誓いのキスは何度でも

 003---------
「やだ、どうしよう、やっぱり無理です!」
「ここに来て、プロポーズ拒否?キャンセル出来る期間は、もうとっくに過ぎているよ」
「そうじゃないです!そうじゃないけどっ…」

控え室での押し問答が始まってから、かれこれ15分近く。
ローズオークのアンティークなミラーに映るのは、シルクを身に纏った彼の天使。
「きっと皆様驚かれると思いますよ?とてもお綺麗ですもの」
お世辞ではなく、スタッフは本心からそう思った。
イタリアの老舗ブランド製だというウェディングドレスは、総シルクでパールのような艶やかな生地。
胸元からウエストまでレースの花モチーフがあしらわれ、スワロフスキーがきらめきを添える。
本真珠のティアラとネックレス、王室御用達のフレンチレースのヴェール。
披露宴や二次会で数多くドレスを目にして来たが、こんなにも豪華な組み合せは滅多に見ない。
そして何より、この花嫁を良く理解している誂えだ。
彼女が一番美しく華やかに見えるものを、寸分違わず選んでいるのが目に見えて分かる。
だからこそ、こんなにもため息が出るほど美しい。
それらを選んだという新郎の方も、これまた類い稀な華やかさを持った男性で。
すらりとした身長とスタイルのせいで、フロックコートがモデルのようにしっくりとハマる。
まったくもって、美男美女の新郎新婦。
文句のひとつも見つからない完璧さだというのに、ホールに出るのを花嫁はずっと渋っている。

「申し訳ないが、二人きりにしてもらっていいかな?」
友雅がスタッフを呼び、しばらく外に出て欲しいと伝えた。
いつまでもこんな状態じゃ先に進まないし、何か話すにしても二人だけの方が打ち明けやすいだろう。
ドアが閉まると同時に、人の気配が消えて静寂が訪れた。
ゆっくりと友雅はあかねの元に歩み寄り、彼女の背後に立った。
「皆が待っているよ、天使様のご登場を」
「ダメ、やっぱ恥ずかしいですってば!こ、こんなカッコで…っ」
「皆に見せびらかす為に、選んだドレスだよ?見せなくてどうするの」
「分かってますけどっ…でも…」
うつむいた顔を覆う指先は、白いレースのグローブに包まれている。

「自慢させてもらえないのかい?」
後ろから回された友雅の腕が、あかねの身体を抱きすくめる。
シルバーのコートとドレスの白が、ライトに反射して眩しくも見えた。
「見せびらかしたくない気持ちを何とか抑えたのだから、この努力を無下にしないでおくれ」
「…恥ずかしいですよ…」
「恥じるところなど、ひとつもないよ」
「だって…」
100%満足行くドレスと装いを揃えた。
彼のスタイルも、自分の好みに合わせてもらったので、こちらも満足だ。
誰にでも自信を持って自慢出来る新郎新婦のスタイル…のはずなのに、いざ本番となったら怖じ気づいてしまって。
ちゃんとした結婚式や披露宴だったら、こんなに足踏みしなかったかもしれない。
みんながこの姿を見るために、集まってくれているのなら割り切れた。
でも、今回は完全なサプライズで…誰も自分たちがこんな格好で登場するなんて思っていないはず。
どんな驚きをされるか、びっくりされるか、困惑されるか…反応が気になって気になって。
気にしても仕方ないのに、どうすればいいんだろう。

「…しょうがない天使様だねえ」
耳元で、苦笑いする友雅の声が聞こえた。
ちょっと呆れ気味だな、と表情が声だけでも分かる。
そりゃ呆れるよね、あたりまえだよね、本番直前でごねてるんだもの…。
と、そんな自分に呆れてため息をつこうとした、その時だった。
「え?ちょ、ちょっ…待って!」
身体がふわりと宙に浮かんだかと思うと、友雅の腕に抱きかかえられた。
お姫様抱っこは彼の得意技でもあるけれど、こんなたっぷり生地のドレスを着ているのに、いつもと変わらず軽々とあかねを抱えて入口に向かう。
「誰かいるかい?前を誘導してもらいたいんだが」
スタッフがドアを開けると、花嫁を抱いた花婿が立っている。
レースのベールが床に擦れそうになっていて、慌てて女性スタッフがそれをたくし上げた。
「こ、こちらへどうぞ!あ、足下をお気をつけて…」
「友雅さんっ!やだって…ダメですって!!」
どんなに懇願しても、ここまで来たら反論も何も受け付けない。
せっかくのまばゆい天使の姿を、見せびらかさない手はないじゃないか。



ホールには殆どの出席者が揃っていた。
来ていないのは安倍くらいなもの。それでもさっき、無事出産を終えたので今から向かう、とメールがあった。
あとは幹事の二人が顔を出せば、ようやく忘年会スタート…なのだが。

「待って!待って下さいってば!ちょっと!いやだあっ!」
奥の方から、女性の取り乱した声が響いて来た。
「ちょっとぉ、一体何の騒ぎ?」
「あかねの声だよねえ。何やってんの、あの子…」
顔を出さないと思ったら、ようやく聞こえた声はあの騒がしさだ。
おそらく友雅も一緒だろうが、どんなことが舞台裏で起こっているんだか…。
「やめてぇえーっ!」
悲鳴にも似た物騒な声が響き、奥のドアをスタッフが両側から開いた。
「お待たせ。ようやく天使を捕まえて来たよ」
あかねの声とは正反対の、にこやかな友雅の声がした。
その彼が抱きかかえていたのは----------。

--------------静まり返る会場。
30人くらいはいたはずの客が、水を打ったように声を失う。
オルゴールのクリスマスソングだけが、やけに大きく聞こえてしまうほど


「ちょ、ちょ、ちょっと何これえええええ!!!」
おそらく会場にいた女性全員が、二人の元に全速力で突進してきた。
思わず友雅もそれにはたじろいだが、それでもあかねをしっかりと抱きかかえる。
「な、何なのこれはあああっ!!!」
「どういうこと!これどういうことなのよーちょっとっ!」
「あ…あのぉ…」
友雅にしがみつきながら、食い入るように取り囲む同僚たちを見る。
みんなやけに瞳をきらめかせて、高揚のためか頬がピンクに染まって。
「クリスマスやら忘年会やらひっくるめての集まりなので、勝手ながら披露宴も兼ねさせてもらったよ」
「ひ、披露宴ーーーーっ!?」
これにはさすがに、驚きの声が一斉にホールに反響した。
"今さらではあるけれど…改めて"と、悪戯っぽく友雅は付け足したあと、ようやくあかねを腕から下ろした。
ゆるやかな水のうねりのように、さらりとレースのベールが床に垂れる。
真っ白なドレスが足下をたゆたい、天井のライトがティアラをダイヤモンドダストのように輝かせる。

「まったくアンタたちはホンットに…っ!」
本当に、周囲をハラハラドキドキさせるカップルだ。
そして本当に、とことんまで幸せモードを見せつけるカップルだ。



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Megumi,Ka

suga