天使様の願いごと

 004---------
---------社員用カフェテラス。

「始めにその旨を、お話すれば良かったんじゃないですか?」
「…生憎、そんな余裕もない状態だったのでねえ…」
はあ、とまた友雅はためいきをこぼす。
「いきなりラブホテルに連れ込まれたら、そりゃ元宮さんも怒るでしょうに…」
はあ、と続いてためいきをついたのは、藤原の方だ。
食後のコーヒーにスティックシュガー半分。
銀色のスプーンで、カップの中をくるくると回す。

「せめてご自宅に戻られてから、の方が良かったのではと思いますが。」
「無理。ホントに枯渇していたんだからね。非常事態だよ。」
よくもまあ、そういうことをさらっと。
たかが一週間、されど一週間。
しかし、そもそも家に帰っても勤務先に出掛けても、同じ場所にいることは変わりないふたり。
そこまで言うほど相手が恋しいなんて…思うものだろうか?

「食事が済んだら、そのまま部屋に泊まってゆっくり…と思ったんだけれど。」
部屋に入ったとたんに、あかねにこっぴどく叱られた。
旅の移動や学会のことで、かなり疲れているはずなのだ。
だから今夜はゆっくり休んで、疲れを癒して欲しいと思っていたのに……こんなところに来るなんて!と。
「疲れているからこそ、あかねに甘えたかったんだがね。」
どうにか言いくるめようと、力任せにベッドに押し倒した。
が、彼の天使はきっちりしたモラルを持った、真面目でしっかり者の天使である。

----自分の身体を考えたらどうですか!まずは疲労回復が先でしょう!!

一週間も離れていたおかげで、甘美な二人きりのひとときが、欲しくて欲しくてたまらなくて。
家に帰る時間さえ勿体なく、彼女のいる病院にまで押し掛けて。
そして、食事のあとはそのまま愛しあえるように…と、あのホテルに行ったのだ。
「ですが橘先生、元宮さんは本当に先生のお身体を考えて、そう厳しく言われたんですよ?」
だらりと気の抜けた態度で、友雅はテーブルにひれ伏している。
すっかり氷の溶けたアイスコーヒー。
紙のコースターはふやけて、惨めな形に変貌していた。
「仲睦まじいことは結構です。が、元宮さんは先生のそばに、いつもいて下さるじゃないですか。今すぐと焦らずとも、隣にいて下さいますよ。」
仕事場では、部下と上司の関係をきっちり保っている。
プライベートな関係は、仕事中は絶対に持ちこまない。
たまに周りから冷やかされて、ついうっかり地が出るときもあるけれど、それはご愛敬だ。

食事の栄養バランスだとか、季節の変わり目には衣替えをしなければ、とか。
常に多忙なドクターである彼のために、夜食の差し入れとかまで考えて。
「元宮さんは、先生のことを第一に考えてくれているんですよ。彼女の言うことに従って、間違いはありません。」
「………」
他人の藤原に言われなくとも、そんなの十分身に染みて分かっている。
恋人同士だった時から、ずっと彼女はそういう感じだ。
自分の疲れをいち早く察して、食事もそんな疲労が回復するものを作ってくれたりして。
最近は仕事で教えてもらったのだ、と言いながら、肩や背中のマッサージなどもしてくれる。
全部、自分を労ってくれているからなんだろう、と感じるたびに、彼女のことが更に愛しくなる。

が、哀しいかな自分は本当に"男"であって。
その愛しさをもっと体感したくて……つい本能に任せて求めてしまう。
抱きしめるだけでも良いのに、身体と心が冷静さを保ってくれない。
一度は落ち着いていても、彼女を見つめていると---------いつのまにか。

「…ああ見えて、私の天使はすごいフェロモンの持ち主なのかもしれないな」
「は?何か言いましたか?」
ぼそっとこぼした友雅のつぶやきを、藤原ははっきり聞き取れなかったらしい。
まあ、聞いたところで困るような内容なのだが。


「そういえば橘先生、七夕の笹に飾る短冊、もう書かれましたか?」
短冊?ああ、そういえば…もうそういう時期か。
毎年院内のあちこちに笹を飾り、患者もスタッフも一緒に参加する七夕イベント。
ドクターである自分たちも、それらに飾る短冊を書くことになっている。
「君は?もう書いたのかい?」
「ええ。既に玄関の笹に飾って貰いました。」
生真面目な藤原だから、おそらく内容も品行方正なことを書いたんだろう。
自分は………そうだな。やっぱり…あかねのことかな。
天使が機嫌を直してくれるように。
天使に嫌われていませんように。

「ふふっ…まったくしょうがない男だねえ、私は」
情けないやら惨めやら。
それでも真っ直ぐに見つめられるのは、彼女一人しかいないし考えることも出来ないから。
健気にそんな願いを込めるくらいしか、今は思い付かない。




診療時間が終わり、時刻では夕暮れが迫っていた。
しかし夏場は日が高く、まだまだ夜には程遠いような気がする。
だが、閉められた玄関のエントランスは、しんと静まっていて人の気配も皆無。
溢れかえっていた待合室も、誰一人として姿は見えない。
受付や薬局も閉じられて、薄いブラインドが下ろされていた。

「さて……」
友雅は、枝垂れるように飾ってある、大きな笹の下へとやって来た。
小児科の子どもたちが作った、折り紙の飾りが華やかに飾られ、その中にたくさんの短冊が吊されている。
願いごとは、いろいろだ。
医療業界の人間らしく、世界から難病ななくなるように、とか、入院患者が全員退院しますように、とか。
「ん?はは…これは森村くんのか」
目立つところに飾られた、オレンジの短冊には"森村"と署名までされている。
内容は青年らしい、"彼女が出来ますように"とかいう類のものだ。

恋の願い…か。
そうだな、私も今は同じような願いごとだな。
天使に振り向いて欲しくて、あの笑顔が見たくて……。
そんな想いを込めて、枝垂れた枝に手を伸ばす。

でも、まずは今夜これから家に帰って…彼女とどんな顔で接しようかと。
普通を装って、何もなかったように振る舞って?
だけど彼女は、そんな風に流してくれるだろうか。
……手厳しいからね、彼女。
さあ、これからどうするべきか。
そんな考え事をしながら、友雅はエントランスを出ていこうとした---その先に。
白いナースシューズのつま先が見えて、それはぴたっと立ち止まった。
顔を上げると、吹き抜けの天窓から差し込む夕暮れに照らされ、一人の天使の姿が現れた。



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Megumi,Ka

suga