Love Me Tender

02
女子会は午後5時でお開きになった。
夕飯の買い物をして帰らなきゃ、とデパ地下に向かう友人たちを見送ったあと、あかねは地下鉄の改札へと歩き出す。
この時間では、人の波は衰えを知らない。これから町に繰り出す者もいるだろう。
私もどこかで買い物して帰ろうかな。
取り敢えず最寄り駅に戻ってから、いつもの店周辺を覗いてみようと思った。

駅に着くと、まず友雅に連絡を入れた。
家まで徒歩10分くらいなのに『迎えに行こうか』なんて、ホント心配性なんだから…と電話を切ったあとで苦笑い。
いつも通りの会話。普段と変わりない空気を感じながら、地下街の食料品店エリアへ向かう。
洋菓子店、和菓子店、輸入食料品店…どの店からも同じ甘い香りがする。
「あ、バレンタイン…!」
店先に並んでいるチョコレートの山を見て、もうすぐバレンタインだと気付いた。
ついこの間新年の挨拶をしていたのに、もう2月。
あっという間に暦が進んでいる。
すっかり忘れてたなぁ。もう来週だものね14日って。
義理チョコという習慣が廃れて来て、大量に購入する機会もなくなった。
結婚して本命チョコも卒業したけれど、代わりに毎年ちょっと良いチョコを買って一緒に食べるのが恒例。
通路を挟んだ柱には、バレンタインフェア開催中とのポスターが。
「夕飯の買い物よりも、まずこっちだよね」
さっそくあかねは踵を返し、下りのエスカレーターに乗り込んだ。

地下二階の催事場に行ってみると、この時間でも結構混雑している。
当然ながら客層は女性ばかり。男性の姿もちらほら見掛けるが、カップルか家族連れみたいな感じだ、
カジュアルなお手頃チョコレートや、有名洋菓子店の限定品。
著名なショコラティエのアソートセットに、高級ホテルのブランドチョコレートなどがずらり。
毎年バレンタインに合わせて、その道のプロたちがここぞとばかりに腕を振るう。
「どんなのが良いかなぁ」
自分だけで食べるなら完全に好み重視できるけれど、彼にも気に入ってもらえるものじゃないと、
リキュール入りのボンボン、それともビターなハイカカオ…。
甘さ控えめでアルコールの風味があるものを、ついつい目で追ってしまう。
"大人だから"というキーワードが、今も染み付いて離れない。

------昔からプレゼントを選ぶとき、第一条件として考えていたこと。
『センスのあるもの』
『大人っぽいもの』
呪文のように繰り返して品物を選んでいた。
しかしこれが本当に難しくて。
二人の関係を公にしていなかったせいで、相談する相手もおらず雑誌やテレビなどを読みあさって情報収集した。
根本的に、自分と彼とでは立場も何もかも違う。
どこにでもいる有り触れた女子の自分と、社会的地位を得ている大人の男性の彼とでは感性が全然違うはず。
流行のものばかりに目が行く自分とは違い、本物を見抜く審美眼も優れているんだろう。
そんな彼のために選んだプレゼント、子どもみたいだと思われたどうしよう?
「あの頃は疑心暗鬼の固まりだったなぁ…」
今となっては笑い話で、どんなものだって彼は喜んでくれると確信できるけど。

これも一種の緊張感だったのかな?
さっき友人に言われた言葉が蘇る。
対等になるのは不可能。でも出来る限り距離を狭めたい。
身の丈を揃えるのは無理だとしても、少しでも縮められるなら背伸びだってする。
職場では上司と部下みたいな関係だから割り切れる。
でも、プライベートでは…。
そんな緊張感を抱えて付き合っていたにも関わらず、息苦しさや堅苦しさを感じずにいられたのは何故だろう。
友雅さんと一緒にいて、緊張したことあったっけ…。
所謂物理的センシティブ案件以外で、友人たちが言っていたような緊張感の経験が思い出せない。

『初めて橘先生に会ったときの印象ってどうだった?』
友雅との初対面は、もちろん看護実習の時。
第一印象は--------
『この人ホントにドクター?』
多分友雅を初めて見た人は、殆どが同じように感じるはず。
顔面偏差値メーターが思いっきり振り切れてるのは一目瞭然。
おまけに背も高くて、すらっとしてスタイルも良い。
長い髪をゆるめに編んで束ねちゃたりして、医者のイメージが全くない。
あ、ついでに声まで超イケボ(笑)。
彼が講義担当の時は、登壇前からみんなキャーキャーはしゃいでいた。
そりゃ騒ぎたくもなるよなあと、あかねも納得せざるを得なかった。

でも…だからと言って変な緊張はしなかった。
どうしても見た目に注目してしまいがちだけど、医者としての実力と技術は尊敬に値するものだったから。
ものすごい名医なんだ、と感じるようになってからは、出来るだけその恩恵を吸収したいと思った。
それは今でも変わらない。
こんなドクターと巡り会えて、一緒に仕事できるなんて自分は恵まれている。
看護師を目指して夢を叶えた自分に与えられた、最高のご褒美だと思う。
だけど、まその巡り会いに赤い糸が絡み付いていたのは想像できなかったが。

「お決まりのお客様どうぞー」
レジ近くで物思いに耽っていたので、店員に声を掛けられた。
「えっと、おすすめってありますか?」
「初出店のショコラティエなのですが、こちらのリキュール入りボンボンがとても売れていますよ」
果実系リキュールのゼリーを包んだチョコボンボンで、風味が良いので自分用に買う女性も多いという。
度数の強いものと弱めの2パターンがあるため、好みに合わせて買えるのもポイントらしい。
「じゃ、これひとつずつお願いします」
ベリー系の赤い箱と、シトロン系のネイビーの箱。
あしらわれているリボンが、赤い糸のようにも見えた。



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Megumi,Ka

suga