俺の天使に手を出すな

 後日談 (2)
一等地のお屋敷街に立つ、広大な日本家屋。
億を下らない新築の屋敷に、更に手を加えた数十億の大邸宅。
「私どもは、シリン様が無事ご出産するまでの滞在ですので、その後は空き家となってしまいます。」
「それなら…時期が来たら売却すれば良いだろう」
中古物件で値段が下がっても、あの屋敷と土地なら買い手は着くはず。
この不況の中でも、少なからず成金はいるものだし。
「いえ、ですが先生方はご結婚されてご夫婦になられ、いずれはご家族をお持ちになるはず。広いお屋敷の方が、何かと過ごしやすいでしょう。」
「そういう問題じゃなくてねぇ…」
何で、こんな話になったんだ?

「っていうか、こんなお屋敷を譲るって言っても、お金なんか全然ないですよ!!」
今度は、あかねが黙っていなかった。
そりゃあ自分の給与は微量でも、友雅が高給取りクラスだから、それなりに裕福な生活は出来るかもしれない(とは言っても、所詮自分の貧乏性なところが染み付いているので、未だに家計節約が習慣になってしまっているが)。
だけどいくら何でも、こんな豪邸を買える予算はない。

「いや…あかね、違うよ。この書類の内容は、買い取れって言っているんじゃないんだ。譲る、っていう意味なんだよ」
「え?」
「左様でございます。買取りではなく、そのまま私共の代わりに、引き続きお住みになって頂きたいとのことなのです」
「え、え、え、えええええええ!?」
金はいらない。自分が購入したのだが、必要がなくなった。
捨てるのも何だから、それならただで譲る。
そういうことか?そういうことなのか!?

「サインをして頂ければ、こちらで全て手配致します。私共が日本を発ったその後は、先生方のお住まいとしてお使い下さい」
駐車場も5台分くらいあるし、客間は3部屋。ゲスト用のバスルームとシャワールームも完備してあり、ベッドルームにはジャグジーバス付き。
そんなスイートルームみたいな家に、二人だけで暮らせというのかっ。
「こっ、困ります!!こんなもの貰っても…」
「ですが、お二人のご結婚の、お祝いのお気持ちですので」
えっ!?びっくりして二人は、アクラムの方を見る。
彼は別に照れも何もない。無表情で、フンと顔を逸らす。
結婚祝いって…彼がそんな意味でこれを譲るって言っているのか?
ホントか?何となく疑いたくなるが。

「でも、でもですね!例えこれをタダで譲ってもらっても…、ほ、ほら、税金が大変そうだし!!」
「贈与税とかね。その他にも色々高額になりそうだ、あんな立派なものでは」
そういうのが面倒くさいから、両親が亡くなった時にすべて処分したのに。
またそんなことに関わるなんて、考えただけで鬱陶しくなる。
「日本の法律は面倒くさいな」
顔をしかめて言うアクラムに、そういう面倒くさいものを押し付けてるのは、どっちだと友雅は言いたい気分だった。

「仕方ない。それなら賃貸物件としてそなたらに受け渡す。」
……今度はどういう方向に、話が行っているんだ?
「イクティダール、確実な不動産会社と連絡を取れ。我々が退去した後は、彼らがあの屋敷を借りて住むという形にしろ」
「ちょっと待って下さいよ!それこそお金払えませんよ!」
現在40万程度の月額マンションだが、あの屋敷じゃ…その倍でも足りなそうだ。
「いちいち五月蝿い。誰が賃貸料を払えと言った」
「え?」
「賃貸料はこちらが持ってやる。たいした金額じゃない。」
だから…どーしてそう、面倒くさい方向に転がっていくんだろう、彼が考えていることは!

「せいぜいそなたらは、あの屋敷で気楽に過ごせ。日本を発つ時は、寝室にあのアロマランプも置いて行ってやるから、活用しろ」
アロマランプと言うと…確かあの、媚薬成分が入っているということで、寝室に置く意味を持つ、アレか。
「それはちょっと魅力だな…」
「はあ!?友雅さん、一体何を考えてるんですかっ!?」
彼女には言っていないから、あれがどんなものなのかは知らない。
でも、王族伝統の秘伝の媚薬成分。
そして、実際に彼らの間に二人目が生まれようとしている現実を見ると…かなり効果はあるのかも。
今でも文句無しの甘い関係が、あの媚薬で更にどんなことになるか。
うん…これに関しては、ちょっと試してみたい…。
なんて、ついそんな事を考えたりして。

「ま、でも今以上に度を超したら、それこそ予定外の事になってしまいそうだから、遠慮しておくよ。」
「…友雅さん、何のこと言ってるんですか?」
尋ねてみたけれど、彼は指先であかねの唇を押さえて、悪戯っぽく微笑んで軽くウインクしただけ。
何だか、よからぬことを考えていそうだなあ…と、そんな風に思いながら、あかねはもう一度イクティダールと向き合った。
「とにかく、困りますから。どうせなら、院長先生にお返ししてあげて下さい。元は院長先生のものですし」
「ああ、それが良いね。私たちには、まだまだこんな屋敷は邪魔なだけだから。」
今くらいの部屋が、丁度良い。
昔は一人暮らしで広すぎと感じたけれど、二人で暮らすには少し広めな感じでぴったり馴染む。
広いLDKでは、どこにいても彼女の姿が見られる。
それくらいの部屋が、居心地が良いのだ。

「アクラム様、やはりご本人方のご希望を受け入れて差し上げるべきかと。あまり執拗になさっては、かえって迷惑になってしまいます」
イクティダールはファイルを閉じ、今度はアクラムの方を振り返り、そう言った。
本当に彼は、主の意見に流されすぎず、相手の心情を察して事を進められる、機転の利く有能な男だ。
「……面倒くさい。後のことは、イクティダール、おまえに任せる。好きにしろ」
諦めたような口調で、アクラムはそう言って源を呼んだ。
「行くぞ。リハビリ室まで連れて行け」
「あ、は、はい……では…」
何だか訳の分からない展開に、しばらく呆気にとられていた源ではあったが、慌ててアクラムの背後に回って車椅子を押し、病室を出てエレベーターへと向かった。


「申し訳ございませんでした。アクラム様がご無理を…」
「いや、有り難いことだとは思ったけれど、さすがにこれはね。私たちには手に負えない。」
友雅がそう答えると、あかねもうなづいた。
「もしも、お気持ちが変わられましたら、どうぞご連絡下さい。」
「しばらくは…今のままで良いよ。何せ私は、そばに天使がいてくれれば、住処なんて高望みはしないからね」
あかねの肩を引き寄せて、恥ずかしがる彼女の頬にキスをする。
私だけの天使の君が、ここにいてくれるだけで、それで良い。
そこが私の、天国になるのだから。

「お邪魔をしては失礼ですので、私共はしばらくお席を外させて頂きます」
ぺこり、と頭を下げたイクティダールは、受付の者を連れて奥の部屋に行く。
体調の良くなったアクラムの妻は、息子のセフルや召使いと共に、新居の見学と買い物で外出中。
EXルームには、今は二人だけ。
「…本当に彼は、空気を読める最高の執事だな。」
笑いながら友雅は言ったあと、今度は遠慮なくあかねの身体を抱き上げて、唇を重ねた。

「豪邸なんかいらないよ。私が欲しいのは…天使の君だけだ。」
強く抱きしめて、キスして、こんな甘い言葉をこれまでに何度聞いただろう。
だけどそのたびに心が熱くなってしまうから、"好き"という気持ちが止められなくなる。
どんどん好きになって、離して欲しくなくて……もっと愛して欲しいと、欲張りになってしまう。

「愛してるよ、天使な奥様…」
忠誠を誓うようなポーズでその場にひざまづき、あかねの薬指に光る永遠の誓いの指輪に、彼はキスをする。
「ううん、指輪なんかじゃなくて…そういうのは唇にして…旦那様?」
「ふふ…喜んで」
友雅は立ち上がり、さっきよりも強く彼女を抱きしめる。
あかねの手が背中に周り、互いの身体は解けなくなる。


……今頃、ステーションではみんな待ちくたびれてるかな?
でも、もうちょっとだけ待ってて。
ごめんね。
旦那様と離れたくない気分なの…………。
今はこうして抱きしめて、抱きしめられていたいの。

だからもう少しだけ……おおめにみてね?。





-----今度こそTHE END-----



(長々とおつき合い頂きましてありがとうございました♪)


※あとがきのご挨拶がありますので、よろしければ先にお進み下さいませ。



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Megumi,Ka

suga