俺の天使に手を出すな

 後日談 (1)
目が覚めたら、窓の外は今日も晴天。
テレビのニュース番組は、常に報道する内容は変わっても、アナウンサーも映像も普段通りだ。
部屋の中を見渡してみても、特別何も変わらない。
それなのに----------。

「さ、行こうか奥様」
先に玄関のドアを開けた彼が、そう言って左手を差し出す。
その手に、わざと自分も左手を乗せてみる。
薬指に、同じプラチナのリング。
たった一日で、二人はもう他人じゃなくなった。


「あー、何だか絶対にみんなに、冷やかされそう…」
「良いじゃないか、今日くらい。かえって目一杯惚気てみるのも良いよ」
「友雅さんがそういうこと言うと、本気でやりそうでオソロシイです!!」
窓を全開にして、朝日に輝く海岸線を走る。
普段は個々の車で出勤しているから、こうしてのんびりと景色を眺められるのは久しぶり。

遥か海の向こうにいる両親には、土曜の夜に連絡をした。
急なことで驚いていたけれど、彼がきちんと説明してくれたおかげで、かえって安心してくれたみたいだ。
挙式とかは、まだ少し先になりそうだけれど…。
いつも通りに、幸せな日々は変わらない。


+++++


通用口の前で、何度もあかねは深呼吸をする。
友雅は余裕の表情をしているけれど、やっぱりちょっとドキドキしてしまう。
…よーし、行くぞぉっ!
気合いを入れて、一歩一歩踏み出して。
やがてエントランス付近までやって来たとき………

「新婚さんいらっしゃーい!!!」

天から降り注ぐ、色とりどりの雪。
見上げると、吹き抜けの踊り場から森村とイノリが、籠から紙吹雪をバラまいているのが見えた。
そちらに気を取られていると、今度は目の前からどさっと花束が押し付けられて。
「お二人とも、おめでとうございます」
看護師長や小児外科の藤原、栄養士の永泉にリハビリ科の源まで。
昨夜フラワーショップに頼んでおいたのだと、山ほどの花束をそれぞれに手渡してくれた。

「きゃー!さっそく結婚指輪までしちゃってぇーっ!!」
同僚たちが薬指目掛けて、集まって来る。
仕事場では衛生的にも邪魔にもなるし、外すようにしようと決めたけれど…今だけは特別。
プラチナのシンプルなマリッジリングは、既に以前から決めていたもの。
急に買いに行くことになったたので、在庫があるか不安だったのだけれど…希望通りの小さなダイヤが三つ付いたデザインがあって満足。
文字入れは後日改めて…ということで、取り敢えず頂いて帰ってきた。
「しかし、すごいね。籍を入れただけでこの騒ぎじゃ、式を終えたあとはどうなるんだろう?」
「そんときは、院内スタッフ全員ずらーっと並んで、クラッカー飛ばしますよ!」
「ちょっとそれは勘弁して〜!」
階段から降りて来たイノリの言葉に、あかねはちょっと困ったような…でも嬉しそうに笑った。

「で、この事は既に、あの患者のとこにも伝わってるからな」
詩紋から、お祝いだと言って承って来た手作りマドレーヌのバスケットを、あかねの腕に引っ掛けた森村が、口振りだけは神妙に告げた。
「では、最後のバトルが無事終了したあとで、もう一度改めて、みんなに冷やかしてもらおうかな」
「はーい!じゃあいろいろ用意して待ってまーす!」
…用意って、一体どんなことやら。
森村とイノリが関わるとなると、さぞかし大袈裟なことになりかねないけれど…。
まあいいか。うん、今日くらいは…。
顔を上げると、友雅がこちらを見て微笑んでくれていて。
うん、思いっきり盛り上げてもらっちゃおう。
その前に…やらなきゃいけないことがあるけども。


+++++


病室の静けさは、尋常ではなかった。
普段、ささやかな程度に流れているクラシックも、今朝は全く聞こえて来ない。
今日からアクラムは、リハビリに入る。
そのため、友雅たちを出迎えた時は車椅子に座り、その隣にぴたりとイクティダールが立っていた。
「本日から、いよいよリハビリ開始です。詳細は……源先生、よろしく」
「はい。最初は無茶をせず、まずしっかり少しずつ動くように心がけて下さい。とにかく今日は初日ですので-----」
源が説明している間も、アクラムは黙ったままこちらを見ている。
イクティダールは、時折こちらの視線に気付いて、軽く頭を下げたりしていた。

友雅は、ずっと手を握ってくれている。
指輪のある左の手を、強く優しく。
少し気恥ずかしいけれども、堂々としなくちゃ。
だって、もう私は…………。

「以上で本日の説明は終了です。では、リハビリ室に移動致しますが……」
「待て。」
移動する前に、友雅にバトンタッチしようとした源だったが、先にアクションを起こしたのはアクラムの方だった。
「リハビリを始める前に、私に話すことがあるだろうが。」
アクラムの視線がこちらに突き刺さった時、友雅はにやりと微笑んだ。
「ええ。担当させて頂いている患者様にも、プライベートな事ではありますが、一応ご報告とご紹介をしておこうと思いましてね。」
あかねの手を取りあげ、友雅は自分の左手を軽く掲げた。
互いの左薬指に光る、指輪を見せつけるようにして。

「改めてご紹介致しますよ。彼女が、私の妻のあかねです。」
……彼の言葉に、胸が熱くなる。

「旧姓はご存知の通り"元宮"でしたが、このたび私の姓の"橘”になりましたので、以後どうぞお見知りおきを。」
「あ、あのー…た、橘…あかねですっ。びょ、病院では旧姓のままで勤務致しますので、こ、これからもよろしくお願い致しますっ!!」
昨日籍を入れたばかりで、まだ自分の名前を彼と同じ姓で言うことに、正直しっくり来ない。
口に出してみたら、否応無しに実感が溢れて来るし、ドキドキして自分の名前じゃないみたいだ。
「そういうわけで…どうぞよろしく」
彼女の肩を抱き寄せて、友雅は微笑んだ。


「イクティダール、例のものをくれてやれ」
黙って友雅たちの挨拶を聞いていたアクラムが、突然隣にいたイクティダールに声を掛けた。
主に言われるままに、イクティダールは執事らしい落ち着いた仕草で、黒い革細工のファイルを取り出す。
そして、デスクの上から万年筆を一本取り上げると、それを添えてこちらにやって来た。

ん?何だ…一体。
開かれたそのファイルの中に、挟まれていた二枚の書類は…一枚は彼らの母国語らしいもの。
そしてもう一枚は日本語なのだが……
「ちょっと待ってくれ。これはどういう事なんだい?」
思わず友雅は、イクティダールに尋ね返した。
何だろう?とあかねもその中身を覗き込んでみた。
「アクラム様の御厚意でございます。」
「いや…だからって、これはちょっと困るよ」
友雅がかなり戸惑っている。
そしてあかねは…目を丸くして書類を見ている。
どうしたんだ?あの書類は何なんだろう?と源は首を傾げていたが、その内容はとんでもないものだった。

「いくら何でも、あの屋敷を私たちに譲るだなんて言われても困るよ」


………部外者の源も、それにはさすがに驚いた。



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Megumi,Ka

suga