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天使様のOMOTENASHI
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180以上の身体を思い切り大の字に広げても、有り余るくらいのダブルベッドを独占して眠るのは最高に気持ち良い。
ドタバタしていた昨日の疲れもすっかり抜けて、起きたばかりなのに身体が軽い。
「おおお…」
窓を開けたら、雲ひとつないクリアな青空。
遠くにうっすらと見える富士山のシルエットに、思わず感嘆の声が出てしまう。
「いやー…別世界だわ」
時計の表示はまだ6時前だが、こんなに気分の良い朝なら早起きも得した気分だ。
スマホに残されているあかねからのメッセージには、朝食が出来るのは6時半と書かれている。
もう少し時間があるし、昨日借りた本でも読んでおこう。
パラッとめくった感じでは専門的な内容ばかりだったけれど、最先端の治療法や臨床実験中の医薬品の効果など面白い記事が多かった。
そろそろ自分も、専門分野を決めなくてはならない時期だ。
色々な科を経験してきたけれど、それなりにどこも実のある時間を過ごせた。あとは実家とも相談して、先のことを決めようと思う。
「簡単なものばっかりでごめんねー。朝はいつもこんな感じなのよ」
「これが簡単とか言ったら、俺の日常なんか見せらんねーわ」
トースト、サラダ、スクランブルエッグ、ボイルソーセージ、スープ、ヨーグルトのフルーツ添え、そしてコーヒー。
殆どワンプレートとはいえど、これだけ朝から揃えられたら十分だろうに。
「夕べはよく休めたいかい?」
「もー、ぐっすり眠れました!。おかげで6時前には起きちゃいまして」
「そうだったの?ごめんね、おなか空いてたでしょ。ホントはもっと早く用意したかったんだけど」
「すまなかったね。責任は殆ど私にあるのだけど」
………ちょっと考えて、ハッとする。
同時にあかねが友雅の背中を肘で突いて、頬を少しだけ赤らめる。
朝っぱらから、刺激の強いものを見せられてしまった…。
まあ、夫婦なのだし当然のことと言えばそうなのだけれど、さすがに朝からこの調子では胸焼けしそうだ。
昨日と同じように、友雅の車で三人揃って出勤。
あかねは看護師用のロッカールームへ。友雅と森村は医局へと向かった。
「森村くんと橘先生が一緒に出勤って、なんか不思議な感じね…」
馴染みのない光景を見て、研修医仲間がそんな風に言う。
友雅がデスクに着いて森村がロッカーから白衣を取り出すと、わらわらと皆が集まって来た。
「橘先生んとこのゲストルームって、どんなんだった?」
「おう、すげえぞ」
興味津々の仲間たちにスマホで撮影した部屋の様子を見せると、皆当然ながら驚きの声を上げた。
「何これすげ!高級ホテルじゃんか!」
「マジ!?先生んとこの部屋も、こんなんなのか?」
「いや、先生んちはもっと普通だけどさー」
普通だけど、一般的な"普通"から比べたらハイレベル。
さすがにプライベードの場所は、写真など撮れなかったので口で説明するしかないけども。
「食事は?元宮さんの料理食ったの?」
「ああ。結構良いもの食わしてもらった。頑張ってるぜ、俺らが思ってるより」
「忙しいだろうに、よくやってるなあ元宮さん」
あかねに構ってもらうのが嬉しい友雅と同じで、多分彼女もまた友雅のことを構うのが楽しいんだろう。
そうでもなければ、いくら好きだからってあんなに世話焼きしてられない。
「…で、二人とも家じゃどんななの」
どんななの?とはどういう感じなのか、という意味の問いだ。
家ではどんな雰囲気なのか。職場以上に…その、イチャイチャしているのかと…。
「俺も覚悟してたけど、そこまで露骨じゃなかった」
「そーなの?てっきりヤバいと思ってたのに。一応他人がいるから、自制してたんかな?」
まあそれはあると思う。いくら自宅でも、他人を招いた場合は人目も気にして遠慮がちだっただろう。
でも、あの二人のことだし…。ポロッと匂わせるようなことを口にするあたり、普段は目も当てられない"二人の世界"状態なんだろうなと推測出来る。
「森村くん、回診に行くよ」
友雅が声を掛けると、皆がぴしっと背中を正した。
のんびりした時間はここで一旦終了。今日もハードな一日が始まる。
昼食も用意してくれると言われたが、さすがにそこまで甘えるのは気が引けた。
そこは一応辞退しておいて、いつものように森村は食堂にいる。
日替わりのB定食550円。あかねの料理には量も質も及ばないけれど、こういう味が妙にホッとする悲しい庶民性である。
「あー、森村いいところに来た!こっちこっち」
定食のトレイを持って席を探していると、先に食事をしていた同僚の研修医が森村を見つけて手招きした。
呼ばれるがままに、彼らと同じ席に着く。
現在皮膚科と小児科で研修を受けている彼らは、寮で森村と同じフロアに住む者たちだ。
「寮の工事、今朝終わったって連絡があったぜ」
「マジで?じゃあもう部屋に戻れんの」
ベランダの方は一日ほど使えないが、内装は終了したので生活出来るらしい。
「でも、おまえ今日まで橘先生んとこなんだろ?」
「うー…どうすっかなあ」
ゴージャスなゲストルームより、自分の部屋の方が間違いなく気楽に過ごせる。
だけど、あんな部屋を自由に使える機会なんて滅多にないかもなと今は思うし…。
ところかわって、東棟にある講堂前のエントランス。
使用予定がない施設を探し出しては、そこが二人で昼休みを過ごす場所になる。
「冷房が効いていても、この時期は冷たい飲み物が心地良いね」
「そうですねー。身体がしゃきっとして生き返りますねー」
半凍らせ状態にしたコーヒーが、昼過ぎになると丁度溶けて飲み頃に。
彼にはそのままブラックで、あかねはガムシロとミルクのポーションを一つずつ。
「天真くんも遠慮しないでお昼持って行けば良かったのに」
サンドウィッチなんて、あと一人分くらい増えても平気だったのだが。
「でも、天使様特製のクラブハウスサンドは、私だけの特別メニューにしたいけれどね」
何の変哲もないサンドウィッチなのに、彼がそんな風に言うのは二人にとって特別なものだから。
まだ正式に付き合う前、あかねが実習生だった頃。
ちょっとしたきっかけで、手作りのそれを食べさせてあげたことが全ての始まり。
想い出のあるメニューだから、今でも何かと言えばリクエストされる。
「…あれ?」
ポケットのPHSが震動していたので取り上げると、森村からメールが届いていた。
「友雅さん、ゲストルームって今からキャンセル出来ます?」
「森村くんの部屋?出来ることは出来るけれど、料金は戻らないだろうな」
「そっか…。じゃあ無理かなあ」
メールの内容を見せてもらうと、寮の工事が早く終了したので戻れる状態にあるという。
なので、出来れば今日から自分の部屋に帰還したいのだが、という話。
「そういうことなら構わないよ。料金は気にしなくて良いと返事しておくれ」
既に代金は支払っているのだし、泊まる泊まらないにしても相手の都合なのだから、こちらに気を使う必要などない。
部屋の荷物は預かっておいて、明日にでも医局で手渡せば良い。
すぐにメールの返事が来て、友雅に謝っておいてくれと頭を下げる顔文字がいくつも連なっていた。
と同時に、本をもうしばらく借りていて良いか?という問いも。
「良いよ。気が済むまで読んで、分からなかったことがあれば聞きにおいで」
彼には難しいレベルの内容なのに、それでも読み終えようとするとは本当に勉強熱心だ。
学会に帯同させた教授も、きっとそんなところを注目していたんだろう。
「今日まで仕込んでいた料理、どうしようかなー。何か利用法考えなくちゃ」
今夜と明日の朝の料理、三人分を用意していたのだが、どうするか。
朝晩の食事では間に合わなそうだから、ランチに利用出来る応用法を見つけるとするか。
しかし、それよりも勿体ないのは、空き部屋になってしまったゲストルーム。
「だったら、私たちが利用してみるかい?」
「は?マンションの住人なのに?」
住人は利用禁止という規約は特にないし、料金を支払っているのにまるまる空けてしまうのも勿体ない。
ルームクリーニングもベッドメイキングも済んでいるだろうし、利用者が入れ替わっても問題はあるまい。
食事を自宅で済ませたら、ゲストルームに移動してホテルライクな一夜を過ごす。
「うわー、何かスゴい贅沢してるような」
「気分を変えて過ごすのも、良いんじゃないかい?」
でも、食事をするなら我が家が一番。天使様の作る料理を味わうのが最高の贅沢。
「じゃあ、ちゃんと残さずに食べて下さいよ?」
「勿論。料理も天使様も、丸ごと残さずに頂こう」
抱きしめてくる彼を肘で突いてみせて、あとは好きなようにさせて。
こんなところ、他人がいたら見せられないよね…と笑いながらも、お客様をもてなすのがなくなったのも少し残念。
「ねえ、今度パーティールームとか借りましょうよ」
最上階にあるその部屋は、大きく張り出した窓から遠方が見渡せる。
キッチンも設備されていて、テラスに出れば夜風を浴びることも出来る。
「花火大会の日とかに仲の良い人ばかり呼んで、みんなで色々持ち寄ってとか」
「ああ、そういうことなら良いかな」
二人の部屋を邪魔するわけじゃなければ、そういう楽しみ方もアリだろう。
一人の方が気楽だった生活も、二人になってから別の楽しみが見つかる。
親しい者たちと触れ合う賑やかな時間。
だが、それも意外と悪くないものだ。
-----THE END-----
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