一般外来の患者が増えて来て、これまで会えなかった顔に再会すると心が和む。
患者にとって通院は決して良いことではないが、調子が悪いときにすぐ病院に行ける、受け入れられるのは日常が戻って来た証拠でもあるからだ。
普段なら待ち時間にうんざりしている患者の顔も、心無しかホッとしたように見えなくもない。
「先生はいつも若いわね〜。いくつになっても相変わらずイケメンで」
膝痛で通っている年配女性が、友雅の診療を受けながら言う。
「プレゼントでも持って来てあげたかったけど、そういうのは出来ないから申し訳ないわ」
「それよりも、お元気な顔を見せていただける方が有り難いですよ」
しばらく診ていなかったが症状は特に問題ない。
ずっと付き合わなくてはならない病気なので、今後も現状維持の観察治療を続けて行く。
「今日はどう過ごされるの?二人でお食事でも行くの?」
「なかなか気楽に外出できませんからねえ。明日は休みですから家で少し酔おうかと」
「そうねえ、残念ね。ゆっくりお休みとお誕生日満喫してくださいね」
他愛もない会話が、いつもより妙に盛り上がりがち。
誰もが話し相手に飢えていたのだろう。自然と饒舌になる。

患者からの贈り物を受け取るのは厳禁だが、仕事仲間同士なら特に問題はない。
「橘先生ー!」
ナースステーションから看護師が二人、彼の姿を見つけて呼びかけた。
医局に戻ることを止めて戻って来た友雅に、二人追加で四人の看護師がリボンついた紙袋を手渡した(当然全員女性)。
「お誕生日のプレゼントです!」
「すまないね。こんな時期にわざわざ」
「いーえ、こういうプレゼント選びも楽しんでますので!」
有名ホテルのレストランが販売している、料理のレトルトセットだという。
日持ちするし温めるだけなので、手軽だろうと彼女たちなりに考えてくれている。
「あかねと一緒に味わってくださいねー」
彼女の好きなパスタソースも入れておきましたので、と。
さすが、同僚の目は細かい所まで行き届いている。


話し合いが少し長引いたので、いつもより帰宅が遅くなってしまった。
とは言ってもこれまでは1〜2時間のオーバーワークもザラだったので、30分などまったく気にならない。
あかねのPASSOの隣に車を停めて、部屋の階までエレベーターで一直線。
ドアの前でインターホンを鳴らす。
--------と、しばらく待ったが、反応がまったく返ってこない。
間違いなく彼女の車はあったから帰宅しているはずなのに、どうしてリアクションがないのか。
近所に買い物にでも出掛けたか?
今夜は自分の誕生日だから、とかあかねが考えそうでもあるけれど。
仕方がないので鍵を開けて中に入る。
あかねの靴はない。部屋の電気はリビングだけ明るい。
書き置きは見当たらない…やはり買い物に行ったか?
その時だった。部屋の電話が鳴り出した。
『橘様、フロントでございます。ご帰宅されましたでしょうか』
一階のフロントスタッフからの電話だった。
『こちらで奥様がお待ちなのですが』
買い物に出掛けたと思っていたのに、フロントにいるとは予想外だった。
しかし、何故またフロントに。
『実は大量のお荷物が届いておりまして』
「荷物?特に頼んだものはないはずだけれど」
『はあ、それは奥様にご確認頂きました。ですがすべて心当たりのある方からのお荷物でして』
説明を聞いてもさっぱり理解できないので、とにかくすぐに下りて行くと答えて部屋を出た。

電話で告げられたとおり、あかねはフロントのソファに座っていた。
「あ、おかえりなさい友雅さん」
「何だかよく状況が理解できないのだけど、どういうことなんだい?」
すると、彼女は苦笑いのような表情で立ち上がり、フロント奥の部屋に一緒に行こうと促した。
そこは住人に届く宅配便や荷物の一時預かり倉庫で、大きなものやかさばるもの、冷蔵冷凍など管理が必要なものを預かっておく場所だ。
中に入ったところ、まず目に入って来たのがカラフルな花と甘い香り。
グリーンとパープルでまとめたブーケ、カサブランカと淡いピンクのバラのアレンジメント、真っ赤なバラだけのブーケ。
「全部お誕生日のプレゼントだそうです」
「私にかい?一体誰から」
「お世話になったみなさんから」
あまりに大量なので、あかねが差出人をすべてチェックした。
披露宴で使わせてもらったレストランのオーナー、年に数回利用させてもらっている宿の主人とレストランのオーナー。
「それと…ケーキもふたつ」
クール便で届けられている箱2つは、青いリボンが結ばれている。
あかねお気に入りの洋菓子店で、彼女の誕生日はいつもここのケーキだし、日頃からよく通っている。
「大変なお仕事頑張って下さってるので、心を込めて贈り物をお送りします、って」
友雅とあかねが医療従事者であることは知られている。
そして、彼らが現在どんな環境で仕事をしているかも分かっている。
だからこそ、せめてゆとりと癒しの時間を少しでも持って欲しい…という旨のメッセージがすべてに添えられていた。
ハードワークへの労いと感謝が、青のリボンに込められている。
「有り難いですね」
「いずれ倍返しさせてもらわないといけないな」
完全に日常生活が戻ったら、また店に食事に行こう。二人で気分転換の旅にも出掛けよう。
誰もが、あたりまえの毎日に戻せるように。
自分たちもまた、もう少し頑張ろう。


二人掛かりで二回エレベーターを往復し、やっと荷物を部屋に運び入れた。
納戸から出した花瓶にブーケを生けて、テーブルと窓際に飾る。
「うわ、華やか〜」
週に一度は花を買って飾る習慣があるが、さすがにそれとは全然違う。
「アレンジメントどこに置きます?豪華だからやっぱり玄関かな〜」
香りも良いしゴージャスだし、人目につく入口付近が良いかとあかねは提案したが。
「でも我が家に来客なんて殆ど来ないしねえ」
「…そういえばそうですね。宅配とかもフロント受取だし」
リビングのブーケを別の場所に移して、こちらにアレンジメントを飾るほうが良いか…と考えたあかねに、友雅が言った。
「甘い香りは寝室が一番映えるよ」
一輪だけでも凄いのに、三本が開花して芳香を放っている。
残り三本のつぼみもやがて咲いたら、寝室はさぞかし華やかな香りに包まれるだろう。
「アロマ炊いてるみたいになりますね。よく眠れそう」
「よく眠れる?眠らせるつもりで提案した訳じゃないんだがね」
むしろその逆。寝かせないようにするため。
香りで彼女を誘うためと、彼女をその気にさせるため。
「花がなくても、その気にさせちゃうくせにー」
キスをして、彼の腕の中に雪崩れこむ。
抱きとめて、彼女の身体を強く抱きしめる。


年に一度の誕生日。
---------二人なりの方法で疲れを癒して、こころおきなく楽しい時間をどうぞ。






-----THE END









HAPPY BIRTHDAY TOMOMASA


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