俺の天使に手を出すな

 第6話 (2)
「で、私はいつまで、こうしていれば良いんですか?」
「私の気が済むまで」
「それっていつですか?」
「さあねぇ…。気持ちが良いから、ずっとこうしていたいねえ」
ベッドに横になってくれたのは良いが、かれこれ膝枕をして1時間が過ぎている。
「家に帰れないんですけどー…」
「帰らなくても良いだろう?どうせ帰っても一人だけなんだから。この際泊まり込んで、ずっと一緒にいて欲しいんだけどね」
……困ったものだ、このエリートドクターは。

でも、それだけ私を必要としてくれてる、ってことなんだよね…。
あの患者さんに対して、敵意を持っていることも、こうしてくっついて来たり、抱きしめたりするのも。
初めて会った時は、緊張するくらい遠い存在の先生だったのにな。
それから、すごく優しい先生なんだって分かって。
頼りになる先生なんだ、って分かって。
……で、ワガママで悪戯好きで、そのワガママが時々甘えんぼに変換されて。
そんな友雅さんが……やっぱり好きで。

「あかねも眠くなった?一緒に寝ようか」
冗談か本気か分からない素振りも、結局彼の好きなところには違いない。


「ふざけるのも良いですけど…ホントに、少し休んで下さいね。友雅さんのこと、心配して言ってるんですから」
「分かってる。でも、あかねがそばにいてくれるだけで、それだけで本当に良いんだよ。」
彼女の指を取り、桜色した爪にキスをする。
小さなその手のひらが、いつでも握りしめられる、そんな環境があれば疲れなんて消えてしまうだろう。
それほど、あかねが愛しくてたまらないのだろう…自分は。
「…あの患者さんのことも、気にしなくて良いですから…。」
あかねはそう言うけれど、そうも行かないのが辛い。
君のことをそれほど強く愛してしまったから、自分でもどうにもならないのだと、彼女に分かってもらうにはどうすれば良いか。
溺れるということに、悦びとか満足感とかを知ってしまったら、それをどうしても手放せなくなるのだ。

「その…私は変わらないし。あの人が何を言おうと…」
友雅はあかねの手を引き寄せて、再び腕の中で抱きとめた。
「ね、やっぱりここで、一緒に寝よう?」
「え!?何を言ってるんですか!そんなの…」
「一晩中とは言わないよ。せっかく目の前にあかねがいるんだから、ほんの一時間くらいで良い。抱き合って眠りたいよ」
そんなこと言われても…と、戸惑うあかねを体重でせき止める。
乗り掛かられたら、どうにもならない。

「……ちょっとだけ!ちょっとだけですからね!」
「はいはい。天使様の言いつけは守ります。」
特別なドクターのワガママには、さすがの天使も逆らえないらしい。



ところかわって…ナースステーション。
深夜近くなるというのに、何故か妙にざわついている。
急変した患者からのコールがあったわけでもなく、急患が入る連絡が来たわけでもない。
まあ、確かにそれはナースコール、と言えばそうなのかもしれないが、相手は患者ではなく執事からだ。
「ねえ、どーすんの。当直室に繋ぐ?」
「ってか、橘先生のピッチに掛ければ?」
「で、それを誰がやるのよ……」
そこまで話して、誰もが沈黙する。

例の患者の執事であるイクティダールから、友雅に話があるから繋いでくれ、と連絡が入っている。
果たして、それを繋いでいいものか。
悩みどころは二つある。
あの患者の話を振って、また友雅の機嫌が悪くなったらどうしようか。
そしてもう一つは…
「あのさあ、いくら何でも今連絡なんかしたら、それこそ不機嫌MAXだと思うんだけど」
当直室にあかねが向かってから、もう数時間が過ぎている。
けれども、彼女が帰った気配は…ないわけで。
となると…まだ当直室にいると思うのが当然であるわけだから。
数時間も二人きりの密室。しかも、彼女のことでストレスの蓄積された友雅。
そこに足を踏み入れた彼女……。
ごゆっくりお休み下さい、なんて後押ししてしまった手前、今電話なんかしたら…後々馬に蹴られて死にそうだ。

「取り敢えず、今急患の手当に行ってるから、手が離せないとかごまかしといたら?」
そうするしかないか。
あちらが一区切り(?)しそうな頃まで、何とか時間を稼いでごまかそう。

「もしもし、お待たせしました。えーと、橘先生は今…………あれ?」
保留中の受話器を手に取った看護師が、途中まで話したあと、カチカチとフックを何度も押している。
「どうしたの?」
「電話、切れてる…」
保留にしてから、何のかんので数分くらいは過ぎていたし。
さすがに相手も痺れを切らして、受話器を置いてしまったのかもしれない。
「……取り敢えず、また電話が掛かってきたら、時期を見てさっきの対処でやり過ごしましょ」
看護師たちは互いにうなづいた。

しかし、せっかく相談して決めた"逃げ"の方法も、水の泡となる結果が待っていたのだった。

+++++

「……友雅さん、ねえ…!」
あかねの手が、隣で横たわる友雅の肩を揺らす。
何度も繰り返し、そして耳のそばで名前を呼んでくれる声も。
「…ん…もっと…こっちにおいで」
「もう!寝ぼけてないで、起きてくださいよ!電話、電話鳴ってるんですよ!ピッチが鳴ってます!」
毛布にくるまったまま、眠りの世界に半分だけ浸かった頭で耳を澄ますと、確かにPHSのデジタル音が聞こえている。

「早く!私は今夜は一緒にいるはずがないんですから、代わりに出るわけに行かないんですよ!早く起きてくださいっ!」
友雅はすぐに起き上がると、あかねから手渡されたPHSを受け取った。
「はい、橘ですけど…」
目の上に掛かる髪を払い除けて、電話の向こうの声に耳を峙てる。
だが、その声は……出来れば聞きたくはない、これまでの夢心地をぶちこわすものだった。

「夜分申し訳ありません。私、執事のイクティダールでございます」
…何でこんな夜遅く、彼が電話を掛けてくるんだ。
まさか、あかねがここにいることがバレたとか?
ベッドの中で声を潜めているあかねは、こちらの様子を不思議そうに見ている。
「先程、ナースステーションの方に御連絡したのですが、随分と長く保留だったもので…ご迷惑と承知で、直接先生のPHSへ御連絡をしてしまいました。申し訳御座いません。」
「…構いませんよ。それで…何か急変がありましたか?」
急変があれば、ステーション経由で連絡がありそうなものだが。
「いえ、実は個人的なお話の方で、ご相談が…」
個人的な話という言い方が、何となく嫌な予感がする。
もしやまた、あのふざけた内容の話だろうか。
それなら無視したいところだが。

「本日は確か、元宮さんはお休みでございましたね?」
「…ええ、そうですが。それが何か?」
やはりあかねの話か。
こんな夜遅くに電話で話してくるなんて、今度は何を企んでいるのだろうか、あの曲者は。
「明日、先生と元宮さん、お二人でこちらへいらして下さいませんか?」
「一緒に?明日の担当看護師は、元宮ではありませんよ。」
「……申し訳ありません。元宮さんのことで、アクラム様がお話をされたいと…」


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Megumi,Ka

suga