ご機嫌ななめの天使様

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「え!テレビ出演?!」
「あまりにも畑が違うお話だったので、お断りしたんですが粘られてしまって…」
煮物を口に運びながら、溜息混じりに藤原は話を始めた。
昼休みに入ろうと診察室を出たとき、ばったりと院長に出くわした。
ちょっと話がしたと部屋に連れて行かれると、中には広報室長が待っていた。
そこで切り出されたのは、テレビ出演をしてみないかという想定外の話。
藤原もあかねや友雅も、研修医の森村たちも一度は見たことがある番組。

しかし、ふとあかねは疑問に感じた。
「藤原先生は小児科でしょう?ああいう番組って、あまり子どもの病気とか特集しないと思うんですけど」
子どもの健康や病気に関する番組がないわけではないが、大概こういう番組は働き盛りの成人や高齢者などにターゲットが当たっている。
そこに小児科の藤原が登場するのも、よく考えればおかしな話ではある。
「私もそこが気になってお尋ねしたんですが、その……」
それまで饒舌だった藤原が、突然もどかしそうに口ごもった。

「おおかた、テレビに映える人選をしたかった…ということじゃないのかい?」
友雅がそう言ったとたん、藤原の箸がぴたりと止まった。
テレビ映えする人選。
つまり、外見の良いドクターに目をつけたと。
「あー…でも、何となく分かりますよ。藤原先生って見た目だけじゃなくて、真面目だし優しそうだし。ああいうテレビとかに出ても感じ良さそうですよね」
「そ、そんなことはありませんよ。何人か打診して断られたそうで、消去法で私に声が掛かっただけです」
常に子どもと向き合っているので、藤原の人当たりの良さは誰もが認める。
診察や研究にも熱心だし、付き添う保護者のケアも怠らない。
まだまだ若いが将来は有望と、教授連からも一目置かれているくらいだ。
「ものは試しと、引き受けてみれば良かったのに。一躍人気ドクターになったかもしれないよ」
「冗談じゃありませんよ。私のような経験不足の医師が表舞台に立つなど、とんでもありません」
「真面目だねえ…」
若いのだから、もうちょっと気楽に考えても良いものの。
まあ、そういうところが教授たちにも評価されているのだろうな、と友雅は考えたりもする。

「あのー、ひとつ疑問があるんスけどー」
いつのまにか食事をたいらげていた森村が、会話の透き間から入り込んで来た。
「他に打診したのって、誰なんすかね?」
藤原でも十分だと思うのに、彼よりも先に肩を叩かれたのは一体誰か。
「確か、源先生と安倍先生と聞きました」
「あ、そりゃ無理だ」
「それは…無理ですねえ」
問題の医師の名を聞いたとたん、ほぼ同時に口を揃えてあかねと森村が言った。
確かに、院内でも人気を誇る二人ではあるが、源は藤原に輪をかけた真面目さで有名だし、何しろあまり喋りが得意ではない(患者やスタッフには丁寧に応対するので評判は良いが)。
番組に出演する医師全員が解説をするわけではないにしろ、どちらかといえば無口な源にテレビ出演など無理だ。
そしてもう一人は…。
「ってかさ、安倍先生に打診しようって考えが、まず間違いだろ」
「だよねえ。即はね除けられるって分かるじゃないねえ」
どう考えても無理だ。
あの安倍がテレビ出演なんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。
「まあ、安倍先生は理論的にきちんと診断や治療をするからね。その部分では信頼出来る医師だと思うよ」
友雅が一応フォローをしても、やっぱり…無理だ。
或いは逆転の発想で、手厳しく真実だけを告げるドSイケメンドクターとかいう肩書きで売り出すとかなら……って、ソレ以前にきっぱり出演拒否するだろうし。
なるほど…。この三人を並べたら、誰だって藤原が適役だと思うはずだ。

「でもさ、もひとつオレ疑問があるんだけどさ」
ここでまた、森村が疑問を投げかけて来た。
「そーいう理由ならさ…まず真っ先に打診されそうな人がいるんじゃね?」
「え?」
源も安倍も藤原も、この病院では絶大の人気と実力を誇る。
医師ではないが、品の良さと穏やかさで栄養士の永泉も人気があるし、医療保育士のイノリだって朗らかさで評判が良い。
本人はまるで気付いていないが、この森村だって意外と女性スタッフのポイントは高いのだ。
そんな彼らよりも先に打診されそうな医師---------------と言ったら、視線はその一人に集中する。

「ないよ。」
「ホントに?」
「ああ、全く」
友雅は自分に集まった皆の視線を、あっさりと簡単に払い除けた。
「私なんかより、もっと若く見映えの良いドクターの方が良いんじゃないかい?」
彼はそう言って笑ったけれど、テレビに出ている医師なんて教授クラスが多いから50代とか60代が殆ど。
そんな面々と並んだら、友雅だって全然若い部類に入るだろう。
それに…見映えに関してはおそらく誰もダメだし出来ない彼が、まったく声を掛けられていないなんて信じられない。
「実力ならベテランの教授がいるし、若い医師なら藤原先生みたいにたくさんいるし。中途半端なんだよ、私は」
「でもー…」
でも、そんな理由を取っ払っても、友雅が目を付けられないなんて。
年齢にしては実力も十分だし、外見だって誰にも負けていないのに……と、あかねは自分の夫を賛美していることに気付いていない。

そうしているうちに、院内に時報が響いた。
時報というより予鈴である。
昼休憩終了10分前になると、アナウンス代わりに音が時刻を知らせる。
「それじゃ、私はこれで。お仕事頑張っておくれ」
午後も仕事が残っているあかねたちを置いて、先に友雅は席を立った。
藤原の分まで支払いが済んでいたのに気付いたのは、彼が出て行って数分経ったあとだった。



「それにしてもさ、橘センセーに打診してねーってホントかね?」
「私は全然知らないよ。テレビの話だって、さっき初めて聞いたんだもん」
廊下を歩きながら森村の問いに、あかねは受け答える。
医療関係者がテレビに出たり本を出したりする昨今、うちの病院からも誰かしらお呼びが掛かるんじゃないか、と冗談まじりに彼と話したことはあったけれど。
「あ、いたいた!あかねちょっとー!」
ナースステーションの近くまで来たとき、同僚の看護師が大きく手招きをした。
何事だと足早に駆け付けてみると、中にいた人物の姿を見て森村もあかねも背筋が伸びた。
「さっきから、あかねのことお待ちだったのよ」
「え、えっと…その、何か問題でもあったんでしょうか?」
「いやいや、そんなことないよ。ちょっと通りかかったんでね、元宮さんいるかなと思ってねー」
こちらの緊張とは裏腹に、院長は和やかな雰囲気で語りかける。
「それで、あの…私に何か」
「ああ。ええとね、元宮さんに直にってわけじゃないんだけれど、あー…橘先生は、もう帰ってしまったかな」
「はい。さっき一緒にお昼取りましたけれど、先に帰宅しました」
「そうか、入れ違ってしまったかー」
残念そうに院長は言う。
用事があったのは、友雅の方だったか。

「先生は、もう帰ってるかな。携帯に掛けても大丈夫かね?」
「あ…もしお急ぎの用でなければ、今の時間は遠慮してもらえると有り難いんですけど…」
夜勤を終えて早朝に帰れるはずだったのが、急患の手が足りないとかで手術に駆り出されて午前中を潰してしまった。
やっと帰宅して今ごろは眠っているだろうから、出来る限り彼の睡眠を邪魔させたくはない。
「ま、急ぎってわけじゃないんだけどねえ」
「言づてで構わないことでしたら、帰宅後に伝えておきますが…」
うーん、と院長は何度か首をひねる。
あまりにも専門的な内容では正確に伝えられるか不安はあるが、普通の用件ならいくらでも伝言できる。
何せ、一緒に住んでいるのだし。
「まあ、答えは橘先生から直接聞くとして…、先に元宮さんからも伝えてもらおうかなあ」
「はい!ちゃんと伝えますので」
一応聞き逃しと聞き間違いはしないようにと、あかねはポケットからメモとペンを取り出した。



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Megumi,Ka

suga