天使の指先

 008
「照れない照れない!新婚さんはお熱いのが一番よ!」
「ちょっ…まだ新婚ってわけじゃ…!」
弁解しようとするが、こういう話題にはスピード展開がつきもので。今まであかねに話しかけていたと思ったら、今度はターゲットが友雅に移っている。

「ね、先生もがんばって気合い入れなくちゃ!いっぱい子供作るのよ!?」
思いっきり背中を叩かれながら、それでも友雅は穏やかに微笑んで返事をする。
「はいはい。せいぜい少子化問題に協力出来るよう、精一杯努力しますよ。」
「友雅さんまで、何を言ってるんですかーっ!!」
「おやまあ、仕事場で名前で呼び合ってるなんて、ホントに将来楽しみだこと」
患者から突っ込まれて、はっとあかねは 我に返った。
職場ではあくまでも彼は上司であり、そして恩師の立場であるのだ。
それを弁えて名前で呼ぶことは避けていたのに、興奮して口が滑ってしまった。

が、今更言い直しても仕方がない。予想外にプライベートの一面をさらけ出してしまい、落ち着かないあかねの肩を友雅が叩く。
「それじゃ"元宮さん"、検温が済んだら東棟の505号室まで来るようにね。」
わざと呼び名だけを強調するように言って、彼は病室を後にした。

+++++

「本当にもう…どうしたんですか?お休みだって言ってたじゃないですか、今朝」
一通りの検温を終えて、彼が言った病室へ来てみると、友雅はベッドに腰掛けて書類に目を通しながら、あかねが来るのを待っていた。
東棟505号。そこは特別室の個人病室。一ヶ月前に患者が退院してから、今のところは患者のいないまま空室となっている。
つまり…二人で会うには好都合の密室というわけだ。

「論文のことは嘘じゃないよ。教授に話を聞いてからの方が良いだろうと思って、電話でアポを取り付けたし。」
ただし、約束には1時間ほど早いのだけれど、と言って友雅は、隣に座るようにと手招きした。

「それなら、家でゆっくりしていて下さいよ。せっかくのお休みを、職場で過ごすなんてつまんないですし、気分的にも安まらないですよ?」
南向きの病室は、太陽の明かりが差し込んで暖かく、そして明るい。
ベッドの白いシーツは、日差しに溶ける。
隣に腰を下ろしたあかねの肩を、友雅の手が抱き寄せる。
「何だ…さっき言ったこと忘れたの?天使の顔が見えない部屋なんて、それこそつまらなくて退屈だって言っただろう?」
「……どーして、そういうこと言うんですか、もー…」
困ったような顔をしながらも、彼が重ねてくる唇を拒まない。
暖かい部屋の中で、ほんの少しの二人だけの時間が流れる。


「まあ、それも理由の一つだけど…ついでにもう一つ用事があってね。」
あかねから唇を離すと、友雅は脱いであったジャケットを取り上げて、そのポケットの中から取りだした小箱を、彼女の手のひらに握らせた。
「来る前に、寄ってきた。お待ちかねの代物だよ。」
深いグリーンのベルベットに包まれた、小さな箱を開けてみる、その中に眠るのは、プラチナのリングにあしらわれた、最高級の宝石の粒。
二人であちこちの店を回って、悩みに悩んで選び抜いたエンゲージリングだ。

しかし……それを見たあかねは、不思議そうにそれを凝視する。
「ねえ、友雅さん…ちょっとこれ、石が大きくありません?」
オーダーしたリングは、一粒ダイヤにメレダイヤをあしらったフラワーモチーフ。確かにデザインは間違いないのだけれど…注文したはずの1カラットよりも、何だか大きな気がする。
「頼んだのは確かに1カラットだったよ。で、あとのプラス1カラット分は、私からのサービスってことでね」
「ええっ!?じゃあ、これ…2カラット!?」
添えられていた鑑定書を慌てて見てみると、"2.00ct Excellent DEF FL”……つまり、間違いなく最高基準を突破したダイヤモンド!しかも2カラット!
「それなら、誰に見せても自慢出来るだろう?」
「っていうかっ!っていうか!もっと安いので良いって、あれほど言ったじゃないですかっ!」
1カラットでさえ高すぎると思ったけれど、一生に一度のものだから遠慮するな、と何度も説得されて…その挙げ句にやっと選んだというのに。

「これまで他の人達から散々見せつけられて、羨ましかったんだろう?ここまで先延ばしさせてしまったのは、私の責任もあるしね。だから、今度はこれでみんなに自慢してやればいい。」
「そんなこと言っても…あまりにこれじゃ…」
あまりにゴージャスすぎる。
まるで芸能人の婚約会見で見るような、そんな指輪だ。
一体いくらくらいの値段なんだろう。友雅の月給で考えても、かなり奮発している方なんじゃ…。

戸惑いを隠せないあかねの手に、そっと彼の手が伸びた。
「良いんだよ。私にとって、あかねはこれくらいの価値があるっていう意味もあるんだから。」
何十万、何百万、何千万かかっても…本当は比べものにならない。
こんなダイヤのリングとは、比較できないくらい大切だけれど。
せめて少しでも価値の高いものを選んで、そのリングに想いをすべて埋め込んで。

「だって、私が友雅さんにお返しであげたものなんて、タイピンだけだったのに…あまりに差がありすぎですよ、これじゃ…」
それでも結構な値段のブランド物を選んだけれど、このリングとはきっと倍以上価格が違うはず。
「差が気になるんだったら…これからその分を返してくれれば良いんだよ。」
友雅はケースからリングを取り出して、あかねの左薬指へとそれをはめ込む
「ずっと、私の側から離れないこと。それと……どんなことがあっても、私以外の男に心を乱さないと誓うこと。」
甘くて優しい眼差しで、両手で指輪の輝く左手を包み込んで彼は言う。

「…私をパニックに陥れるのなんて、いつも友雅さんだけですよ…もう。乱されっぱなしですよ…」
時に驚かされて、時に…ドキドキさせられて…。
鼓動が乱れ、そしてときめく。胸が熱くなる。指先から、宝石の力がじわじわと伝わって来るみたいだ。
肩にもたれかかって、暖かな日差しに包まれながら目を閉じると、身体を優しく抱きしめてくれる腕。
あかねにだけ許される、そのぬくもり。友雅にだけ許される、天使の笑顔。
二人だけの時間が、そこにある。

「……タイミングが悪いな。お邪魔虫からの連絡が入ったみたいだ。」
友雅のポケットに入っているPHSが、バイブレートと共に鳴り出した。電話の相手は教授だ。
仕方なく電話に出ると、用件が済んだので今すぐにでも、との話。
「さて、お名残惜しいけれど、私は行くとするよ。」
「うん。じゃ、いってらっしゃい。私も仕事に戻ります。」
先に彼の背中を押して、ドアのノブを開ける。
そして友雅は、あかねの額に軽くキスをして部屋を出ていった。



一人になって、もう一度冷静に指輪を眺める。
ラウンドブリリアンカットの、全面から光が差し込んで虹が見えた。
あまりにも高価で、自分にはとても相応しいとは言えないゴージャスな指輪だけれど、彼が言った通りに、これが彼にとっての自分の価値を計るものであるなら。
自分はそんな、希少価値のあるような人間じゃないけれど…でも、彼がそう思ってくれるのなら…これ以上幸せなことはない。

…友雅さん以外に心を乱すことなんて、あり得ませんよ。ずうっと前から、そばにいるだけでドキドキするのに。
そばにいたいのは、私の方。これまでみたいに、これからも…そばにいたいって思ってる。
もしも、この指輪に願い事が出来るなら、きっとそう願うだろう。
彼と一緒に生きていけますように、って。


「ちょっとぉぉ!元宮さぁぁん!」
急にバタン、とドアが勢いよく開いたかと思うと、中に入ってきたのは数人の看護師達。
何事かとびっくりしていると、彼女たちは即座にあかねに近寄ってきて、あたりをぐるりと取り囲む。
「さっき、橘先生に会って聞いたのよー!早く!見せて見せて!指輪出来上がったんでしょう!?」
「え、ええっ?何でそれ知ってるんですかっ!」
「ねえ元宮さん、大丈夫〜?今言ったでしょ、"橘先生から聞いた"って。」
もしかして、友雅さん自分からバラしたの!?
まだ、この指輪の余韻を味わっていたところなのに…気が早すぎるんだから!

ぐっと握るあかねの手を、徐に看護師たちが引っ張り出す。そして、その指に光る指輪をじっと眺めた。
「うっわあー!ちょっとすっごい大きいダイヤっ!しかもこんなにメレダイヤもいっぱい!!」
「そりゃ橘先生も自慢したくなるわよねえー!ホント、天使の輪っかみたいに綺麗だもの!」
細い薬指に、ぴったりとはまったリングが、遠慮無く光り輝いて、誰もが目映くそれを見る。
ジュエリーショップでも、ショーケースに飾られるためにあるような、そんな指輪があかねの指を彩っている。

「羨ましいー!。けど、こんなの橘先生くらいしか買えないよねえー。いいなー!この、幸せ者ー!」
そんな声を聞きながら、ちょっとだけ優越感に浸って笑顔が浮かぶ。
指輪も、ダイヤモンドも、誰よりも立派なもので自慢できるけど、ホントに自慢出来るのは………ね、勿論…彼のこと。

「えへへ。幸せにされちゃいます!」
たまにはそんな風に惚気ても…いいでしょう?
今日だけは、冷やかされ放題茶化され放題、全部OK!
されればされる分だけ、自分が幸せだって実感出来るから-------

----------さあ、みなさんどうぞご自由に!


-----THE END-----



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