誓いのキスは何度でも

 005---------
「じゃ、当初は安倍先生を宴会に引き出すための、口実だったの?」
良い機会だから、一連の成り行きを説明することにした。
人付き合いは最低限に留める安倍を、どうやって宴会に参加させるか。
何か特別な理由があれば…と考え、友雅が自分たちの披露宴を兼ねてしまえば、と思い付いたこと。
「私は全然考えてもなかったんですよ!そしたらいきなり友雅さんが…」
「良い提案だと思うけどねえ。わざわざ別口で人を集める必要もないし」
彼がそんな風に切り出したものだから、頭の中は完全に大パニックだった。

「…利用されたのか、私は」
微妙な表情を浮かべているのは、安倍である。
そりゃそうだ。今までてっきり披露宴がメインだと信じていたのに、裏では自分を宴会に参加させる意味があったと聞かされたら。
「違いますよっ!ちゃんとほら!ちゃんと披露宴してるじゃないですか!」
あかねがドレスの裾とベールを開いてみせると、近くにいた永泉が笑顔で安倍に話しかけた。
「そうですよ。理由は色々あれど、お二人の結婚披露宴には違いありません。こうして皆さんとそれをお祝い出来る席ですし、あれこれ考えず楽しく過ごした方が良いですよ」
「…まあ良いがな。めでたいならそれで構わん」
安倍も機嫌を損ねているわけでもないようだし、彼が参加していることで女性たちも上機嫌だし。
友雅に転がされて、トントン拍子の結婚披露宴となってしまったけれど、この際は結果オーライ。
親しい人たちだけに囲まれて、二人の新しい人生を祝う年の瀬の夜は賑やかに過ぎて行く。


定番のゲームを楽しんだり、カラオケが歌いたいと盛り上がり出した者がいたりと、なかなかお開きのタイミングが掴めない。
だが、明日も出勤する者もいる。あまり遅くなっては、仕事に差し支えがある。
「えっと、じゃあ最後に私がプレゼントを配りに回りまーす!」
バスケットを腕に下げ、あかねが一人一人に手渡しをして歩く。
女性にはピンクのリボンの紙袋。中にはあかねが選んだ入浴剤セットが、個々の趣味に合わせて入っている。
男性には2種類の紙袋を用意し、コーヒーか紅茶の詰め合わせを好みで選べるようにした。
出席者が少人数で、親しい相手だからこそ趣味が把握出来ている。
もらった人が喜ぶものを、ズレなく選ぶことが出来て良かった。

「それとですね、藤原先生にはもうひとつプレゼントがありまーす!」
「…はい?私に何か…」
引き出物としてのプレゼントは、全員に手渡されたはず。藤原の手にも、コーヒーの詰め合わせのバッグがあるのに。
一体何なんだろうと思っていると、友雅が白いパールホワイトの箱を奥から用意してきた。
「藤原先生、お誕生日もうすぐですよね!おめでとうございまーす!」
「えっ…!」
そうだ、そういえば彼は12月22日が誕生日だと聞いた。
クリスマスの時期だから、昔から一緒にされてしまうのだと笑って話していた。
「貰い物を譲るようで悪いのだけど、何本もあっても仕方ないからね。上質なものだからおすそわけだよ」
手渡されたのは、ドイツ語が書かれている白ワインのケース。
友雅が渡欧していた時の恩師の実家がワイナリーを経営しており、毎年何本かを送ってくれている。
有名なホテルのレストランにも卸しているほど、質の良いワインとして母国でも有名だと言う。
「赤ワインが好きだと聞いていたからね。誕生日の夜にでも、ゆっくり味わっておくれ」
「おめでとーございまーす!」
残っていたクラッカーを、すっかり出来上がったイノリと森村が鳴らしまくる。
紙吹雪と色とりどりのテープで、みんなぐちゃぐちゃだが楽しいったらありゃしない。

「そういえば橘先生、今回のパーティーの予算ですが…会費をオーバーしていませんか?」
おひらきも間近になって、ようやく源が我に返った。
二人のサプライズに気を取られていて忘れていたが、ここはきちんと尋ねなくてはいけない。
「オーバーの分、追加でお支払い致しますので」
「いや、全然平気だよ。予算内で賄っている」
え?これだけの演出や料理などを取り揃えて、あの会費の合計で賄っているって…嘘だろう?
「ホントですよ。ちゃんとお願いしてあります。色々とサービスはしてくれましたけど」
何も知らなかったか、あかねもこのラインナップには驚いただろう。
しかし、本当に予算オーバーすることはなかった。披露宴も兼ねていると店に伝えたところ、オーナーが結婚祝いにサービスを尽くしてくれたおかげだ。
「だから、みんな遠慮しないでねー。あ、お料理とか持ち帰りもOKだから!」
「何だとー!そんじゃめいっぱい肉詰めるぞ肉ー!」
「天真先輩…完全にアウトだぁ…」
呆れ気味に森村の背中を見る詩紋。その森村の後を追い掛けて行くイノリ。
女性たちはドルチェとフルーツに夢中。
「お祝い間に合わなかったから、悪いけど年明けまで待ってねー。忘れずに持って行くから!」
「良いですって、そんなの。気にしないで下さい!」
呼ぼうと思えば、たくさんの招待客を呼べる。
彼の付き合い筋や仕事場の上司など、ホテルの大広間を貸し切って豪華な披露宴も出来ただろう。
でも、二人がこれから一緒に生きて行くことを証明する場だから、気の知れた知人や仲間だけで過ごす方を選んで本当に良かった。
人の目やマナーなんて気にせず、楽しさだけを優先した披露宴。
決して長い時間ではないけれど、みんなと過ごしたこの時、みんなの笑顔が溢れるこの空間だけで十分だ。


結局パーティーがおひらきになったのは、予定の時間より1時間オーバーの日付が変わった頃。
普通の店を貸し切っていたら、追加料金で後々大変になっていただろう。オーナーには近いうちに、改めてお礼をしなくては。
一人一人を入口で見送り、最後の一人が代行で帰るのを見届けてから、ようやくホールの中に戻って来た。
「お料理などお詰め致しますので、しばらく奥のお部屋でお待ち下さい」
本番中は何かと慌ただしかった主役の為に、用意した料理やドリンクなどを持ち帰れるようにしてくれるらしい。
実は食べ損なってたケーキがあったんだ、と笑いながらあかねたちは控え室へと戻った。
「でも、みんな楽しそうで良かったー」
「引きこもらないで、正解だっただろう?」
「…はい。そうですね」
ほんの数時間前、この鏡の前に座り込んで"出て行きたくない"と、ごねていた。
自分は満足していたけれど、他人がどんな風にこのドレス姿を見るだろうかと、今考えればちっぽけなことで不安になって。
「素敵だって言ってくれました、みんな」
「そりゃあ当然。ウェディングドレスを纏った天使だからね。美の具現化みたいなものだよ」
「それはさすがに言い過ぎです」
くすくす笑うあかねを、友雅は抱きしめて頬を寄せた。
もう誰もいないから、キスを交わしても平気。

「でも、今夜のあかねは本当に…天使そのものだ」
ふわりと包み込む純白のベールが、まるで天使の羽根のようで。
彼女の身体から、清らかな光が放たれているように眩しく思える。
柔らかいぬくもりを帯びたその光は、自分の腕の中で輝きを増していく。
「今夜参加してくれた皆には、良いことが起こるかもしれないね。何せ、本物の天使を目にしたのだから」
「どうでしょうねえ?そういう効果はないかも」
だって-------と、あかねが続ける。
「だって、私は友雅さんだけの天使です。効果は友雅さんにしかないかもしれませんよ?」
仕事の時は、すべての患者のための天使だけれど、二人でいるときはあなただけの天使。
私を天使と呼んでくれる、あなた一人のための天使。

「友雅さんに幸せを与えられるように、これからも精一杯頑張りますからね」
「ふふ、可愛いことを言ってくれる天使様だ。それなら、さっきみんなの前でスルーした儀式を、今しよう」
「スルーした儀式?」
そう、結ばれた二人にとって、大切な儀式。まだ誓いのキスをしていない。
「え〜?今もしたでしょう?」
「さっきのはお遊び。今度はお互いに本気で、心を込めて」
さあ、もう一度…唇を近付けて。

誓いのキスなら何度でも。
たったひとつの誓いを、何度でも繰り返すよ。
君への愛と、永遠の二人の幸せを------------唇を介して君に誓うよ。






-----THE END-----




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(初出2013.12.22/再掲載2014.04.15)

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