Love Me Tender

 01
今年の冬は比較的暖冬だ、と言っていたような気がする。
確かに平年に比べたら雪も少なく天気も良好で、日差しが心地良いと感じる時もある。
そうは言っても、やはり朝晩は冷え込む。
三寒四温という言葉が聞こえてくるのは、もう少し先のこと。
梅の花がようやくぽつぽつと咲き始めた2月のある日。

「それじゃ、行ってきますね」
クリーム色のコートに袖を通し、くすみカラーのローズピンクのマフラーを首に巻いて、あかねは玄関ホールに向かった。
日曜の午前中は、普段なら日々の疲れを癒すためにのんびり過ごす。
しかし今日は外出の予定が入っていたので、朝から結構慌ただしかった。
「お昼は冷凍室にピザトーストが入ってるんで…」
「『トースターで焼いて』食べれば良いんだろう?」
「あと、小分けにした野菜ときのこ…」
「『レンジで温野菜にして食べなさい』了解しておりますよ天使様」
「ちゃんと食べて下さいよ」
一人になると適当な食事をしそう、と未だにあかねは思っている。
なので彼が留守番になるときは、しつこいくらい何度も同じことを言い聞かせる。
「遅くなるようだったら、タクシーで帰っておいで」
「そこまで遅くはならないですよ。遠いお店じゃないし」
"いってきます"と"いってらっしゃい"の意味を込めたキスを交わし、ドアを開けて外に出る。
あかねがエレベーターに乗る姿を確認してから、友雅は部屋に戻った。



最寄り駅から地下鉄で三つ先の駅で下りた。
車内も町も人が多いのは、休日だから仕方がない。
繁華街にある飲食店はどこも混雑していて、あちらもこちらも行列が出来ている。
それを見越して今回は予め予約を入れておいたので、特に心配はいらなかった。
中庭に面した少人数用の個室。吹き抜けの高い天井から吊るされたシャンデリアが、照明に反射して宝石のように輝いている。
「ホントに久し振りだねー。どう?新しい職場慣れた?」
「何とかね。小さい病院だけど働きやすいよ。夜勤もないし」
「あー、それ重要だよねぇやっぱ」
今日集まったメンバーは、ほぼ同期の看護師仲間の女子会だ。
元々スタートは同じ病院だったが、結婚して退職したり転職したりでバラバラになってしまった。
現在あかねと一緒に働いているのは、この中で1人しかいない。
頻繁に会うことは少なくなってしまったけれど、同期は戦友にも似た感情があるもので、グループSNSでいつでも連絡が取れるようになっている。
そんなメンバーが久し振りに顔を合わせて集まったのは、現状報告以外にそれなりの理由がある。
「で、式場って決まったの?」
仲間の一人に、そんな声が掛かった。
彼女は今年の秋に結婚が決まっていて、仲間の既婚者に色々アドバイスをして欲しいということだった。
「まだ決めてはいないんだけどいくつか候補があって…」
そう言って何冊かパンフレットをバッグから取り出そうとすると、ホールスタッフがコースのオードブルを運んで来た。
取り敢えず、まずは久し振りのランチタイムを楽しんでから。
デザートタイムになったら、ゆっくりとメインの話題に入ろう。


食事を終えたあと、デザートビュッフェで好きなだけスイーツをチョイスしたら、ドリンクを添えて再び着席。
甘いものがそばにあると、話がいつもより盛り上がってくるのが不思議だ。
「こっちの式場は従姉妹が使ったとこだけど、中華のコースが美味しかったって聞いたな」
「ここは先輩の結婚式やったとこじゃなかったっけ?確か花屋さんがプロデュースに参加してて…」
そこそこの年齢になると、披露宴などに参列する回数も増えて来る。
あのドレスが素敵だったとか、食事が美味しかったとか、演出が良かったとか…いずれそれらを自分の結婚式に活かそうと一度は思う。
「でもねー、結局籍入れただけでおしまいっていう人も割と多いからね」
個人の事情などもあるだろうが、最近はそんなスタイルを選ぶ人もいる。
また、大々的な披露宴ではなくて、友人と親族だけで食事会のような形式で行う場合も増えている。

「そうそう、あかねもそんな感じだったよね」
思い出話の焦点があかねの方に飛んで来た。
忘年会の幹事という役目を利用して(?)、披露宴も盛り込んでしまった年末のサプライズパーティー。
「結婚式自体はやらなかったんだっけ?」
「やりましたよ。参列したのは両親だけですけど」
大切な一人娘の結婚式なのだから、と両親が帰国した時に合わせて教会で挙式と食事会を行った。
「そういうとこ真面目だよねえ橘先生。まあ、あかねのことだから…だろうけど」
最初は記念写真だけで良いかと思っていたのだが、両親のことを思ったらちゃんと式を挙げた方が良いと。
終わってから感極まっていた二人を見て、彼の言葉に従って良かったと実感した。
「うん、やっぱりこっちにしようかな」
彼女が選んだのは郊外のレストラン。広い庭ではガーデンパーティーが出来て、結婚式と披露宴も受け付けている。
「ホントに親しい人だけで楽しく過ごしたいものね。彼にも話してみる」
幸せをみんなで共有するパーティーだからこそ、堅苦しい緊張感は少ないほど楽しいはずだ。

式場の話やドレスの話…など。
結婚式に関する話題が一通り落ち着いたあと、肝心のお相手について質疑応答が始まった。
相手の男性は二つ年下で、近所の処方箋薬局の薬剤師だという。
スマホにある写真を見せてもらったところ…
「意外と面食いねアンタ…」
芸能人みたいなキラキライケメンではないのだが、一般的に見たら見た目も雰囲気もレベルは高め。
爽やかで優しそうな印象で、誰にも好かれそうなTHE 好青年というタイプ。
「そお?あまり自覚ないんだけど」
「十分面食いだよ!あかねほどじゃないけど!」
「は!?何でそこで私の名前が出て来るの!?」
唐突に自分の名前を持ち出されて、あかねは紅茶を吹き出しそうになった。
「アンタね、橘先生を旦那様にして"面食いじゃない"は通用しないからね!」
全員がそーだそーだと言いながら首を思いっきり縦に振る。
面食いだとかそうじゃないとか…そもそも後にも先にも恋人=彼氏は友雅しかいないので比べようがない。
「昔から面食い?好きだったアイドルとか芸能人とかさ」
「そういうのにハマった記憶がないな…」
映画やアニメやドラマのキャラクターをカッコイイと思ったりもしたけれど、あくまで設定や物語の中での存在として感じたことなので、今時でいう"推し"という意味じゃない。
改めて考えると、なんて淡白な学生時代だったんだろうと我に返ってしまった。

「ねえ、あかねに前から聞いて見たいと思ったんだけど」
今度は何を聞かれるんだ?と内心少し動揺したのだが、
「橘先生と一緒にいて緊張したりしない?」
「緊張?」
ピンとこない質問に、あかねは正直なところ疑問しか浮かばなかった。
「だってさ、橘先生って存在感が凄いじゃない。外見は勿論だけど…ほら色気っていうの?」
「わかるー!!他にもイケメン先生いるけど、橘先生はフェロモン系だもんね」
フェロモン系という形容詞、初めて聞いた。なるほど…という気はするけれど。
「ああいう人がそばにいるわけでしょ。二人っきりになるわけでしょ。考えただけで私なんかドキドキしちゃうんだけど、あかねはそういうことなかったの?」

ドキドキしたことなかったの?
一緒にいて緊張したりしないの?

彼女たちの言葉が、あかねの中でぐるぐると泳ぎ始めた。



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Megumi,Ka

suga