求めようとすると、離れようとするから……夢中で追いかける。
二人とも、同じ行動を繰り返して、いつまでもキスが終わらない。
…終わらせたくないから、狂おしいほどに唇を求める。
息が止まっても良い、とまで一瞬思ったくらいに。

「…ん…」
ほぼ同時に満足感を覚えて、やっと唇同士が離れた。
くたりとあかねは友雅に身体を預け、抱き締めてもらえるように寄り添った。
「は…ふう」
溜息のような、それでいて甘い声。
「色っぽい声だね。そそられそうだ。」
「…バカ。すぐそういうことばっかり、言うんだから」
くすくすと、笑い声が上がる。
昨夜もそんな風に言われたけれど、今夜は冗談めいていて、笑いが生まれ出す。

「何だか、とても幸せな気分だな」
二人以外誰もいない、静かな部屋の中。
触れ合う距離から聞こえる心音だけが、ぬくもりとともに確かに存在している。
傍らに天使を抱いて眠る心地良さ。自分にしか味わえない特権だ。
「絶対に譲らないよ。誰にもこんな気持ち、味わわせてやるものか。」
「ん、もう…」
「皇子だろうが大統領だろうが……渡すつもりはないからね。」
遊びのような小さなキスを、数回。
ちゅ、と漫画みたいな音をわざと立てて。
ふと時々、思い出したようにうなじに移動する唇が、ちょっとくすぐったい。
「私だけのものだよ…。」
「…独占欲丸出し。」
そう言ってあかねは笑った。
が、次の瞬間、彼女の手が友雅の頬へと伸びる。

「…ごめんなさい。あんなに引っぱたいちゃって…」
自分よりもずっと小さい手が、頬を優しく包むように触れて。
唇を噛んで、申し訳なさそうな顔をしてつぶやく。
「良いよ。おかげで目が覚めた。」
「でも、痕が付いちゃったでしょ…」
「構わないよ。痕が残った方が、自分への戒めにもなるし。」
確かに見映えは良くない。
平手打ちの痕が残ったドクターだなんて、一体何事かと皆怪訝そうに見るだろう。
けれども、所詮は自分が羽目を外したのが原因。
あんなところで衝動的にならなくたって……こうして邪魔されない二人だけの部屋があるのだから。

「……痛かったでしょ。ごめんなさい」
あかねは少し身を乗り出して、彼の頬にキスをした。
「私こそ、ワガママばかりしてすまなかったね」
「ううん。友雅さんのワガママなら、全然構いませんよ…私。」
「本当に?」
「うん、慣れてますから。」
笑いながら、あかねは両腕を伸ばす。
そして友雅の肩を包むように、ぎゅっとしがみつく。

「友雅さんのワガママなら、何だって聞いてあげても良いですよ…」
「…そういうこと言うと、ワガママ言い放題になるかもしれないよ?」
「ふふっ…良いですよ。何でもどうぞ。」
君の膝枕で眠りたいとか。おやすみとおはようのキスをして欲しいとか。
たまには抱き締めるのではなく、抱き締めてもらいたい、とか。
その他もろもろ…恥ずかしくて言えないようなことも、いろいろと。
これまで何度、そんなお強請りをされただろう?
でも、そのたびにしょうがないな…と手を差し伸べてしまうのは、自分が甘いのか、それとも…惚れた弱みか?
それはおそらく……

「あんなことやこんなこととか、強請ってしまうかもしれないよ。それでも?」
「ん、良いの。好きだから、何でも良いの。」
------おそらく、後者だ。間違いなく。

だけど、例外というものもある。
「で、でも、病院内は駄目ですよ!それは絶対揺るぎませんからね!?」
時と場所を弁えるのは必須。
誰かに気付かれて、雰囲気をぶちこわされるのも…後味悪いし。
「分かった。何度も紅葉みたいな痕を付けられてはマズイしね」
「そ、そうです。何事にもTPOが大切ですからっ」
空気を読んで行動に移しましょう!と真剣に彼女が言うものだから、思わず笑い声を上げそうになった。
振り返ってみても、我を忘れていたからね…情けないことに。

アクラムのこともそうだ。
よく考えれば馬鹿馬鹿しい話だし、そんなもの無視していればいいものを…あかねが関わると無気になってしまう。
彼だけのことではない。これまでも、いくつか思い当たる。
どこかの男が、あかねをただならぬ目で見ていると思うと、どうにもこうにも牽制を掛けたくなってしまって。
わざと周囲に睨みを利かせて、あれやこれやと策を練る。
いい年して、恋もろくに知らない青年の嫉妬みたいだ。
でも、仕方がない。それだけ……本気なのだ。

「じゃあ、家に帰ったら…良いんだね?」
囁くように問い掛けると、ふわりとあかねの頬が春色に染まる。
「う、うん…。家なら良いです…よ」
恥じらいを添えてあかねから答えが返ると、待ち構えていたかのように友雅は、彼女をベッドに沈ませた。
体重をすべて預けて、覆い被さり逃げられなくさせる。
もっと、甘くなりたい。
溶けるくらいに、とびきり甘い恋の味を確かめたい。


「…ん、ちょっと待って、友雅さん…」
求めようと攻めてくる友雅を、あかねが少し手で押し除けようとする。
「やっぱりイヤ、だなんて今さら聞かないよ?」
「ち、違いますよう…。そ、それは良いんですけど…」
これまで、何度ここで愛し合ってきたか。
二人で一緒に眠る場所で、これ以上は駄目とは言わせない。

あかねは一旦唇を噛み、肩からこぼれる彼の長い髪を背に払う。
そして彼の両頬を手のひらで包み、自らの唇を押し付けた。
「あのね…夕べ、ほっぺた叩いたりしちゃったから…」
「…うん?それはもう気にしてないって、さっきも言ったよ?」
「う、違うの。だから、そのお詫びに……ね…」

……今度は痛くないこと…してあげる。

天使は小さ声で囁いて、もう一度自分から彼にキスをした。



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Megumi,Ka

suga