はじまりと、想い出と

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「そういえば、詳しい馴れ初めって聞いたことなかったわよね」
当時二人が恋人同士とは誰一人気付いておらず、突然の公表に整外のみならず院内全体の騒ぎとなった。
あの橘先生に恋人がいるって!?
いやいや、彼なら恋人の一人や二人いても驚かないけれど、その相手がまさかの看護師って!
更にその彼女と婚約しましたとか、何もそこまで一度に畳み掛けなくても。
「だって新人看護師がドクターと付き合っています、なんて言えないじゃないですかー!」
「ということは、実習生の時から既にお付き合いを!?」
容赦なくグイグイ攻められて、助け舟を求め友雅にアイコンタクトを取ったが、果たして彼に通じたかどうか。
「うん、だからそこが微妙なのだよ。君たちの言う"付き合っている"証は、どういうものなんだい?」
「…じゃあですね、初めてのデートはいつでしたか?」
デートか。デートと言うと…食事に誘ったりするくらいでも良いのだろうか。
だとしたら意外に早い。あかねが実習生だった時だろう。
「ちょっとトラブルがあって、それがきっかけで話すようになってね。で、私が食事に誘った」
またまた黄色い声が個室に響く。
「社食ですよ、社食!お昼に誘われただけで!」
盛り上がりを抑えようとあかねが付け足すが、例え場所が社食であろうと彼女たちにとって重要なのは、"友雅があかねを誘った"という事実。
それもまた、二人の関係を深めるきっかけのひとつには違いない。
「実習生ってたくさんいましたよね?元宮さんに声を掛けたのって、何かピンと来るものがあったんですか?」
「好みのタイプだったんですかっ!?」
「そりゃ違うだろ」
最後の一言は余計だと、すかさずあかねが森村にツッコミを入れた。
言われなくなって分かってますって!元カノさんと会ったことあるけれど、自分とは完全に正反対の美女だったもの。
でも、例え彼の好みとは違っていても、私は彼の一番…なはず。

いつのまにか空に近くなっていたグラス。
美しいグリーンのボトルを傾けると、少しずつこぼれだすシャンパンゴールドのアップルタイザー。
「天使のオーラがあったから、かな」
ぽそっとつぶやくような友雅の声に、周りの喧噪が一瞬で止まった。
「誰でも天使がいたら惹かれてしまうだろう?そこにいるだけなのに、まったく不思議な存在だよね」
彼が"天使"と表現しているのが誰のことか、名前を言わずとも皆分かる。
昔は看護師を"白衣の天使"と表現したけれど、彼にとっての意味はそれだけではなさそう。
「人それぞれに、惹かれる天使は違うと思うよ。で、私にとっての天使は----」
黙ったまま彼の親指が、隣にいる人物へと向けられる。
「同業者じゃなかったとしても、きっと惹かれていたと思うよ。彼女は私の天使だからね」
空調は適度に設定されているはずなのに、体温が一気に上昇したような…。
赤の他人が聞いても気恥ずかしくなる言葉の羅列。
当の彼女はどう感じているのだろう。
「いやー、そんな台詞が様になるのは橘先生くらいだ」
ええ、教授ごもっとも。
照れもせずナチュラルに口に出来る男性なんて、今時のイケメン俳優でもなかなかいない。
「…ね、ねえ、橘先生ってお酒飲んでないよね…?」
「酔ってるわけじゃ…ないのよね?」
若い女子たちがコソコソ耳うちしている。
「覚悟しといた方がいいぜ。通常運転だから、これ」
宴会や飲み会で同席したことはあるが、今まで酒に酔った友雅を見たことはない。
アルコールが入っていない状態でこんな調子なら、もし酔いがまわったらどんなことになるやら…。考えただけでも恐ろしい。
「と、とにかく!この話はキリがないから中止!ほら、もう料理が少なくなってるから追加しましょうよ!」
話題を変えるなら今がチャンスとばかりに、あかねが立ち上がって店員を呼んだ。
メニューをみんなに手渡して、追加オーダーに意識を傾けさせることに成功したと同時に、さりげなくあかねはその場から逃亡した。



「明日が休みで良かったな」
結局オーダーストップまで居座ってしまい、気付いた時にはもう閉店時間。
店の前には数台のタクシーと、代行の車が待機していた。
「信頼してないわけじゃないが、一応男女別々の車でな」
男女別棟の社員寮は同じ敷地内にある。方向は同じなので寮住まいなら相乗りでも構わないのだが、そこは弁えておくべきと言って教授は代行の車に乗り込んだ。
「じゃあ気をつけてな」
「はい、ごちそうさまでした。おやすみなさい」
上司の車を見送って、ようやくこれで本当のおひらき。
体内にまわっていたアルコールも、時間の経過と夜のひんやりした空気で程よく醒めた。
「それじゃ私もこれで。また来週がんばろうね」
簡単に別れの挨拶をして、友雅は裏手の駐車場へと歩き出した。
街灯の少ない薄暗い場所へ向かっていくのに、その後ろ姿がやけに明るく見えるのは隣に天使を連れているせいだろうか。

「噂には聞いてたけど…ホントに凄いのね」
そうポツリとつぶやいたのは、新人の女性医師だった。
彼女は系列病院で研修を受けたため、友雅の指導を直に受けたことはなかった。
しかし彼の噂はあちらでも有名で、半信半疑ながら聞いていたものだが…それがほぼ事実だったことを今日再確認した。
「何か橘先生がベタ惚れって感じだけど、元宮さんだってそうなんですよね?」
「あの子は他人の目を気にしてセーブしてるけどね。相思相愛よ完璧に」
同僚の看護師がすぐさま答えると、森村が激しく首を縦に振った。
間近で延々見せつけられているだけに、それに関しては100%間違いない。断言できる。
「でも、あかねと違って橘先生はフランクだからな〜。割と見せつけてくるから困るんだよな」
森村の言葉に、今度は看護師たちが首を縦に振った。
「特に森村くんはあかねと付き合いが長いし、接点が色々あるから大変でしょ」
「あーもうねー…勘弁願いたいっすね」
他人とは違い、幼い頃からプライベートでも関わる機会があった森村には、思い当たる節が多すぎる。

「森村くん!明日って予定ないよね!?」
頭を抱えた森村に、突然女性陣が詰め寄って来た。
「これからファミレス行こう!寮の近くにある24時間やってるとこ!」
「なんで!!」
「聞きたい!橘先生と元宮さんのこと詳しく!」
あかねに聞いてもごまかされるだろうし、友雅に聞けば話してくれるかもしれないが、刺激的すぎて途中で脱落しそう。
だけど二人への好奇心が治まらない。そうなると、彼らに一番近い位置にいる森村が最適なわけで。
「ちょっとで良いから色々聞かせてー!」
「マジかよオイ!待て待て待てーっ!!!!」
男女は別のタクシーでと教授は言ったのに、気付くと森村は女子たちの車に押し込まれ。
運転手に告げた行先は近くのファミレス。タクシーは言われた通り、目的地を目指して夜の大通りへと消えて行く。

すっかり深夜だというのに同僚の女子たちに引っ張り回され、他人の恋バナを問いただされるとか…。
「…残念だけど森村くん、まだまだ彼女できそうにないわ」
決してルックスも性格も悪くないので、気軽に声を掛けやすい。
しかしその長所とも言える部分が、男性としては災いとなっている気がしないでもない。



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Megumi,Ka

suga