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俺の天使に手を出すな
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| 第11話 (3) |
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駐車場の奥に、駐輪場と兼用で設置されているバイク用のスペースがある。
スクーターや自転車が多く並ぶ中で、CB750の姿は結構目立つ。
「森村くん!!何度言ったら分かるの!廊下は走らないーっ!!!」
ヘルメットを抱えて、ほぼ全速力に近いスピードで駆け抜ける森村を、看護師長が叱咤する光景は既に日常的に成りつつあった。
「おっはようございまーす!すいませーんっ!ちと急いでるんでっ、今日は見逃して下さーいっ!!」
「見逃せるわけ、ないでしょうっ!!こらーっ!!」
そう叫んでも、立ち止まるわけもなく。
あっという間に、彼の背中は見えなくなる。
一体、何度注意していることか。
元気が良すぎるというのも、時々弊害がある。
「いらっしゃいませー!おはようございます」
「あ、えーとっ…ミックスサンドとフライドチキンとー…あと、アメリカンのホットをテイクアウトで!」
ポケットから取り出したコーヒー無料券と、フード10%OFF券を同時にレジに差し出して、森村は空いている席に腰を下ろした。
クーポンは、以前リハビリ科の源からもらったものだ。
ぼんやりしているうちに、期間切れギリギリ二日前になってしまって、慌てて利用しなくては!と店に駆け込んで来た次第。
例え一杯のコーヒーであっても、無料というのは魅力。10%程度のOFFと言えど、使わないのは勿体無い。
制度が変わっても、研修医の現実はまだまだ厳しい。
あらゆる面で、セコいくらい節約せねばやっていけないのだ。
コーヒーが抽出されているのを、森村はぼんやりと眺めている。
すると、店内に流れるジャズに混じって、スタッフの雑談らしき声が入って来た。
手前にカウンターがあるので、そこにいる同い年くらいの男性スタッフ3人組が、会話の主のようだ。
「でも、俺も昨日聞いたし」
「ホントか〜?だって橘先生だぜ?そういうのは、しっかりしてんじゃないの?ドクターじゃん。」
「じゃあ、何で先生も元宮さんも、安倍先生と話してたんだよー?」
両側から二人に問い詰められて、一人の青年は言葉を濁す。
「俺は、絶対そうだと思うね。」
「俺も同意見。元宮さん、出来ちゃったんだよ、きっと。」
そう言って、前の二人がうんうんとうなづいた…………その時。
「なにおぉぉぉぉー!!??」
大声でカウンターに乗り出して来た、もう一人。
…ま、誰もがこのリアクションでお察しだろうが、一応説明しておくと、その猛一人とは森村である。
「ちょっと待った!ちょ、ちょっとアンタら、その話…!今の話!さ、最初から聞かせてくんね!?」
とんでもなく動揺した男が顔を出したので、彼らの方が驚いて一瞬たじろいたが、よく見ると見覚えのある顔だったので、落ち着きを取り戻した。
そういえば彼は、あかねと幼なじみだとか言っていたし、それで今の話が気に掛かったのか…と皆は納得した。
「いやね、昨日の夜、元宮さんと安倍先生がお店で話してたんですよ。そしたらこいつが…」
「俺、フロアの片付けで近くを通り過ぎたんですけど。安倍先生が元宮さんに、『検査に来い』とか言ってて。」
「安倍先生って、産婦人科じゃないですか。だから、もしやおめでたか!?思って」
三人は順々に、昨日のことを簡潔に説明した。
…検査に来るようにと、安倍が彼女に言っていたって…ホントなのか。
「で、でもさ!検査って言っても色々あるじゃん!?俺も妹いるけどっ、女っていろいろあるみたいだしさっ…」
毎月のそーいうモノとか、女性ホルモンがナントカだとか…何かと困ったことが多いらしい。
一方で、男にも男にしか分からない、男なりのツライあれこれがあるのだが。
「ま、ホントかなーって俺らも半信半疑だったんですけどね。」
「そしたら今朝、やけに橘先生が早くお店にやって来て、すぐに後から元宮さんが来たんですよ」
出来上がった品物を袋に入れながら、彼らたちは話を続ける。
「ひそひそ話してるのが、妙に気になっちゃって。昨日の事もあるんで、さりげなーくテーブルを拭く振りで近付いたんスよね」
「そしたら、こいつ慌てて戻って来て、『妊娠してる』とか言ってたって」
「う、うそだろぉぉぉー!!??」
さっきより大きな声だったので、店内の客が一斉にこっちを見た。
慌てて森村たちは顔を背け、縮こまって隅に移動する。
「き、聞き間違いとかじゃねえのっ!?」
「だって、そのあと橘先生も、外で安倍先生に何か聞いてたみたいで。こりゃあ間違いないなと。」
確かに、聞いてきた話をまとめれば…そう思っても不思議ではない。
だが、友雅がそんな無計画なことをするだろうか…。
"予定外のことがないように、買い置きは切らさない。でも、気持ちは予定外のことが起こりやすいから、いつも持ち歩いてもいる"
とか何とか言って、こっちが別に聞いてもいないのに、わざわざソレを出して見せたりする、あの友雅が(←ある意味、青年への精神的セクハラ)。
「あの二人、付き合い長いんでしょ?」
あかねが高校の時からの付き合いらしいから、もう5年くらいなのだろうか。
「正式に婚約もしちゃって、多分、緊張感が途切れて……先生もうっかり手を抜いちゃったんじゃないっすかー?」
「そそそそ、そんなこたぁないだろっ!橘先生は、め、名医だぜ?あれでも!」
あれでも、ってどういうことだ。
「いやー…でも、名医だからって二人きりになったら、どうしようもないっしょ。橘先生だって男だし。」
「男だからこそ、我慢出来なくて頭が回らなくなっちゃうってことも、あるじゃないですか!」
確かに、融通の利かない欲望っていうものがあるのは、身に染みて分かっているけれどもっ。
「先生、元宮さんにベタ惚れでしょー?。だったらアッチの方だって、張り切り過ぎちゃって、つい…」
「うわーっ!朝からそんな話をすんじゃねえーっ!!!」
…そっちが話せと言うから、話しただけのことなのだが。
頭を抱えて混乱している森村を眺めて、彼らは心の中でそうつぶやいた。
+++++
「これはまた、かなり日本的な佇まいのお屋敷ですね」
完成間近である屋敷の写真を、院長から見せられた友雅は、そう答えた。
庭はきちんとした植木で彩られ、池も配置された日本庭園。
そして屋敷の方は、まさに完璧とも言える数寄屋造り。離れには、茶室までが誂えてある。
「藤は茶道を習っていてね。これが結構美味い茶を点てるんでねえ………」
院長名物の孫自慢が、また始まった。
こういう話は、耳にタコが出来るほど聞いているので、さらっと聞き流して正解。
「この造りでは、異国の方には馴染みにくいでしょうかね?」
「うーむ。あちらはおそらく、西洋式の生活習慣だろうからな…」
結局のところ埒が開かなかったので、最悪の結果…完成する娘夫婦の邸宅を一年ほど貸す、という最終策を決めた。
だが、見せて貰った写真のとおり、完全な日本家屋の造りであるこの屋敷に、彼らが住みやすいと感じるかどうか…それも気になる。
「院長、この写真をお借りしても良いですか?」
これから彼の診察に行く。
アクラムとは話が通じなくても、執事のイクティダールなら話し合えるはずだ。
「頼むよ、橘くん。あと、その………」
立ち上がった友雅に、院長の狼狽えるような目が投げかけられる。
「そ、その…くれぐれも患者さんとは…お、穏やかな関係を…」
「……努力は致します」
友雅の返事は、たった一言だけだった。
「しかし…元宮さんのことが絡んで来ると、橘くんは人が変わるから…ホント、気を遣うよ…」
彼が出ていったあと、院長はようやく肩の荷が下りた気がして、どっしりと椅子に寄りかかった。
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