Just the Way You Are

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随分と帰宅が遅くなってしまった。
久しぶりの再会だったので、なかなかおひらきにするタイミングが作れず、気付いたら午前様一歩手前だった。
遅くなる旨と『帰るコール』はしておいたけれど、明日も仕事だからもう少し早めに切り上げれば良かったかな?とエレベーターの中で考えたり。
…でも、しょうがないよねえ。
元はといえば今回の女子会のメインは、あかねの結婚祝いも兼ねた集まりだった。
披露宴らしきものは職場関係のみで終えてしまったから、親しい友人たちに直で報告する場もないままで気に掛けていたのだ。
近いうちにこちらから連絡を…と思っていたときのお誘い。
平日の夜だったけど、やっぱり行って良かった…と、お土産に貰った花束を抱えてフロアに下りた。

インターホンは鳴らさずに、そっとドアを開ける。
先に寝ていてと言っていたので、中に入るとリビングの照明は消えていた。
まず、貰った花束を生けておかないと。
バッグとカーディガンをソファにおいて、キッチンへ。
フラワーベースに花を移してから、思い出したようにあかねは冷蔵庫を開けた。
「よし!」
今朝入れておいたタッパーは入っていない。
食器洗浄機を使った形跡があり、水切りバスケットには皿や器が置かれていた。
「良かった。ちゃんと食べてくれたんだー」
森村にも頼んでおいたのが良かったか。
これでも彼の健康を考えて、栄養士の永泉にレシピを教えてもらっているのだ。
仕事場では何かと指示を仰ぐ上司だけど、私生活ではパートナー。
ずっと近くで見守ってくれていて、時に背中を押してくれて、時にこの手を引いてくれて。
出会った頃から、変わってないな…そういうところも。
そんな彼を、今度は自分もサポートして行きたい。
一緒に生きて行くことが出来るからこそ、自分も彼の力になりたい。

「…友雅さん?」
手を止めて、視線を感じる方へと顔を向けた。
リビングのドアがいつのまにか開いていて、友雅がそこに立っている。
「びっくりするじゃないですか、声掛けてくださいよ」
「いきなり掛けたら、逆に驚かせるかと思ってね。しばしの間、天使と花束の優美なコラボを眺めていたんだよ」
照明を付けて、彼はキッチンへと歩いて来る。
そしてあかねの背後に立ち、頬におかえりのキスをした。
「もしかして寝てたの、起こしちゃいました?」
「いいや。丁度喉が乾いて目が覚めたところだった」
そう言って彼は、冷蔵庫から冷えたペリエレモンを一本取り出した。
あかねはそれ以上詮索はしなかったが、多分彼の言葉は嘘なんだろうなと感じた。
丁度目覚めたなんて言っているけど、きっと自分が帰宅するのを待っていてくれたんだろう。
起きて待っていても、物音で起こしてしまったとしても、どちらもあかねに負のイメージを抱かせかねない。
だから偶然を装って------------彼はそういう人なのだ。

「で、久しぶりの女子会は楽しかったかい?」
「あ…はい、すっごく。もう色々と話が尽きなくて…」
取り敢えず場所を移して、少し彼と話をしよう。
楽しかった今夜のこと、彼にも感じて欲しいから。



テーブルの上に花を飾って、隣にペリエとレモネードのボトルを二本。
ソファに並んで座り、あかねは堰を切ったように話し始めた。
「そうか。みんな順調に看護師生活を歩んでいるのだね」
「ええ。環境とかは色々ですけど、頑張ってるみたいでホッとしました」
総合病院や個人経営のクリニックなど、勤務先はみんなバラバラ。
だが、念願の看護師となった今も、更なる高みを目指して歩き続けている。
「あかねも含めて、みんな熱意が凄いねえ」
「当然です。どうせなら、誰から見ても理想的な看護師を目指したいですからね」
実習生の中でも、とびきり真面目でやる気のある子だった。
適度に肩の力を抜いても良いのに、どんなことも集中して真っすぐで。
「そんなところが眩しかったのかな」
「え?何が?」
何でもない、と友雅は笑ってごまかした。
隣にいる彼女は、今でも彼にとって眩しいほどの存在だ。

フラワーベースの花の中に、差し込まれたメッセージカードに手を伸ばす。
「お祝いにもらったのかい?」
「…はい。用意してくれたみたいで」
"ご結婚おめでとう"のあとに、友人たちの名前が自筆で記されている。
優しいパステルカラーのバラが、あふれるほどたくさん。
「何か言われた?」
「あー…色々言われましたよー。"どうやったらあんな大物GETできるんだ"って」
「また随分と過大評価されたものだねえ」
「何言ってんですか!友雅さん自覚ないんですかっ」
あまりにしれっと友雅が答えるので、呆れぎみにあかねは言ったが、しばらくしてふと考えた。
彼が実習生を世話するのは、別に自分たちだけだったわけじゃない。
以前にも担当したことはあっただろうし、現在でも研修医を含めて接触する機会はある。
そうなると、あんな風に騒がれることも彼にとっては珍しくないのかも。
毎回そんな風に囲まれていれば、さすがに慣れて意識するほどでもない…か。

「ホントに何でワタシ、友雅さんと結婚出来たんでしょうね?」
いきなり黙り込んで、こちらを覗き込んだと思ったら…こんな一声が。
「だって、客観的に考えてみたら、私だって聞きたいくらいですよ」
医療現場という同じ世界で、同じ病院で働いているけれど、医師と看護師では立場が違う。
こっちはただの看護師、彼は名の知れたドクター。まるでそれは、シンデレラと王子様のような。
「山ほどいた元カノさんたちと比べても、私なんて絶対下から数えた方が早いでしょ?」
彼のことだから、数えきれないほどの相手がいただろう。
それも、彼に釣り合うレベルの女性ばかりに違いない。
一人だけ会ったことのある元カノを思い出せば、彼の審美眼はかなり高度だとすぐ分かった。
だからこそ-----どうして、今ここにいるのが自分なんだろう。
「趣味が変わったんですか?」
「……まったく、何を言うんだか」
友雅は両手をあかねの背中に回し、抱き上げて自分の方へと引き寄せた。
「そこまで自分を底辺だと思っているのかい?」
「いえ、底辺っていうかー」
広い世の中で見れば底辺というより、どこにでもいる平凡なタイプだと思う。
でも、彼が目にとめた女性たちの中でと限定したら、どう考えたって自分は底レベルなんじゃないかなと。
誰だって、そう思うんじゃないか?

「なるほど。あかねは私の美的感覚を疑うというわけか」
「違いますよっ、そういう意味じゃなくって…」
彼女の手からレモネードのボトルを取り上げ、テーブルの上にそっと置く。
甘く酸味のある香りに誘われ、唇が自然と近付く。
レモネードと、ペリエレモン。
互いの口に広がる柑橘系の香りは、重なる唇の間で絶妙なブレンドを醸し出す。



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Megumi,Ka

suga