ご機嫌ななめの天使様

 004---------
「だったら、最初から教授に頼めば良かったんですよねっ」
スッと立ち上がって、あかねはもう一度キッチンへ戻った。
切りかけの野菜をカットして盛り付け、ドレッシングの材料をボウルに放り込んで、思いっきり泡立て器でかき混ぜて……。

何だか、昼間から胸の奥がモヤモヤする。
すっきりしない。
今になって、またそんな気持ちが蘇ってきている。
背中越しにパタンと冷蔵庫を開ける音がして、あかねの手元に冷えたアップルタイザーのボトルが置かれた。
「天使様は何故か、少々ご機嫌斜めのようだ。どうかしたのかい?」
「別に機嫌が悪いわけじゃないですよ」
手に取ると、ひんやり冷たいグリーンのボトル。
キャップを捻ると炭酸のガスがシュッと抜けて、りんごの甘い香りが口元から漂って来た。
「もしかして、テレビ出演を断ったことが気に障ったのかな?」
「えっ?」
「私がテレビに出るのを期待していたのかい?」
「それは…むしろ逆っていうか」
逆というか、彼はそういう判断をしないだろうなと思っていたので。
何度も繰り返すように、そういったことには興味がなさそうだから。
「じゃあ、どうして機嫌を損ねているのか、ちゃんと教えてもらわないとね」
後ろから抱きすくめられて、身動きを封じ込められる。
彼に包み込まれるのは心地良いけれど、このままじゃ夕飯の支度が終わらない。
「だって…何か」
…何か面白くない。
…だって。
「何で友雅さんが一番最後なのか…わかんない」

ふと、彼の腕の力が弱まった。
身動きが可能になると、あかねは首だけを後ろに傾ける。
「だって、源先生たちより友雅さんの方がキャリア長いじゃないですかっ」
確かにそれは間違いない。年齢もあるし。
「キャリアだけじゃなくって、経歴とか肩書きだって…」
まあ、これでも友雅は講師の肩書きを持っているので、たまに教鞭を任されたりすることもある。
ただし、それ以上のポストを狙おうなどという欲はそれほどないので、上のポストに行けるかどうかは微妙ではある。
「ゆくゆくは藤原先生や安倍先生の方が、私よりも出世できるだろう。将来有望株ってことで、彼らを推したんじゃないかな」
「でも…」
「やれやれ。まだ不機嫌な理由があるのかい?さ、言ってごらん」
唇を尖らせて、少し眉をひそめて。
彼女がそんな表情をしていては、こちらも落ち着かない。
君の神経を逆撫でしている理由は、一体どんなことなのか。

「と、友雅さんの方が…」
「はいはい、今度はどんなことが他の人より勝ってるって?」
数秒間沈黙が続いて、小さい声で。
「………かっ…こ…い……」
とぎれたような声で、うつむいたまま。
でも、目に見えて分かる気がする。
紅を差したような彼女の頬の色。


「…ひぇっ?」
いきなりふわりと身体が浮き上がり、キッチンカウンターの上に座らせられた。
と思ったら両頬に彼の手が伸びて、艶めく笑みが迫り来る。
「全く…この唇は可愛いことしかつぶやかないのだね」
指先でなぞり、軽く弾くように弄んで。
その愛しさを彼は、自らの唇で確かめた。
「意図的にじゃなく無意識なら、天使どころか…小悪魔だよ?」
「はぁ?」
「ふふ、分からないなら、そのままじっとしておいで」
息を何度も塞がれ、離れて、また塞がれ繰り返す。
次第に胸の奥で鼓動が早まって、相手に響きそうなくらいに大きく波打つ。
「それで?あかねの中では他の先生より、私の方がレベルが高いのかい?」
「ん、じゃなくて…みんな言ってます…」
好みは人それぞれ。
でも、うちの病院で女性人気が高いドクターたちは、誰が見ても一様にモテる要素があると納得出来る。
「安倍先生だって藤原先生だって源先生だって、すごく、すごっくカッコイイと思いますよ…。だけど…院長もみんなも言ってた…し」
テレビ映えするのは、どう考えても彼しかいないよね、って。
「それなのに、一番最後に友雅さんを呼び出すなんて…。他の人に断られたから仕方なく、みたいで…なんかっ…」
「うーん…」
身を預けながら愚痴るあかねを抱え、友雅はくすぐったい気分で苦笑いをする。
そんなことで不機嫌になっていたなんて、愛おしくて本当に困ってしまう。

「自分の口を通じて言うのも妙なんで、言わないでおこうと思ったのだけど…さっきの院長の電話」
「院長の…?何か他に話してたんですか?」
実はね、と友雅は前置をしたあとで、電話で伝えられた会話の一部を口に出した。

以下、院長の言葉。
『いやぁ、ホントはね、最初から橘先生のことを推してたんだよ。
広報もその気だったんだけれど、色々話し合ってるうちに『橘先生はちょっと華やか過ぎるかも』ってことになってねえ。
先生の経験と実力は十分だったし、テレビ映えすることも分かっているんだけれど、ほら、先生は艶がありすぎだからねえ、ははははは』

「どこまでが本心か知らないけれど、医者にしては派手すぎってことらしい」
「それはー…」
うん、それは分かる気がする。
彼は普通の人が抱く医者のイメージとは違う。
あまりに印象がかけ離れているので、患者に驚かれたことも少なくない。
それでも治療や診察をしていくうちに、確かな医師なのだと皆信頼を寄せてくる。
ごく一部の、しかも女性患者に限っては…それ以上の何かを寄せてくることもあるけども、そこが一般的な医師と決定的に違うところだ。
「真面目な藤原先生たちの安心感が、勝ったということだよ。それならあかねも、納得するだろう?」
「はあ、納得します…。けど、安倍先生に声を掛けるなら、まだ友雅さんの方がって思う」
「まあねえ。源先生と安倍先生の二人は、承諾する可能性はゼロに近いね」
「でしょう?!それならせめて藤原先生のあとくらいに…っ…」
ムキになって饒舌に戻ったとたん、友雅がくすくす笑いながらこちらを見ているのに気付いた。
「困ってしまうな。天使様にそこまで高く評価されているとは、思っても見なかった。恐縮しきりだ」
「恐縮だなんて…ホントにそうだもの」

学生時代に、臨床研修で初めて会ったときから。
看護師としてこの病院に勤務し始めて、正式に上司となったときから。
そして、恋人になったときから--------生涯の相手となった現在でも、私にとってはあなたが。
「…友雅さんが、一番のドクターです」
「嬉しいね。でも、あかねにとっての私はドクターではなくて、一個人であって欲しいかな」
君にとっての一番の男であったなら。

「もちろんです…」
「本当に?じゃあ、あかねは私にとって一番の天使様だ」
一番愛している人にとっての、一番愛する人になりたい。誰でも願うこと。
その指先同士は互いを求めるように延びて、やがて抱き合うように絡み合う。
「機嫌治りましたか?天使様」
くすっと笑って、あかねはうなずく。
ああ、何でもかんでも、あなたのことになると感情が変化してばかり。
ちょっと慌ただしくて戸惑ってしまう。
けれど、こういう不機嫌の後味はまんざら悪くない。





-----THE END-----




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(2014.05.05)

Megumi,Ka

suga