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俺の天使に手を出すな
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| 第12話 (5) |
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一部始終に立ち会ってしまったせいで、どうも空気がぎくしゃくして気まずい。
病室を出てからも友雅は無言だし、何となく声も掛けにくくて、こそこそと彼の後ろを着いていくのみ。
(ありゃ、完全な宣戦布告ッスね…)
(というより、開き直った感じもあるが…)
友雅に聞こえないように、二人は彼の後ろ姿を眺めながら話した。
「先生、お待ち下さい」
立ち止まって振り返ると、イクティダールが慌てて追い掛けてきていた。
「先程はアクラム様が失礼な事を申し上げて、失礼致しました」
「いや、別にいつものことだし。それほど気にしてはいないよ」
…ホントか?
少なくとも、さっきのアクラムへの態度は、普段の友雅の迫力とは比べものにならない、歴然の差があったが。
「ただ…あかねの事に関してはね。もう、それは仕事上の付き合いでは解決出来ないことだし。個人的なことだから…黙って大人しくしていられなかったんだよ。」
髪を掻き上げながら話す友雅は、少し苦笑しているようにも見えた。
少し取り乱してしまったな、と自覚はある。
だけど、絶対に手放さないと誓った女性を、横から邪魔して奪おうとするものを、黙って眺めていられるわけがない。
もっと早く、堂々とそれを払い除けてやれば良かったのだ。
医師と患者という立場が、その想いを抑制させていたおかげで、相手を甘やかし過ぎて、どんどんこちらはストレスは大きくなるばかり。
思い返せば、"結婚"なんてものはプライベートの話題。
それなら、互いの立場など関係なかった。
遠慮なんてしなくて良かったのだ…と、気付いた。
「説得出来るように努力を、と自ら申し上げていたにも関わらず、何も出来ずに申し訳ございません」
イクティダールは、心からそれを詫びて頭を下げた。
アクラムの融通の効かなさは、十分承知だ。
例え信頼の置ける執事の彼であっても、簡単に流されるなんて無理だろう。そんな彼を責めるつもりはない。
「先生、これは私共の一存では敵わぬことでしたので、今まで申し上げたことがなかったのですが…。ひとつだけ、アクラム様のお考えを完全に阻止する方法がございます」
「……何だって?そんなことが可能なのかい?」
「先生と元宮さんが、同じお気持ちであるのなら…という前提がございますが…」
そんなことなら、さほど難しくもない。
アクラムを相手にするよりは、ずっと簡単だ。
もちろん内容によるが、自分たちは互いの心を十分に理解し合っている、と自信を持って言える。
問題を解決するためだと言えば、あかねだって分かってくれるかもしれない。
「是非、教えて貰いたいね。忠実な執事殿の為にも、彼と物騒なことに発展することは出来るだけ避けたいしね」
既にかなり物騒な状況になっているんじゃないのか…と、心の中で思いながら、森村たちは友雅とイクティダールの会話を、黙って聞いていた。
+++++
午後6時も15分ほど過ぎた。
あかねの勤務時間は午後5時で終了しているが、今日はまだナースステーションに滞在している。
「いいなー、外で夜ご飯だなんて。あたしなんか、外食なんていつ行ったか忘れちゃったよ」
「うちだって、滅多にそんなことは有りませんよ。家計に響くし。普通は家ご飯ばっかりですもん。」
そう彼女は言うけれど、友雅なら十分過ぎるほどの生活費を保てるはず。
何せ1カラットの予定だったエンゲージリングに、ぽーんと+1カラット=2カラットダイヤリングを贈ってしまうくらいなのだ。
「ほらほら、元宮さーん。お迎えが来たよ」
看護師に呼ばれて振り返ると、私服に着替え終えた友雅が、ナースステーションのドアに寄り掛かってそこにいる、
「結構早かったですね、終わるの」
「天使様をお待たせするのは、心苦しいからね。急いで片付けてきたよ。」
周囲の看護師たちが、そこらにあるファイルでぱたぱたと仰ぎ出す。
"今夜は何だか、やたらに暑いな〜"、"ここはエアコン全然効かないわ〜"とか、冷やかしながら。
「それじゃ、もう上がれる?」
「はい!あ…ちょっと待ってて下さいねっ」
テーブルの上に置かれていた数冊の本を、あかねはバッグの中に詰め込み始めた。
先輩が貸してくれた、看護師としてのキャリアアップについての本と、医療介護についての本だ。
読みたいと思っていたが、なかなか高い代物で購入を渋っていたものだから、有り難く借りてしっかり読まねば。
「元宮さん!ほら、タンブラーも忘れないで!」
「あ、すいませーん」
バッグの中を整理していると、今度は飲みかけのマイ・タンブラーを手渡された。
「ほらほら、カーディガンも忘れてるー」
「すいませーん!」
「それは私が受け取っておくよ。」
急いで迎えに来けれど、直前になったら結構慌ただしくなってしまった。
「ねえ、あかね。明日出掛ける予定のことだけれど-------」
「はい?ドレス探しと買い物ですよねー」
一冊どうしてもバッグに入らないサイズなので、それは諦めて抱えることにして。
代わりに残っていたタンブラーの中身は、この場で飲み干してバッグに入れてしまおう。
「私も明日、一緒に行って欲しいところがあるんだけれど。」
「え?何か買い物ありますか?」
そろそろ夏用のスーツでも必要かな?
ごくん、と最後までコーヒーを飲み干したあと、バッグにそれを入れようとした。
「一緒に区役所へ、行ってくれないかな」
手の中からタンブラーが滑り落ち、カランカランと音を立てて床に転がる。
一瞬、時が止まったような錯覚。
自分だけ?それとも…世界の全てがこんな状態?
で、今…彼は、何て言った…?
「きゃあ〜〜〜〜っ!!!!」
どしん!と後ろから背中を強く押されて、ふらふらっとバランスを崩しながらよろめく。
それを抱きとめるように支えたのは、いつも安心感を与えてくれる腕と胸。
「ちょっと〜!うそ〜!きゃ〜!!!!」
騒ぎ立てる周囲の声が響く。
けれども、あかねはまだ呆然としたまま。
「じゃ、私たちは帰るから、また来週ね」
「あ、あのっ!と、友雅さんっ!?あのっ……!!」
あかねの肩を抱いて、友雅は大騒ぎのナースステーションを後にする。
行き違いに、ステーションの賑わいに気付いた何人かの患者が、キョロキョロしながら病室を出てきたのを見かけたが、友雅は足早にそこを抜けてエレベーターへと向かった。
「…オーイ、一体何の騒ぎなんすかー、これ」
つい先日、あかねが妊娠したと騒いだおかげで、彼女からこっぴどく叱咤された彼は、ステーションに差し入れをするということで罷免となった。
帰宅する前に、差し入れのクッキーをステーションに置いて行こうと立ち寄ると…呆気にとられるほどの盛り上がり。
みんなきゃーきゃーと黄色い声を上げて…よく見たら、入院している患者の顔まであるじゃないか。
「ちょっとちょっと!ついに来たわよー!」
「はぁ?来たって何がですか。」
「元宮さんと橘先生!ついに入籍よーっ!!!」
幼なじみだし、何かと二人のことで騒ぎを広げた森村だから、この話題にもさぞかし大きな反応を示すだろう。
そう思っていた看護師たちだった……が。
「あー…せっかちだなぁ、橘センセ。まさかすぐにアクション起こすとは、思わなかったぜー」
テーブルの上に置いて森村はつぶやいた。
意外と冷静な彼の反応に、周りはちょっと拍子抜け。
「え、ねえ森村くん!もしかして…知ってたの!?」
「ちょっとまあ、色々あったもんでー。そうなるんじゃとは思ってたんスけど、行動早いなあ〜…」
頭を掻きながら椅子に腰掛けた森村を、わっと一斉に看護師たちが取り囲む。
とにかく、さっさと状況を説明しろ!と、言いたげな顔でこちらをじっと見て。
「分かりました分かりました!ちゃんと説明しますから、落ち着いて席について下さいよ」
こうなったら、話さないわけにもいくまい。
ま、一応ゴールインには変わりないことだし、バラしても今度は二人の機嫌を損なうことはないだろうから、ここは暴露してしまおう。
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