ご機嫌ななめの天使様

 003---------
「元宮さんから見て、橘先生ってテレビとかに興味はある方かい?」
「テレビですか?興味ってほどは…ないですねえ」
一般常識としてニュースは必ず見る。天気予報ともあるし。
あとは適当に付いている番組を、適当に見ているような感じ。
腰を据えて見ることは、ほとんどない。
そういうのは、一緒にDVDとかCSの映画を見たりするときくらいだ。
「そうかー。じゃあ、医療番組とか健康番組とかは見るかい?」

--------ん?
ピン!と頭のアンテナが真っすぐ延びた。隣にいた森村も同じく。
この展開はもしかして…。
「あ、あの…橘先生にお話って、もしかして…テレビ出演のこととかですか?」
「おお?元宮さん知ってたのかい?なら話が早いな!」
やっぱり!とあかねと森村は同時に思った。
遅かれ早かれ、彼にそういう話が来ないわけがないのだ。
スルーされる理由などありゃしない。
「どうだろうかねえ?番組の内容は小難しいことないよ。しゃべるとしても2〜3分程度なんだ」
個人解説するわけでもないので、基本的に座っているだけの時間の方が長い。
例えアドリブで振られたとしても、整形外科の友雅なら十分対応出来る。
「出来ればOKしてもらいたいんだよねえ。他にいないしねえ…」
友雅よりずっとベテランはいるが、テレビに映えるルックスの医師をピックアップしたら、全員断られてしまった。もうあとは、友雅以外いないという意味だろう。

でも、あかねはひとつ納得行かないことがあった。
それを院長に問いつめたかったのだが、さすがに言えるわけもない。
「頃合いを伺って橘先生に連絡してみるけれど、元宮さんからもお願いを頼むよ。橘先生だったら一度テレビに出たら、あちこちから引っ張りだこになって、人気ドクターになるよ」
「…はあ」
テレビに出たり雑誌に載ったり、本を書いたり…まるでタレントみたいに。
"橘先生なら絶対だ"と、院長は自信満々に太鼓判を押す。
だったら。
そこまで言うんだったら、どうして--------。
「それじゃ、引き止めて悪かったね。みんな、午後からも仕事頑張ってな」
院長は言いたいことだけ言い残し、その場を立ち去った。

「ちょっとぉ!橘先生がテレビですって!」
VIPの姿が消えたあと、ナースステーションが一斉に湧く。
「どーすんのあかね!あれ、人気番組だよ!橘先生出るかなあ?!」
「飯ん時も、その話で盛り上がってたんスよねー。丁度藤原先生が来て…」
「え、藤原先生も出るの?」
「違いますって。実は……」
あかねの代わりに、森村が一部始終を話し出した。
藤原の他に、源や安倍も打診されていたこと。
それに関しては看護師たちも『無理なことを…』と口を揃えた。
「周りにまわって、ついに橘先生もってことなのねー」
医療業界がメディアとタッグを組むようになって久しい。
テレビ出演が増えたおかげで、医師のお茶の間人気も高まって来ている。
実力や経験はもちろん最優先であるが、やはり一般人の目に行くのはビジュアル。
誰でも苦手意識がある医療機関のイメージを和らげるような、若くて華やかな雰囲気のドクターには注目が集まる。
「橘先生ならねー。医者にしとくの勿体ないくらいだもんね」
本当に、医師じゃなくても別の業界で稼げそうな。
もっと表立った舞台で、露出が多いステージで。
だからこそ、テレビ出演というのは彼に適役と言えそう。

「あかね!ここは絶対推すべきよ!橘先生以外いないわ!」
「そうよそうよ!院長が言ったみたいに、一躍大人気ドクターになるって!」
友雅本人の意志はどうあれ、あかねのひと言があれば彼は傾く(可能性大)。
そういう決定的なものがあるかないかが、安倍との決定的な差だ。
「良いんじゃね?"ビジュアル系ドクター"とか言って、えらく人気出そうだぜ?」
「みんな適当なこと言わないでよぉ…」
周囲は揃って推し推しムード。
若干複雑なあかねの心境など、まるで気付いていないようだ。



定時で仕事を終えて、そのまま自宅へ直行。
到着したのは、午後6時を少し回った頃だった。
「おかえり。天使様の言いつけはきちんと守ったよ」
ドアが開いたとたん、キッチンからふわりと香ってくるスープの匂い。
帰ったらすぐに夕飯の支度をしたいから、5時くらいになったらスープを弱火にかけておいて、との伝言済み。
1時間もの間じっくりと煮込まれて、あとはちょっと手を加えれば出来上がる。
「帰ってからちゃんと寝ました?」
「ああ、3時間くらいだけど深く眠れたかな」
「なら良かった」
やっぱり院長に連絡を入れさせないで良かった。深い眠りを邪魔されたときの不快感と倦怠感は半端ない。
しかも一旦起こされると、なかなかもう一度とも行かないものなのだ。

部屋着に着替えて、すぐにキッチンへと向かう。
カウンター越しに見えるリビングでは、友雅がソファで医学雑誌を開いている。
テレビはつけっぱなし。
ニュースが流れているけれど、特に気にも止めていない様子。
……だよね。
友雅さんにとって、テレビはBGM程度って感じだよねえ…。
院長が打診してきた例の健康バラエティだって、見てはいるけど途中から"こういうのはね"とか"最近新しい治療がね"とか、テレビを無視して二人で専門的な話をしてたりする。
つまり、テレビは会話のネタを放出するようなものかなあ。
でも、見ていなくても結構会話は途切れないしなあ……。

いろいろ考えながらサラダの用意をしていると、テーブルの上に置いてあった友雅の携帯が鳴り出した。
「ん?何かあったのかな」
着信の宛名を見て、友雅がつぶやく。
病院からだろうか。急患の呼び出しとか?
「院長からだよ」
「えっ!?」
もしかして、例の連絡か?まだ友雅に、何も伝えていなかった…。
「と、友雅さんちょっと待って!」
慌ててあかねは手を止め、キッチンから飛び出して友雅のところへ駆け付けた。

院長の電話を待たせてはいけないので、簡潔に昼間のことを説明した。
友雅は納得し、携帯を持って隣の部屋へ移動した。
電話を終えて戻って来るまで、かれこれ10分近く。
おそらく、院長が粘ったせいだろう。
「終わったんですか…?お話」
「ああ、丁重にお断りした」
予想はしていたけれど、やはり承諾しなかったか。
最後の砦だった彼に断られて、院長も今頃困っているかもしれない。
「一方的に断るだけじゃアレだからね。助言的なことは伝えておいたよ」
テレビに出ることで病院の評判が左右されるなら、まずはベテランの医師が登壇した方が良いのではないか。
若い医師は経験不足で頼りない…という患者もいないわけではないし、貫禄のある教授クラスの方が安心感はあると思う。
「私よりも、うちの教授とかの方が良いですよ、ってね」
「院長、納得してくれました?」
「そうかもしれないなあ、とか言っていたし、あとは何とか向こうでまとめてくれるんじゃないかな」
こういうことは、元々広報の管轄。
病院の評価に差し支えのないよう、上手く整えてくれるだろう。



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Megumi,Ka

suga