天使様のOMOTENASHI

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「あれ?天真くん帰っちゃうの?」
洗濯を終えてリビングに戻って来ると、丁度森村が玄関に行くところだった。
「お茶でも入れようと思ってたのにー」
「いやー、もう随分ゴチになっちまったしさ。部屋に帰ってゆっくり風呂るわ」
そう言った森村の手に、雑誌と本が抱えられている。
もちろんそれは、友雅の私物だ。
「こないだの学会で出て来た内容が載ってる本があるって、先生に聞いたもんでさ。ちょっと貸してもらって読もうと思って」
人工関節とか関節リウマチの理学療法についてとか、友雅の書斎にある本棚に並んでいた医学書。
そして、医学雑誌の最新号やバックナンバーを数冊。
「明日の仕事に差し支えない程度にね。読み終えられなければ、しばらく借りていても良いよ」
「はいー。じゃ、ごちそーさまでしたー」
本と一緒に持たされた缶ビール2つを手に、森村は帰って行く。
いきなり部屋の中が静かになった…と思ったら、すかさず隣に寄り添ってくるぬくもり。
「これからは、天使様と逢い引き出来る時間だね」
「切り替えが早すぎですよ。今まで、面倒見の良いドクターそのものだったのに」
あかねは腰に添えられた友雅の手に重心を預け、二人揃ってリビングに戻る。

いつものグラスをふたつ。
しっかりと冷えた、レモンバームのアイスハーブティー。
「友雅さんて、天真くんをどう思ってるんですか?」
「毎日何かと重労働だけど、しっかり頑張っていると思うよ。」
「…うーん、そういう意味はなくてですね」
少し前のめりに身を乗り出し、あかねはもう一度友雅に尋ねる。
「他の研修医の人たちと比べると、随分目を掛けてるような気がして。」
「そりゃあ森村くんは、研修医としてでなくあかねの幼なじみでもあるから、少しは特別な目で見てはいるよ」
「それだけですか?」
緩めのエアコンに、グラスを傾けるたび奏でられる氷の響き。
三人目の椅子は、もうしばらく空席のままで。
「天真くんが整外に来てくれるように、色々お世話してるのかなあって思ったんですけど」
「ああ、そうだねえ…」
各科を渡り歩く長い研修期間が終わったら、彼らは自ら専門の科を選ぶ。
選択理由は人それぞれ。人気のある科もあれば、人員が増えない科もある。
整形外科はポピュラーな方なので、人が足りないという状況はあまりないけれど、それでも内科や一般外科と比べると多いとは言えない。

「森村くんの父上は、開業医だったっけね」
「はい。内科の先生ですよ」
「となると、やっぱり後を継ぐことを考えているのかな」
彼の父は幼い頃からよく知っているけれど、後継ぎを強制するような口うるさい人ではなかった。
むしろ、町のお医者さんらしく地域の人たちに慕われている、人情家タイプの暖かみのある人だ。
「そうは言っても、天真くんなりに考えてたんだと思いますけどね」
学生の頃は常に運動部所属だったが、クールダウンやストレッチ方法にも興味を持っていたし、筋肉の動きとか内面的なことも先生たちによく聞いたりしていた。
中二から家庭教師に着いてもらって、医大進学に力を入れている高校に進んで、そして医大生になって。
「じゃあやっぱり、ゆくゆくは家を継ぐんだろうね」
「多分。男の子は天真くんだけですし」
性格も思考もあまり理系とは言えないけれど、内側ではちゃんと計画的に将来を考えているのだと思う。

「彼がうちを選んでくれたら、確かに面白いだろうな」
「天真くん、友雅さんのお眼鏡に敵うようなところがあったんですか?」
「ああ見えて、結構几帳面だよ彼。」
現場で直に森村の作業を見ていたが、見かけによらず丁寧な作業を施す。
疑問があれば納得するまで尋ねてくるし、研修医の中でもかなり勉強熱心だ。
「外科向きだと思うのだけどねえ。まあこればかりは彼次第だから、こちらから何も言えないけれど」
ただ…、と友雅は続ける。
「いずれ内科の実家を継ぐとしても、外科の経験を持っていて損ではないんじゃないかな」
それに、親子で内科と外科を診ることが出来れば、将来的にも医院のプラスになるのでは。
「強制はしないけれど、もし整外とか選択してくれたとしたら、一人前のドクターに育ててあげたいね」
やっぱり友雅は、森村のことを買っていたのだ。
しかも、あかねが思っていたよりも真面目に、そしてしっかりと彼の医師の素質を見極めていた。
「くれぐれも、森村くんにはオフレコでね。変なプレッシャーは与えたくないし」
「分かりました。でも、なんだか嬉しいな」
「あかねが?」
「うん。だって天真くんは私の友達だし。その友達を友雅さんが認めてくれてるってちょっと嬉しい」
「認めるに等しい力を彼が持っているからだよ」
いつの時代も研修医は、使いっ走りや雑用を押し付けられて辟易するもの。
その時期をどう乗り越えるか、どう取り組むか。指導する側としては、そこが重要視されるところである。
「どう成長していくか、見続けてみたいものだよ」
いつか彼がこの病院を去って家を継いだとしても、医術の道は常に同じところで繋がっている。
場所がどこであれ、患者の心身を治癒する任は変わらない。
「天真くんが整外選んでくれたら良いなあ…」
あかねもまた、友雅の指導下で一人前の医師になっていく森村を見てみたい。

「そういうあかねは、どうして整外を希望したんだい?」
「ワタシですか?そうですねえ…」
しらばっくれてみるけれど、ひとつの理由は決まっている。
看護師としての心構えは、もちろん持っている。
その上で、自分がどこの科に合っているか。どこの科ならやりがいを感じるか。それらを含めて希望を出す。
あくまで希望であって、確実に選択出来るものではないけれど。
「色々な年代の患者さんがいるでしょう。患者さんへの接し方を一番学べるかなと思って。」
確かに整形外科に来る患者の年齢層は広い。
腰痛や肩こりに悩む高齢者もいれば、部活で怪我をした学生もいる。
年齢や家庭環境などによって、接し方を考慮しなくてはならないこともしばしば。
それにはここ、整形外科が良いと思ったからだ。
ただし、骨折など身動きを制限される患者も少なくないため、意外と力仕事が多くハードではある。
「でも…そんなのはどこの科でも同じですよ。楽なところなんてないです。患者さんの命を預かっているんですから」
生命の危機にさらされる症状は少なくても、人によってその怪我が命取りになる場合もある。
患者の誰もが煩わしいものを消去し、軽やかに生きて行ける術を得たいからこそ病院にやって来るのだ。
「真面目だねえ…ホントに」
思わず苦笑してしまうくらい、本当にあかねは真面目すぎるくらい真面目だ。
なりたての看護師ならいざ知らず、もう十分経験を積んだいうのに未だ初心を忘れていない。
看護師長など内部の人間だけじゃなく、患者にも評判が良いのはそういうところだろう。

だが、品行方正な答え以外の理由もやはり知りたい。
それを察してか、あかねは続けてもうひとつの理由を口にした。
「あとは…整外に尊敬する先生がいたからです、ね」
「へえ。天使様にそこまで慕われるとは、どんなドクターだろう?」
「すごい名医ですよー。腕もたつし、意外と患者さんにも親身になって接してくれますし。」
「ふうん…他には?」
「他にはですね、女性がキャーキャー言いますよ。見た目は全然お医者さんっぽくないです」
自分は特に面食いではないと思っていたあかねだったが、彼を引き合いに出したら誰一人として信用してもらえない。それくらいの外見の持ち主で。
でも、何よりも彼は…
「私を一番分かってくれてる先生なんです」
「そこは、"一番大好きな先生"と言ってくれた方が彼も喜ぶと思うけどねえ」
「必要ないですよ。だって、言ったでしょ?」
私を一番分かってくれているから、私がどう思っていることも分かっているもの。
「そういうことを言うと、都合良く解釈されるよ?」
「大丈夫です、尊敬する先生のことですから。信頼していますし」
「天使様にそこまで心を預けてもらえるとは、本当に幸せなドクターだ」
ソファの上に身体が傾けられ、レモンバームの香りのする唇が重心と共に近付く。
背中に手を回せば、自然と心同士が通じ合う。
「寝坊させないでくださいね」
彼の耳元でそう一言告げたら-----------あとは各自のご想像におまかせ。



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Megumi,Ka

suga