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俺の天使に手を出すな
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| 第12話 (6) |
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「ちょっとっ…ねえっ!友雅さんっ!!!」
廊下に人の気配がなくなってから、友雅はあかねをお姫様抱っこして通用口に向かった。
裏口へのドアを蹴飛ばして開け、そのまま駐車場へと向かう。
まるで、どこかにさらってしまうみたいに。
ようやく地上に下ろしてくれたのは、BMWの前にやって来た時だった。
助手席のドアを開け、あかねを中に乗せようとしたが、彼女は立ち止まって友雅を見上げる。
「な、何なんですか!?急にあんなこと言ってっ…」
「いずれは行かなくちゃいけないし、別に式の日取りを決める前でも、構わないじゃないか。」
「それは…そうですけどっ!でも、あまりに突然すぎですよっ!!!ちゃんと説明してください!」
ドレスや挙式のことは、しょっちゅう話題に上っていたけれど、入籍のことなんて今まで殆ど話してなかった。
急に思い付いたような…そんな、予想もしなかった突然の展開。
普段は殆ど狼狽えたりしない友雅が、こんな風になってしまうのは…ひとつだけ思いあたることがある。
「…もしかして…またあの患者さんが……」
彼が自制心をなくす原因と言ったら、一人しかいない。
「…見破られた。さすがに天使様の前では、ごまかしは効かないな」
友雅はそう言って、苦笑いした。
「取り敢えず、車に乗って。中でちゃんと説明するよ。」
軽くあかねの背中を押し、助手席へと誘う。
戸惑いつつも、言う通りに車に乗ったあかねを確認してからドアを閉め、自分も逆方向から運転席へ乗り込んだ。
「執事の彼から、良い事を聞いたんだよ」 薄暗くなった職員用駐車場には、友雅のBMWとあかねのPASSO。
他はもうガラガラだ。
ぼんやり灯る背の高い照明の明かりが、車の中を照らしている。
「あかねも知っている通り、彼らの王族は第四夫人まで認められている一夫多妻制の家系だ。でも、その結婚の申し出を完全に断れる、確実な方法があるって教えてくれたんだ。」
「え…!そんな方法があるんですか!?」
だったらイクティダールは、何故これまで教えてくれなかったんだろう。
それさえ分かっていたら、その場で彼を払い除けることが出来た。
友雅だって、こんなに振り回されなくても良かったのに。
「簡単なことだよ。その女性が、既婚者なら良いんだ」
……え?
びっくりした顔で、あかねは友雅を見る。
「例え王族でも、既婚者に対してプロポーズは出来ない-----らしいよ」
どんなに権力を持った皇子でも、目をつけた相手が"既婚者"であったなら、諦めざるを得ないのが、彼らの国の法。
あれほどに唯我独尊なアクラムであっても、あかねが既に既婚者で他人の妻であるのなら、娶るわけにはいかないのだ。
「だから、すぐにでも籍を入れれば…すべて回避出来ると思って、あんな事を言ったんだよ。驚かせて悪かったね」
「そんな……。でも、何でイクティダールさんは、その事を教えてくれなかったんですか」
「籍を入れれば、それで解決するけれど…でもそれは、一人で決められることじゃないだろう」
例え友雅がその気でも、あかねが納得しなくてはいけない。
もちろん、その逆もある。
それに、互いの仕事の多忙さや、彼女の両親の帰国がまだであるという理由があって、未だ婚約に留まってしまっているのを、イクティダールは知っていた。
彼らには彼らの理由があるのだから、それを無理矢理促してしまうのはどうだろうか…と、最後まで切り出すのをためらっていたのだと言った。
「でも………私は残念ながら、そこまで冷静じゃいられなかったんだよ」
友雅の手が頬にのびて、あかねの肩がぴくっと震えた。
「籍を入れることで、あかねが他の誰にも触れられない、自分だけのものになるのだと思ったら…じっとしていられなかった」
一刻でも早く、サインをしてしまいたくて。
挙式も何もかも、あとでいい。
すぐにでも、彼女を正式に妻として抱きしめたくて。
「お互いに、気持ちは分かり合えていると自信があったから…あかねなら、納得してくれるって思っていたけど…早とちりだったかな」
「……そんなことは…」
ただ、いきなりだから驚いてしまって…。
婚約はあくまでも約束にしか過ぎないけれど、籍を入れるとなったら…約束が叶えられてしまうから。
「そういう理由で、明日役所に行こうって誘ったんだよ。でもね、理由はどうあれ…気持ちだけは本物だよ?」
少しだけ顔を上げたところを、引き寄せられて唇が重なって。
目を閉じ、キスをしては、されて…の繰り返しが続く、
小さなぬくもりであっても、離れ難くてたまらなかった。
「たった一枚の書類を提出するだけだけど、それで君を永遠に独り占め出来るなら…こんな大切な儀式は他にないよ」
そう言って笑ったあと、もう一度彼はあかねの唇を奪った。
「で、明日…一緒に行ってくれる?」
あかねを抱き寄せて、もう一度改めて尋ねてみる。
薄暗い中でも分かるくらい、桜色に染まった顔をうつむかせて…彼女は"うん"とうなづいた。
「ふう、良かった。断られたら、どうしようかと思ったよ」
「こ、断るなんてこと………んきゃっ!」
ぎゅうっと友雅の腕が身体を強く抱きしめて、頬から顎からと唇が這い回る。
「ちょっ…やっ…くすぐったいーっ!」
「ふふ…嬉しくてたまらなくて。ちょっとの間、幸せを確かめさせて?」
こうして君を愛せるのは、自分だけなのだと自惚れさせて。
もう誰にも邪魔などされずに、ただずっと愛し合えることの幸せを、直に触れて確かめさせて。
それは、君にしか出来ないことだから。
「んもうっ…いい加減もうダメっ!お店に遅れちゃいますってば!」
調子に乗って、どんどんエスカレートしそうな彼の肩を、少し強めにぽん!と叩いて払い除けた。
せっかく久しぶりの外食だからと、予約まで入れてもらったのに…遅れたりしたら時間が勿体無い。
「仕方ない。続きは後回しにしよう。まずは食事が先だ」
「そうそう。お腹が空いてたら戦は出来ませんから」
「それって、食を満たして力がついたら、遠慮なく戦闘開始していいってこと?」
ぺちん!とあかねの手が、悪戯する子供を窘めるように彼の手のひらを叩いた。
「どうしていつも、そっちの方向に想像するんですかっ!」
「私の天使様は、旦那様を誘惑するが上手だからだよ」
はあ、と呆れ気味に溜息をつくあかねに、シートベルトを着けるように促して、エンジンをかける。
あかねのPASSOは、月曜日まで病院に留守番。
このまま彼のBMWで帰って、明日もそのまま彼の運転で出掛けて…月曜は久しぶりに一緒の出勤だ。
「そうだ。月曜の朝、あかねも一緒にあの患者の部屋に着いておいで」
「え?私はもう担当日は終わりましたよ?」
友雅は静かに笑いながら、首を横に振った。
看護の仕事よりも、ずっと大切なことがあるのだ。
「彼の前で、堂々と言ってやろうじゃないか。既にお互い、既婚者だってね」
明日書類を提出すれば、婚約者の関係は破棄されて…夫婦と認められる。
そうなれば、文句は言わせない。
「彼に正式に紹介するんだ。彼女が私の妻だって。だからあかねも……ね?」
「わ、私も言うんですかっ!?」
「当然。君が私の妻なら、私は君の……何?」
私は…あなたの奥さん。だからあなたは私の…………旦那様。
「ちゃんと言ってね?ぐうの音もでないほど、彼に見せつけてやるんだから」
一緒に生きて行くって、約束したの。
幸せになろうって、そう誓って。
だから私は、あなたと新しい道を進んでいく。
二人だけの…まっさらな道を、寄り添って。
「ね、友雅さん…エンジン、ちょっとだけ止めて」
ハンドルを握る彼の手に、そっとあかねが触れた。
彼女の言う通りに再びエンジンを止め、再び静かになった車の中で友雅はあかねを見つめた。
「どうしたんだい?何か忘れ物?」
「違うの------------------」
あかねが両手を翼のように広げて、友雅の胸の中に寄り掛かった。
そして、今度は自分から、彼の唇を奪った。
とろけるように甘くて、優しい味の天使のキスは、一度だけで十分心をとらえてしまう。
「私も何だかちょっと…幸せ確かめたくなっちゃったの」
「店に着くのが遅れるよ?」
「ちょっとだけ…遅れるって……連絡して?」
そんなこと天使に言われたら、どうやったって逆らえない。
「月曜が楽しみだよ。あの患者の悔しそうな顔を見られるかと思うと。」
月明かりの中で抱き合ったまま、友雅はそんな風に言って笑う。
「あっちには、あんなに綺麗な奥さんがいるじゃないですか。奥さんなんて、あの人で十分なんですよっ」
だいたい何もかも女性として完璧な彼女の下で、第二夫人だなんて…単なる引き立て役みたいなもんじゃないか、冗談じゃない。
「そうだね。私にはこんなに素敵な天使が、奥さんとしてここにいるんだし。」
---------------彼よりもずっと、私の方が幸せ者だ。
「誰が何と言おうと、譲るものか」
「……相変わらず、独占欲旺盛ですね」
くすくすと笑う天使の声。
その指先に指先を絡めて、笑い声を唇で塞ぐ。
「でも、私もこれから…友雅さんのこと独占しちゃおっかな」
「独占してないと思ったの?こんなに私の心を狂わせてるくせに…自覚が足りないよ、天使様」
ドクターは、たくさんの病を背負った患者さんのためだから、独占は出来ない。
看護師も同じ。大勢の患者のために、元気と治療を手助けしてあげる白衣の天使。
だけど二人でいるときだけは……ひとりのための、大切な人。
「大好き。ずっとこれからも……」
そのあとの言葉は、またキスで止められてしまったけれど、つないだ指先からきっと伝わってる。
………今日が終わっても、明日になっても…ずっと一緒……ね。
あなたのそばで、今よりもっと幸せになる。
-----THE END------
と見せかけて後日談に続きます(笑)。
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