HEAVEN'S DOOR

 007---------
朝、あかねは一人で目を覚ました。
いつもより少し早めに起きたのは、夜勤を終えて先に帰ってくる彼の食事を用意するため。
彼がわざわざコンロを使うはずがないので、レンジで簡単に温めるだけのものにしておく。
疲れているだろうから、食事してすぐ眠っても胃がもたれないような献立。
でも、栄養がきちんと摂れるもの。
栄養士の永泉に、度々レシピを教えてもらっては作ってみる。
こんな生活も日常的になってきたなあ。
大変だと思っていたのは最初だけで、ちまちまと家事をするのはどうやら好きみたいだ。
何より、彼が自分の姿をちゃんと見ていてくれるから。

家事にも休日を与えてくれる。
外食に連れて行ってくれたり、マンションのコンシェルジュサービスを使って、クリーニングや部屋の掃除を頼んでくれたりする。
仕事のサイクルに合わせて、そんな気配りをしてくれて。
適度に力を抜くタイミングを与えてくれて。
「幸せな奥さんだよねぇ、私って」
素直に、そんなつぶやきがこぼれてくる。
絶対に嘘じゃないし、本音。彼と一緒になって、良かったと思っている。
だからいいじゃない…ね。結婚式くらいやらなくても、他がすごく幸せだもの。
うん。そうだ、これ以上欲張ってちゃダメなんだよね。
それは贅沢すぎるんだ、きっと。



駐車場をくぐると、もう多くの車が停まっていた。
夜勤のスタッフもいるし、早めに出勤している者も多くいる。
医療従事者だけでなく、院内のテナントに勤めるスタッフも使っている社員用の専用駐車場。
彼のシルバーのBMWも、まだそこにあった。
「まだお仕事中なのかー…」
そろそろ交代の時間だけど、打ち合わせとか会議とかしてるのかも。
あかね自身も、これから夜勤の看護師と申し送りをしなくてはならない。
整外病棟に着いて、ナースステーションの前で中にいるスタッフに挨拶したあと、女子更衣室へ向かう。

「おはよう」
「え?あ、友雅さん…」
医局と更衣室の中間に、彼が待ち構えていたように立っていた。
「おはようございます。お仕事終わりました?」
「ああ。これから帰るよ」
「当直ご苦労様でした。ご飯用意してきましたから、帰ったら食べてくださいね」
いつも通りの会話を交わし、あかねは仕事開始のために更衣室へ向かおうとした。
その手を、彼の手が引き止めるように握りしめる。
「ど、どうしたんですか?」
「…いや、あとでゆっくり話すよ。帰ったら、ね」
一旦立ち止まって、でも考えを振り切って。
友雅はあかねの手をすぐに離した。

「おはよ、あかね」
既に着替え終えている看護師たちが、ステーションのドアを開けて顔を出した。
何故かその中には、私服に着替えて帰る支度を整えた森村までがいる。
「帰ったら、ゆっくり先生とお話しなさいよ?」
「は?ちょっと待って、どういうこと?」
「俺らに聞くな。本人に聞いて決着つけろよなーいい加減」
どうやら皆は、事の問題を周知しているようだ。
この夜勤の間に、どんなことが起こったのだろう…。
そして、彼が話したいことって。
それを知りながら、教えてくれない皆の意図は果たして。
出勤したばかりだというのに、今すぐにでも帰りたい気分だ。
早く帰って、彼の話を聞かなきゃいけない…そんな気がする。


+++++


気持ちが逸るのを何とか抑えつつ、一日の業務を終えることができた。
早く帰らなきゃ、とずっと考えながら素早く着替えを終え、小走りに更衣室を出て行こうとしたあかねに、またも看護師たちが声を掛けた。
「先生によろしくねー。明日、ちゃんと結果教えるのよ!」
だから、結果っていったい何の事か分からないんですか。
みんなに伝えないといけない内容って、どういうことなのか一日考えてもさっぱりなんですが。
…もう、どういうことなのよ?
同じように帰宅の途に着くスタッフたちを、追い抜く勢いで駐車場へ。
今日はスーパーで何か特売だった気が…とか、そんなことは今日は無視して直帰。
彼の待つ部屋に、急がないと。

「ただいまですー」
インターホンを鳴らして合図を送ったあとで、暗証番号で部屋のドアを解錠する。
中に入るとリビングのドアから、フロアライトの明かりが廊下に漏れていた。
「おかえり。一日お疲れ様だったね」
「…はい。」
変化を探ろうとしたけれど、普段どおりだ。いつもの友雅と変わらない。
ソファの上に身体を投げ出して、海外の医学雑誌を適当に眺めているとか。
何だか拍子抜け?
話があるからと急いで帰って来たけれど、そんな感じもないし…。
じゃ、こちらも普通どおりに進めてもいいか。
取り敢えず、これから夕飯の支度を---------------。

「あかね、ちょっとこっちにおいで」
キッチンに向かおうとしたあかねを、ようやく友雅が呼び止めた。
持っていた雑誌をラックに戻し、身体を起こして彼女が座るスペースを作る。
「どうしたんですか?今朝も話があるとか言ってたし…」
あかねが隣に座ると彼はその手を取って、指先に唇を近付けた
「次の休みが来たら、ウェディングドレスを決めに行こう」
「……えっ!?」
唐突に言われた言葉に、あかねは心底驚いた。
「あかねの好きなもので良い。どんなデザインでも、もう私が口は出さない。あかねが気に入ったものを選んで決めて構わないよ」
「ちょっと…どうしたんですか?いきなりそんな」
ドレスを選びに行くのではなく、ドレスを決めに行こう、と彼は言う。
探すことを目的にせず、あかねが着るドレスを決めるために出掛けよう、と。
「だから、結婚式はやらなくて良いとか…そういうことは言わないでおくれ」
「友雅さん…」
もしかして、誰かから伝わって彼の耳に入ったか。
結婚式も披露宴もやらなくていいと、そんな風に思い始めていた自分のこと。

「私はこれまで、過剰なほどの独占欲に駆られていたみたいだ。君を想うことで感じる心地良さに、甘え過ぎていたんだろう」
愛しい人が身につけるウェディングドレスは、自分と共に生きるために存在する。
他の男ではなくて、自分のために彼女はドレスに身を包む。
だから、誰にも見せたくない。そんな身勝手な独占欲が溢れ、彼女のドレス姿を眺めてはひとり悦に浸った。
「いい気になってたね。自分だけが楽しんでいた。花嫁の気持ちを、無視していたんだな私は」
こんなにも長い時間を経て、ようやくそれに気付いたのだ。
既に天使はこの手の中にあるにも関わらず、それ以上のことを求めていた自分に。

「あかねが良いと感じたものを、選びなさい。私はこんな男だから、アドバイスなど頼まれたらまた余計なことをしそうだ」
そう言って友雅は、あかねの額に軽くキスをした。



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Megumi,Ka

suga