俺の天使に手を出すな

 第4話 (3)
「いっそ別の看護師を引き上げて、あかねを下げようかな…」
「もうー、それこそ公私混同でしょう?」
あかねは呆れたように答えるけれど、友雅としてはかなり深刻な状態なのだ。

ほんの数秒でも、彼と顔を会わせたくはない。
一言でも、会話をさせたくない。
完全にシャットアウトして、自分以外の男を誰一人近寄らせたくない…と、意外と本気で考えている。
ま、長年の友達だという森村とか、既に付き合いの長い院内スタッフには、いちいち神経質にはなっていないけれど。
「天使を独り占めするのは、苦労がつきものなんだねえ…」
飲みかけのコップをテーブルに置いて、溜息混じりにそう言いながら、彼はソファに背中をもたれて天を仰ぎ、目を閉じた。


"先生のご機嫌は、元宮さん次第なんだから"
昼間、看護師仲間が言った言葉が、急にあかねの中に浮かび上がってきた。
友雅さんの機嫌は私次第って言われても…どうなのよ、ソレ。
私は別に、患者さんの戯れ言に付き合うつもりなんて全然ないし。
逆にあんなこと突然言われて、正直複雑どころかパニックどころか、冗談言わないでよ!って感じなんだけど。
でも…………。

目を閉じたまま、ぼうっとしている友雅を見る。
確かに、ちょっとご機嫌斜めって感じではあるのよね…友雅さん。
そりゃあ、自分のフィアンセを、急に出てきた他人に『結婚相手に決めた』とか言われたら…複雑だよね…。

……天使を独り占めかぁ。
さっきの友雅の言葉。そして、昼間の彼。
人の目も憚らず、手を握りしめて………
"渡さないよ、誰にも"。
思い出したら、顔が赤くなった。
だけど、目を塞いでいる友雅は気付かない。

困っちゃうなあ…。
嫉妬されるの嬉しいんだけど、確かにそれに気を取られすぎちゃ、まずいよね…。
まあ…いくら友雅さんでも、お仕事は絶対手抜きとかしないと思うけども、余計なことで気が散ることは避けたいよね…。

人一倍神経質にならなくてはいけない、常に緊張感を忘れてはいけない。
それが医者の仕事だ。
あかねの仕事である看護師も、それは同じこと。
患者の気持ちを第一に考え、穏やかな気持ちで治療に専念出来るように、サポートしてあげることが重要。
そして…医師がスムーズに治療を進められるように、環境を整えてあげることもひとつの役目…かもしれない。

さて、それにはどうすれば良いか。
相手の話には全く乗る気がない、というのは十分説明した。
けれども、この様子ではまだまだ彼のメンタルレベルは、最低ラインのところでモヤモヤしたままみたいで。

どうしたら、友雅さんの気を紛らわしてあげられるかなあ…。


「……友雅さん…」
耳元であかねの声と、彼女の柔らかい香りがした。
目を開けてみると、思ったとおりにすぐ目の前にあかねがいる。
「ん?どうかしたのかい?」
「…え、っと…別に…何もない…ですけど…」
何もないと言っても、今まで向かいに座ってビールを注いでくれていたのに、急に隣にやって来たりして。
しかも、ソファに肘をついて、少し上からこちらを見下ろすようにしながら。

「………」
言葉もないまま、さらりとした彼女の髪が、上から頬に降りかかる。
わずかに震えていた唇は、そっと自分から友雅の唇へ重なってきた。
「急に、どうしたの」
「…何でもない…ですってば」
アルコールを飲んでいたのは友雅の方なのに、何故かあかねの頬の方が赤かった。

「あ」
背中に回された腕が身体を引き寄せ、体勢がくるりと逆転する。
あかねの方が嗾けたと思ったら、いとも簡単にソファの上に押し倒されていて。
今、キスを求めているのは、彼の方。
「ここはホッとする。間違いなく、二人きりでいられるからね」
邪魔な他人の目も気配もない。
ナースコールも聞こえない。
目障りなどこぞの皇子の存在もない…本当の二人きりの、二人だけの部屋。
好きなだけ遠慮なく、自由に愛し合える場所。


……うーん…もしかして、火、付けちゃった…かなぁ…。
抱き合いながらキスを繰り返す中で、あかねはぼんやりとそんな事を考えた。
昼間、看護師仲間があんなこと言うから…どうなのかな、と思って、アクションを起こしてみただけなのだが。

"元宮さんが先生を満足させてあげれば…"

満足させるって、そんな力量全然ないのだけども…。
と思いながら、キスくらいでどうにかならないだろうか?と仕掛けてみた。
が、それは彼の導火線に、しっかり火を付けてしまった…のかも。
…ま、別にいいかぁ。拒むことでもないし…。
-------なんて考えて、あかねは友雅にすべてを任せることにした。



しかし、世の中というものは、時々非情な展開があるものである。
「……っ!何っ!?」
覆い被さっていた友雅を払い除けて、あかねはバッグの中で鳴り続けている携帯に飛び付いた。
聞こえている着信音は…病院からの時に掛かるクラシック音。
「も、もしもし!?」
慌ててあかねは電話に出た。
その相手は………

『あ、悪い。俺、俺。』
オレオレ詐欺か?と言い返したい言葉遣いだが、画面に表示されているのは"病院"の文字。
その声が天真であることは、小さい頃から付き合いの長いあかねには、間違えるはずがなかった。
「な、何よ…天真くん、こんな時間に…」
別に相手に見えるわけでもないのに、もつれ合って乱れた髪と服を直しながら、あかねは携帯を耳に当てて話をしている。

森村からの電話か。
いくら幼なじみで仲の良い同僚と言えど、せっかく甘い雰囲気に浸っていたのを邪魔されては、少し面白くない。
あとでやんわりと忠告しておこう、と友雅は思いながら、飲み残していたビールのグラスを手に取った。


「え、ええっ!?そんなこと言われたって、無理に決まってるでしょう!?」
あかねの大きな声に、友雅の手が止まった。
「無理!何で私がそんなことしなきゃいけないのよ!電話して来られても、引き受けるわけないでしょう!?」
何だ、一体どんな話で森村は電話して来たんだ?
彼女の血相を見ている限り、それはあまり良い用件でないことだけは確か。



*****

Megumi,Ka

suga